対談

第2回 事実を語ることが罪とされた

誰が「スパイ」とされるのか?思想統制と防諜体制、沖縄戦、そして現代日本
荻野富士夫×林博史

「真の日本人なら、そんなことはしない」などという戦中の国粋主義的発想が現在の「日本人ファースト」につながっている

 あと1つ。防諜、外諜(外国スパイ)関係犯罪の検挙者数と、検察に送った数、有罪数などを表にしました。

 これは内務省警保局の『外事警察概況』からまとめてみたんですが、これはあくまで内務省警務局が外諜、防諜関係の犯罪とみなしたものです。あくまでも警察の内部資料ですから一般に公開されたものではありません。

 全体の検挙者数が下のほうに書いてあります。1941年、42年を見ると、その中での軍機保護法での検挙は、そんなに比率が高くない。41年は検挙数715ですが、42年にはすごく下がって254。その中で検察に送致した数も42年は89で、やはりそんなに多くない。有罪判決を受けた数はさらに少ない。ですから、おそらくこれが防諜関係の犯罪の運用のしかただろうと思います。多くの場合、逮捕して脅すが、検察送致まではせず、そのまま帰す、という。

 ただ、発想は治安維持法と防諜の論理では共通していました。

 治安維持法もそうなんですが、国体を変革するような思想、特に共産主義は、発信元がソ連であり、さらに元々はドイツ人のマルクスが『資本論』を書いているので、結局、「悪い思想は外から入ってくる、だからそれを防ぐんだ」という発想があって、謀略も「悪いスパイが国内にいろいろ働きかけている。だから本来の日本精神を持った大日本帝国臣民であれば、そんなことを考えるはずがない。それは外国の悪い思想、悪いスパイの影響を受けたやつらなんだ」という発想で。そういうふうに治安維持法の弾圧の論理と、防諜の論理は共通しているんです。だから防諜の一番根本、大前提にあるのは治安維持法だと私は理解しています。

 それは現在でも、独裁国家ないしは権威主義的国家では共通して見られます。たとえば今のロシアでウクライナ侵攻に反対する人は「外国のスパイだ」とか「外国の勢力に騙されている」と言われたり。中国でも、香港の民主化要求デモを支持した日刊新聞『蘋果(リンゴ)日報』が禁止改編させられましたが、その理由の1つは「外国勢力と結託している」ということでした。つまり「本来、我が国の国民が、そんな政府に楯突くようなことを考えるはずがない。それは全部外国の影響なんだ」と。そこで「外国のスパイだ」という論理が入ってくる。

 そういう意味で、独裁国家、権威主義国家にすごく共通している側面です。戦前戦中の天皇制国家の日本はその傾向が非常に強かったわけで。今、高市政権の下で、「自分たち政府を批判する者に再び『スパイだ、外国の手先だ』というレッテルを張って、それを潰していこう」ということにつながっているんだろうと思います。

荻野 林さんが話された後半のことは私も指摘しましたが、当時「真の日本人たれ!」という場合に、「国民の中に自由主義とか個人主義とか民主主義など、欧米の思想が非常に強く根づいている」と常に言って全否定するわけですね。「ハリウッド映画とかジャズとか、そういうものは、非常に組織的に植え付けられた巧妙な工作だったんだ」ということを言った。

――そういう戦前戦中に言われた「真の日本人」というような言い方は、現代社会のSNS、たとえばX(旧twitter)などでもよく見られますね。ちょっと政権批判した人に対して「あんたは本当の日本人なのか?」と批判するリプライが殺到することはたいへんよく目にします。テレビでも首相や政権を批判する人々のことを「日本人じゃないの? という気すらする」と発言する著名人も少なくありません。今のSNS空間の言論状況は戦中とすごく似ていると思えます。

荻野 だから、まさに「日本人ファースト」というような発想につながってきているんだと思いますね。

 それと、先ほど荻野さんが紹介された、外国人崇拝というのは、1941年12月8日までは、まだ中国としか戦闘してなかったので、アメリカ人やイギリス人など白人が堂々と日本の中で歩いていて、彼らの文化もいろいろ入ってきていたから「そういうものに憧れてはダメだ、けしからん」と言った。太平洋戦争が始まると、基本的にドイツ人やロシア人を除き、白人の多くは抑留されてしまって人々の目から消えるので。それ以前は白人、外国人に対する尾行や取締りをすごく熱心にやっていますね。それをやる必要がなくなった。ドイツ人がちょっと怪しいのと、ロシア人は、当時は日ソ中立条約があってまだ中立国だったし。

