対談

なぜ今、沖縄を映画で描かなければと思ったのか

映画『私がまだ知らない沖縄』公開記念対談
猪股東吾× 奇妙礼太郎

アルゴリズムによる分断と対話の糸口

───ネットで流れてくる刺激的な情報ばかりを浴びて、生身の現実と向き合わなくなっている。だからこそ、お互いに頭で作った「正義」をぶつけ合って、どちらが勝つかみたいな勝ち負けのゲームになってしまっているように思えます。

奇妙 昔の政治や社会って、立場の違いはお互いにわかった上で、「まあまあ、どこかで落とし所を探そうや」っていう最低限の共通認識や対話があったと思うんです。でも今はもう、落とし所を探すどころか会話すら成立していなくて、一方的に強い言葉をまくし立てたもん勝ちみたいになっている。機能不全ですよね。

猪股 今回、ネット上でデニーさんの妨害活動をしていた人たちと実際に会って話したりもしたんです。現地で直接声をかけて。左派やリベラルの側でも、結局はバズる方向の映像を流しているなと感じることが多くて。でも本当に事態を良くしたいなら、カメラを止めて直で話さないとまともな対話なんてできないんじゃないかと。

奇妙 そういうことがあったんですか。

猪股 ええ。だからそういう妨害に来た人と、カメラを回さずに水面下で2時間くらいじっくり話し合うことをやってみたんです。そうすると、どこでお互いにボタンを掛け違えているのか、どこが違ってどこが共通しているのかが見えてくる。もちろん差別的な発言は良くないですけど、案外打ち解けられる部分もあって、帰り際には「ネットだけ見ていたらダメですね」なんて言って、すっきりした顔で帰っていって、実は今でも繋がりがあったりする。結局みんなバズるために対立しているのか、アルゴリズムに踊らされて心がどんどん失われているんじゃないかと思うんです。

いのまた とうご 1982年、東京都生まれ。大袈裟太郎名義でラッパーとして音楽活動をしながら、映画館スタッフ、放送作家、鳶職、人力車の俥夫など様々な職業を経験。2016年に沖縄に移住し、ジャーナリストとしての活動を開始。同地の米軍基地問題をはじめ、香港の民主化運動、アメリカのブラック・ライヴズ・マター運動などを取材し、動画配信や記事の執筆を行う。『私がまだ知らない沖縄』を約4年かけて制作。

奇妙 相手への不快感と、再生数やお札の匂いと、あとは正義の味方になったような変な快感みたいな、そのループにハマって、抜けられなくなっているんですかね。

猪股 あと、対立が暴力化していくのはリベラル側も同じで、50数年前と同じことを繰り返してる。そろそろ違う段階に行かないとと思ってて、最近、まわりでもやっとそういう声が出始めている気がします。

 その時に、沖縄の運動が掲げる「非暴力」がすごく重要なテーマになる。映画には描ききれなかったですけど、1950年代から座り込みを始めた阿波
あは根
ごん昌
しょう鴻
こう
さんという、平和運動を続けた方がいて、お互いに暴力でぶつかり合ったら、強い武器やお金を持っている米軍や政府が絶対に勝ってしまうわけです。

奇妙 もう、そこで戦いが終わってしまいますよね。

猪股 そうなんです。阿波根さんは、銃を持つ米兵とも、まず座って話したんですよね。伊江島に彼が残した「対話の心得」のようなものが貼ってあるんですが、とにかく「座る」ことが大事だと。一回座って、一緒にお茶を飲む。どれだけ意見が違っても、そういう礼儀や手続きを踏むことからしか対話は生まれないと思うんです。

 沖縄の「非暴力」は、命の危険に直面してきた切実な現場から生まれた知恵なんですよね。でも内地から応援に来る人の中には、その本質が分からず、一方的な「本土」目線のイデオロギーだけで入ってきちゃう人もいて、そこはしんどさを感じました。座り込みって思想闘争のように見られがちですが、本質は「これ以上被害を受けたくない」という切実な権利の主張なんです。その原点を、この映画を通して知ってもらえたら嬉しいんですけどね。

──理屈やデータで攻められると、知識がない人は言い返せなくて負けてしまうんですが、そういう“知識マウンティング”に対しては「嫌なものは嫌だ」と言って対抗するしかない気がします。そういう見えない強制力に対抗できるのは、理屈ではなく感覚に訴えかける方法があり、「音楽」もそのような訴えかける手段になりうると思います。映画でも、オスプレイの墜落現場に駆け付けた人が、怒りを踊りで表現してましたが。

奇妙 作り手としては「誰かを動かそう」とか、そこを目指しているわけではないですけど、ただ、受け取った誰かに、結果としてそういう効果(行動や考えが変わる)はあるのかもしれないですね。

