嫌韓本は店に置かなかったのに
後半では、本を扱う書店員の自主性についての議論が多く交わされた。
ここでは知る人ぞ知る伝説の書店員、今は無き高坂書店の元店長、井上哲也さんが登壇した。日本最大のコリアンタウンである鶴橋の駅前にあった高坂書店は、場所柄、韓国・朝鮮問題を扱う書物を多く常備していた。まさに目利きが揃えた朝鮮半島に関する貴重な書籍が、棚を占拠していた。この頃の店長が井上さんであった。ところが、代が変わったとたん、書棚の風景が変わってしまった。あの鶴橋にあって差別を煽るような本が店頭に並びだしたのだ。
井上さんは、書店員としてこんな思いで送られてくる本と向き合っていたという。
「僕は在日の詩人、金時鐘さんの本を高坂書店で1000冊は売りました。それだけ、高坂書店は、地域と密接な本屋でした。ところが、僕が店長の頃にちょうど、『マンガ嫌韓流』という本が出てきてベストセラーになっていたんです。読んでみたら、韓国や韓国人をものすごく貶めている本で、表紙イラストの可愛いさとその内容の醜さのギャップに驚きました。表紙に騙されて、購入してしまった方も多かったのではないかと思います。あの本も置けば売れたかもしれませんが、それはしませんでした。場所柄もそうですが、僕には多くの在日の友だちがいたし、お客様もいた。その人たちが悲しむようなことは、したくない。そういう人間としてのシンプルな気持ちでした」
『マンガ嫌韓流』はまさに嫌韓をテーマにしたコミックで、事実関係を含めたその雑な内容についてはカウンター本(『マンガ嫌韓流』のここがデタラメ 太田 修(著) – コモンズ | 版元ドットコム)も出ている。
登場するビジュアルにおいても日本人を美男美女、韓国人をイケていないルックスで描いており、著しい印象操作も施している。その意味では先述した「③特定の国や地域の出身である人を、著しく見下すような内容のもの」に当たり、ヘイト本の先駆けともなった本だが、これが売れてAmazonの売上ランキングで1位を記録している。
私はこの『マンガ嫌韓流』を作った晋遊舎の発行人に直接取材をしたことがある。その内容は、ころからの書籍(さらば、ヘイト本!|ころからの本|「Small & Tough」な出版社 ころから)に収められているが、あまりにヘイト本が軽々しく安易な発想で本を編まれていたことに驚いた。
発行人は、安部公房を愛読していたという文学青年であった。その背景を訊くと、ドイツからの帰国子女であり、彼は日本人学校時代に修学旅行でアウシュビッツ収容所博物館などの見学にも訪れていた。いわば日本の平和教育以上に差別扇動が虐殺に繋がっていった歴史を学んでいた人物であった。
井上さんは、ヘイト本を頑として置かなかったが、彼が高坂書店を離れると、その棚は瞬く間にヘイト本であふれかえった。これについては、「新しい店長の意向というよりも売上が下がって来ていた頃なので、社長命令で『売れている本は、何でも置け』になったのだと思います」と言う。
井上さんが店長時代に、まさにこのヘイト本の影響も少なからずあったと思われる事件が鶴橋で起きた。2013年の3月に起きた鶴橋駅前のヘイトデモ事件である。在特会によるデモが敢行され、その中で当時中学生の女子が店のすぐ近くの交差点で在日コリアンの人々に対して「私はあなたたちが憎くてたまりません、鶴橋大虐殺をやったりますよ」とマイクで叫び、それに対して周囲のヘイターの大人たちが拍手をしたというものである。
このとき、井上さんは書店として独自のメッセージを出した。
「あの事件のときは、ささやかながらですが、売り場に『若い日本人の子がお騒がせをしていますが、日本人全体の本意では全くありませんので、本当に不愉快な思いをさせて、申し訳ありません』という小さい貼り紙をしました。それから、問題の深刻さが拡がり、法整備や防止条例の制定に繋がっていったのは、良かったと思います。本屋の主体性や責任については、店によってやはり異なりますね。特に私が大垣書店に行ったときに思ったのですが、大型書店の担当者は、『売れる物は、何でも置いておく』と云う本部指導の下、主体性はないと思いました。あの頃から、ただ置いておけば、『場所代』としてお金が貰えたり、版元・取次より『推薦銘柄』が提示されて一冊売る度にマージンが貰えたりするような『売りたい本』ではなくて、粗利の良い物を販売する傾向にありました」
そう、取次はときにヘイト本をこの『推薦銘柄』に指定して、インセンティブまで設けている。それゆえに経営の苦しい書店は、やはり前面に出して売りに走るのであろう。
井上さんは続ける。「個人書店に近い本屋さんでは、お客様の顔が見えているはずなので『友人やお得意さまが嫌がることはしない』という、当たり前のことは、隆祥館のようにやって行って欲しいと思っています。ヘイト本についての制度化については、私は厚生労働省での『刊行禁止』、自治体においては、チェック体制(R指定雑誌・書籍である程度できているので可能)を法令化して貰えればと思います」
ヘイト本をゾーニングする
会場には清風堂書店の社長、面屋洋さんも参加されていた。清風堂は教材や教育書を豊富に取りそろえていることで知られており、「教育書の聖地」とも呼ばれていた。マイノリティに常に寄り添い、近年ではヘイト本を置かない書店として多くの読者の信頼を得ていたが、入っていたビルの建て替えに伴い、惜しまれながらも昨年、60年の歴史の幕を閉じていた。面屋さんは、自身の見解をこのように語った。
「うちの父親が創業した書店に、東京から帰って来た私が入ったのは、2013 年で、まさにヘイトデモが猛威を振るっていた頃です。最初はヘイトスピーチについてよく分かっていなかったんですが、安田浩一さんの本を読んだり、そのうちに李信恵さんの裁判(「人種差別的な発言で名誉を傷つけられた」として在特会と同会の桜井誠前会長を訴えた裁判)を傍聴に行ったりしていくうちに、これはただ事ではないと感じ始めました。当時のうちの店長は、本の内容というよりも売れる本は必ず置くし、とにかく新刊は全部面陳で並べるという人だったんで、ヘイト本については、置かないようになかなか説得できなかったんです。でも、そういう本は一か所に集めるようにして、警告するような意味のポップを立てるようにしました」
ヘイト本をいわばゾーニングしたわけである。
「自分が店長になってからは、ヘイト本は基本的に即返品していました。デマを振りまいて、差別を扇動するような本の流通については、本当は国が管理しなきゃいけないんだけどももうそれはあまり期待ができないのが現状なので、あとは書店の経営者が、ただ右から左ではなくて明確に姿勢を打ち出すべきではないかと思いますね」

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木村元彦






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