荻野 スイスやスウェーデンなどの中立国の人たちにも警戒が向けられた。

 ただ、それまでは、アメリカやイギリスの大使館、領事館や企業もあるし、そこに対する警戒を、警察はかなりしていた。その仕事が基本的にほぼ全部なくなったので、「外国人がスパイをやっている」というよりも「むしろ日本人の中に裏切り者、スパイがいるんじゃないか」という方に、力が集中するようになった。

 そして言論の自由をどんどん奪っていって、市民運動や集会などいろんな言論活動が全部禁止されていった結果、逆に人々が本当に何を考えているかが分からなくなるので、取り締まる側はますます疑い深くなった。治安維持法での思想や運動の取締りの場合、大体ターゲットを絞って尾行したりできたけれど、一般庶民の不満となると実態が分からない。

 その時に、いわゆる国民の組織化、町内会や部落会をまとめ、あるいは警防団を組織して、そこで国民をお互いに監視させ、密告させる仕組みを徹底していく形になった。それは同時に、国民を戦争に動員していく仕組みでもあるわけで。「国民防諜」「謀略対策」という名の下に国民を互いに監視させ、ちょっと人と違うことを言う人がいたら密告させるようにしていく、というのが40年、41年に本格的に進んだ。

『週刊少年ジャンプ』なみの部数を誇った政府広報誌『週報』

――町内会や部落会は、それ以前から、会自体は存在していたんですか。

 自発的な組織としてあったのを、今度は内務省が全部一律的に作らせていって、常会という定期的な集まりを持たせて、そこに役人や警察官がしばしば行って訓示したりしました。その組織単位で、配給や勤労動員もやるようになったので、食料などが配給制になってからは、そこに行かないと配給ももらえず生活できない。出て行かざるを得なくなった。それを戦争の動員に利用するし、そこで国民同士を監視させるため活用していく。

 そして人々に「今は戦時なんだ」と緊張させ「戦時意識」「危機意識」を持たせる上で、「スパイがまわりにいるかもしれない、気をつけろ」という防諜の論理が使われていったのだと思います。

――たとえば町内会の中でも、まわりの人を監視させ合って「怪しいやつがいれば密告しろ」と奨励したわけですね。

 実際に検挙された事例を見ても、密告としか思えないものが多いです。銭湯で話したら密告されたり、近所の人と話したり、場合によっては家族に話しても密告されたり。

荻野 隣組の常会、月1回とか週1回の会では、情報局が発行している週刊誌『週報』が回覧されたりして、みんなで読む。これはピークでは150万部ぐらい発行されました。

――今、『週刊少年ジャンプ』の発行部数が100万部ぐらいですね。

荻野 かなりの発行部数ですね。『週報』のビジュアル版で『写真週報』という週刊誌も出されました。これは『アサヒグラフ』よりも部数が多かった。

『写真週報』374号・375号合併号(昭和20年7月11日)最終号 「断ジテヤレ」写真:近現代PL/アフロ

 町内会などで、国民教育に使ったんでしょうね。

荻野 各省庁の戦時政策が『週報』で説明されているんです。他に、「防諜スローガン」を印刷したものを一家に1枚ずつ配って「台所へ貼っておいて、毎日それを見ろ」と指導したり。

(第3回に続く)

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プロフィール

荻野富士夫

(おぎの ふじお)

1953年、埼玉県生まれ。小樽商科大学商学部教授を経て、2018年に定年退官。同大学名誉教授。専門は日本近現代史、とくに治安体制・思想統制史。主な著書に『特高警察』(岩波新書)、『よみがえる戦時体制――治安体制の歴史と現在』(集英社新書)、『検証 治安維持法――なぜ「法の暴力」が蔓延したのか』(平凡社新書)、『「国体」とは何か――教育勅語から八紘一宇へ』(地平社)、『治安維持法と「国体」』(大月書店)等多数。

林博史

(はやし ひろふみ)

1955年、神戸市生まれ。現代史研究者。関東学院大学名誉教授。主な著書に『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』(集英社新書)、『沖縄戦と民衆』『沖縄戦が問うもの』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』『米軍基地の歴史 世界ネットワークの形成と展開』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)、『朝鮮戦争 無差別爆撃の出撃基地・日本』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)等多数。

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