猪股 僕がその一人ですよ。傷ついている時とかに「あ、大丈夫だ」と思わせてくれるのが、奇妙さんの音楽なんです。石垣島にミサイルが配備されるような張り詰めた空気の中で、奇妙さんが歌う『アスファルト』を聴いていたら、日常の風景を描写する歌詞の中に急に「ミサイル」という単語が出てきた。「優しい声、顔、ミサイル」。沖縄で暮らしている僕には、その言葉がものすごく心に刺さったんです。理屈や正義を押しつけるんじゃなくて、ただ現実のありのままを差し出してくれるような感覚があって。

奇妙 押しつけてくる人って、自己反省がないんだなと思っていて。いくら頭が良くても、反省がないということは自分の考えをアップデートすることがないんだと思うから。そういう人と話していても、なんだか過去の人と喋っているみたいで意味がないなと思っちゃう。「自分は賢い」と思い込んでいて、「自分が間違っているかもしれない」と疑う隙がない人は、その時点で底が知れているというか。押しつけられたことよりも、自分で探して、自分で分かったことのほうがすごく実感を伴いますからね。

現場の県警と交わす奇妙な親近感

───正義を押しつけ合う関係からは何も生まれないけれど、現場で互いの実感を持ち寄ると、全く違う関係性が見えてくることもありそうです。さっき言った、映画に出てくる辺野古基地建設の座り込み現場で、高里鈴代さんと対話した18歳と24歳の女性の話も、そういう感じですよね。

猪股 そういう意味では、現場で排除にあたる県警の人たちとは、けっこう話せるんですよね。座り込みの人数が減ってきたこともあってか、すごく優しくてプライベートな話もする。この間の選挙後もある警察官と話したんですが、辺野古の抗議って「勝つまでじゃんけん」と言われる一方で、言葉は悪いですけど「反対する人たちが亡くなるまで待つじゃんけんみたいになっている」と言ったら、相手も深く頷いていました。

奇妙 それはおもしろいというか、興味深い話ですね。

座り込んでいる人たちを抱えて移動させる警察官 ©rude news films 2026

猪股 その人は10年前の機動隊時代から現場にいて、お互い10年の年月を経た奇妙な親近感があるんです。「座り込みが1〜2人になっていく最後の日を、僕らで見届けることになるんですかね。それ、つらいですよね」なんて警察官と2人で語り合う、不思議な空気感が現場にはあります。

奇妙 そういうことも、現場にいないと絶対にわからないことですよね。

───敵対するはずの警察とすら通じ合える生身の実感がある。辺野古の現場には、怒りをむき出しにするだけでなく、お弁当を広げる日常の延長のような佇まいもありますよね。

猪股 現場は本当に日常の延長で、穏やかなおじいさん・おばあさんたちが集まっているだけなんです。それなのに、よく「座り込みって、年寄りばかりじゃねえか」みたいにネットでバカにされるのが、本当に意味が分からなくて。むしろ高齢であそこに座り続けるのって、肉体的にめちゃくちゃ大変なことですよ。

奇妙 それと、「現地の活動家たちは暴力集団だ」みたいなことも言われるけど、全然そんなことないですしね。

猪股 ほんとにそう。最近、座り込む場所が工事の管理区域から嫌がらせみたいに遠ざけられちゃって、歩いて15分くらいかかるんです。だからバスをチャーターして5分かけて移動するんですが、おじいもおばあも、バスの乗り降りすら足取りがおぼつかないくらい高齢化している。あれのどこが暴力集団なんだよと思うし、それでも現場に来続ける姿に僕はものすごい尊敬があるんです。

 映画の『宝島』を観ていても思うけれど、あの映画に出てくるおばあさんたちだって、昔はみんな広瀬すずさんみたいに、キラキラした時代があったわけじゃないですか。いろんな歴史や人生が重なって今あそこに座っているのに、どうしてその背景を想像できないんだろうって。

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プロフィール

猪股東吾× 奇妙礼太郎

猪股東吾(いのまた とうご)

1982年、東京都生まれ。大袈裟太郎名義でラッパーとして音楽活動をしながら、映画館スタッフ、放送作家、鳶職、人力車の俥夫など様々な職業を経験。2016年に沖縄に移住し、ジャーナリストとしての活動を開始。同地の米軍基地問題をはじめ、香港の民主化運動、アメリカのブラック・ライヴズ・マター運動などを取材し、動画配信や記事の執筆を行う。『私がまだ知らない沖縄』を約4年かけて制作。

奇妙礼太郎(きみょう れいたろう/ Strange Reitaro)

大阪府出身。シンガーソングライター。1998年より音楽活動開始。年間150本以上のライブに出演。ボーカリストとして多数のCM歌唱も担当するほか、写真展も実施するなど活動は多岐にわたる。2026年自身初の日本武道館単独公演を開催。

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