心の治療の目標は人が素直に甘えられるようになることである
35年以上も精神科の臨床をやっていると、あるいは、臨床心理の教員として、臨床心理士の卵の人たちに、心の治療を教えていると、いわゆる心の治療とは何のためにやるのだろうと考えることがふとあります。
精神科医としては、薬を使って幻覚や妄想、あるいは抑うつ気分や不眠、食欲不振などの症状を取ってあげることができれば、それでいいかと思うこともありました。
あるいは、社会適応をよくしてあげる、つまり学校臨床の観点からは、不登校の子供が学校に行けるようにしてあげる、産業精神医学の観点からは復職して、きちんと仕事ができるようになればいいという考え方もあります。
最近の精神医学や心の臨床のトレンドとしては、人々のものの見方を多様にして、窮屈な考え方から楽にしてあげるというものがあります。たとえば、「かくあるべし思考」で自縄自縛になっている人にそうでない考え方もあるよと思わせてあげたり、「これからどんどん不幸になっていくに決まっている」と思って落ち込んでいる人に、そうでない可能性をわからせていくというような心の治療です。
私が長年勉強していたコフート学派をはじめとする現代精神医学の世界では、人に素直に頼れるようになるということを重要な目標としています。
精神科医や心理カウンセラーとの心の交流を通じて、「本音を言っても受け入れてもらえるのだ」「つらいときは泣きついていいのだ」という体験をすることで、世の中のほかの人に心を開くことができるようになり、もちろん相手を選んでのことですが、素直に甘えることができるようになれば、その人が生きることがかなり楽になります。
依存症は、日本よりカウンセリング治療がはるかに進んだアメリカでも治療が難しいとされる心の病なのですが、その治療法としてきわめて有効とされるものに、自助グループがあります。
アルコール依存症やギャンブル依存症になると、周囲からもダメな人間と見られ、自分自身も激しい自己嫌悪に陥るのですが、それが逆に、彼らをアルコールやギャンブルに走らせます。
自助グループでは、周りも同じアルコール依存症やギャンブル依存症なので、素直に自分の弱い気持ちや、やめられないつらさをさらけ出すことができます。それを抱えながらアルコールやギャンブルをやめているメンバーをほめあいます。
そして、メンバーに素直に甘えることができ、「物質や行為(ギャンブルや買い物など)への依存」から「人への依存」への移行ができれば治療がうまくいくということです。
こういうことを自らが体験し、見聞きするにつれて、素直に人に頼れるようにしてあげること、あるいは、自分が患者さんにとって頼りになる対象になってあげること(この表現が恩着せがましくて嫌いなのですが、こっちが能動的でないとなかなかそうならないのであえてこの表現を使いました)が私の重要な目標となっています。
コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!
プロフィール
1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。