「疎外感」の精神病理 第1回

現代日本人の心理を読み解く重要なキーワード「疎外感」

和田秀樹

「みんなと同じ」現象のまん延

 

このように目に見えた形で、人とうまくつながれず、自分の世界に引きこもるというのも、疎外感の精神病理の代表的なものですが、表面的なつながりしかもてないという病理もあります。

『モラトリアム人間』というベストセラーを出し、精神分析の立場から日本人の精神病理に洞察を加え続けてきた精神科医の小此木啓吾先生は、1980年に発行した『シゾイド人間』(講談社文庫)という著書の中で、「同調型ひきこもり」という概念を提唱しました。

小此木(以下敬称略)によると、現代型のシゾイド(分裂気質)というのは、孤立したり、引きこもったりするのでなく、むしろかかわりを避けるために「表面的に相手に調子を合わせ、にせものの親しみを示したり、社交性を出してとりつくろう。しかし、それは本当の情緒的かかわりあいでない」ということです。

私には、彼らが情緒的なかかわりあいを避けるために、周囲に同調をしているのか、上手に人と情緒的にかかわれないのだが、疎外感が怖いために表面的に調子を合わせているのかはわからないというのが真相です。

実際には、どちらのタイプもいるのでしょうが、表面的な同調が日本人に強まっているのは確かに思えます。

現在のコロナ自粛やマスクをしない人をほとんど見かけないという、欧米ではすでに見られなくなった現象について、同調圧力が問題にされることは多いわけですが、この手の心理が働いている人は、圧力がなくても周囲に合わせてしまうという特徴があります。

私自身、精神科医になってから日本人の「みんなと同じ」現象に長年注目してきました。

おそらくピンクレディがブームになった1970年代後半からだと見ていますが、それまでは御三家のファンというような形で、クラスが派閥のようなものにわかれ、人と多少ぶつかっても自分の趣向を明らかにしていたのが、クラスが同じアイドルやゲーム、アニメのファンでまとまってしまうという現象が始まります。

これは今もって変わらない気がします。それどころか、巨大ブーム、メガヒット現象はさらに拡大しているように思うのです。

1980年代にはレコード、CDのミリオンセラーは10年間で12曲しかありませんでした。山口百恵さんでさえ、ミリオンセラーを出していないのです。当時のミリオンセラーの多くはすべての年代の人が歌うような歌で、演歌などが何年かかけてというパターンも少なくありませんでした

それが90年代には毎年10曲以上がミリオンセラーになり、95年には28曲がミリオンセラーになっています。そして、ほとんどが若者が歌う曲なので、その世代の若者の1割近くが買うなどという曲が珍しくありませんでした。

当時、ある曲が売れればそれが止まらなくなってみんなが歌う、ある曲が売れているときにはそれに集中するというような現象が次々起こりました。

別に同調の強い圧力がないのに、若者たちが次々と同調し、「みんなと同じ」になっていくのです。

もちろん、これは音楽の世界だけでなく、コミックスの世界でも、ゲームの世界でも起こったことでした。

音楽の購入手段がCDから配信が主流となっていき、CDが昔ほど売れない時代になっていくわけですが、それでもAKB48のように出せばミリオンセラーという一人勝ちグループは生まれました。

そして、ゲームの世界やアニメの世界では、記録を塗り替えるような何百万単位の人が購入する現象が続いています。

どちらかというと購買者の年齢層が高く、自分を持っている人が多いため、ブームやメガヒット現象が起きにくいと考えられる書籍の世界でも、2003年には『バカの壁』(新潮新書)が400万部を超えるメガヒットになりました

このメガヒット時代の背景には、同調型のひきこもりとか、疎外感恐怖があるように精神科医の私には思えてなりません。

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第2回  
「疎外感」の精神病理

コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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