ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。
わたしの中に残っている“かもしれない”がん細胞の残党を一掃するための抗がん剤治療、CAPOX療法初日。まずは点滴薬オキサリプラチンを打ちに、大雨の中バスに乗って、いつもの病院をせっせと目指す。
それにしても、なぜだろう、薬の名前ってなんだか全然覚える気にならない。できることなら何ひとつとして覚えないまま治療を終えたいとすら思っている。どうせカタカナを覚えるんだったら、わたしは好きなコスメブランド、THREEの商品名を淀みなく言えるようになりたい。「アドバンスドエシリアルスムースオペレーター ルースパウダー」とか「アドバンスドアイデンティティ ブラウシェーピングデュオ」とか。THREEは商品名が恐ろしく長い。あげく、気を抜くと商品名に「アルティメット」などと必殺技のようなワードを使ってくるので、まじでまったく油断ならない。勝てる気がしないし、美容部員として職務を遂行できる気はもっとしない。オキサリプラチンを可愛いと思わせるTHREEはすごい。
病院に着いたら、採血のために注射針を左腕にぶすりと刺されて、血液検査の結果について診察室で主治医から説明を受け、いざ化学療法室へ。「初めてなんですよ〜」と看護師さん相手に意味もなく自慢げな表情をかましながらベッドに腰掛け、点滴のためにまたしても針をぶすりと刺される。今度は右腕。何度刺されても全然慣れない。いちいち嫌だ。15分ほど吐き気止めの点滴薬を投与された後に、本日の真打ち、オキサリプラチンが登場。ほほう、と点滴バッグを見たら「ブドウ糖注射液」と書かれていたので、なんだラムネじゃん〜、と思った。しかし、冷静に考えるとこれは一体どういうことなのだろう? ブドウ糖注射液とやらにオキサリプラチンを混ぜている?
そんなこんなでオキサリプラチン点滴を投与されること、約2時間。
痛みも具合悪さも特になし。なーんだ、なんもなかったな、帰ろ帰ろ、と看護師さんに声をかけたときに、喉が突っかかるような違和感がほんの少しだけあった。化学療法室を出たら入院中にお世話になった看護師さんとばったり会って、挨拶を交わしたものの、やっぱりなんだか話しにくい。
会計窓口でようやく気づいた。呂律が回らなくなっている。意識はしっかりしているのに、言葉だけが勝手にどんどん滑る感じ。さらには吃音の症状も出始めていて、意図せず声が裏返ってしまう。ロビーまで内服薬カペシタビンを渡しに来てくれた薬剤師さんに「すみません、なん、なん、なんかうまく喋れなくなっちゃって、あ、あ、あのあの、わたし、ちょっと、話し方が、変じゃないですか?」と説明した。もちろん一発で伝わった。変って言っちゃいましたが、吃音が変ということじゃなくて、わたしがいつもと違って変だということを伝えたかったんです〜! と弁解したかったけれど、長い発話がスムーズにできない。「そうですね」とか「わかりました」程度ならいつも通りに話せるのに。
担当の看護師さんから「神経系のアレルギーかもしれないですし、経過観察のためにしばらく病院に残ってください」と告げられたので「じゃあ、しょ、しょ、食堂に行ってきても、いいですか?」と持ち前の図々しさを発揮して、院内の食堂へ昼食をとりに行った。先生や看護師さんたちに交じって、若干の飲み込みにくさを感じながらカレーを食べつつ、ぼーっと窓の外を見て時間を潰す。まあ、話しさえしなければ、別段なんのことはない。
そうこうするうち、点滴が終わってから1時間半ほどが経っただろうか。再び看護師さんのもとへ戻る頃には、すでに発話障害は治まっていた。点滴の一時的な副作用ですかね〜、たまにあるみたいです、ということで一件落着。看護師さんへお礼を伝えて、お会計をし、そのまま家に帰って働いた。
結局、CAPOX療法を紹介する冊子に書いてあった、オキサリプラチンのおもな副作用、
- 手や足、口、喉のまわりにしびれや痛みがある
- 喉やあごが締め付けられるような感じ、違和感
- 食べ物や飲み物が飲み込みにくい
- 舌の感覚がおかしい
といった症状は、夕方から夜にかけて一通り現れた。副作用って時差で来るのか。でも、どれも軽く済んでいる気がする。
手先のしびれは、スーパー銭湯でたまに見かける電気風呂に指を浸けたようなピリピリ感に似ていて、なんだかちょっとだけ楽しい。喉の違和感は、何かを飲み込むときに少しだけ。がんの手術直後、鼻からチューブを入れられていたときに唾を飲み込む感覚に似ている気がする(大半の人に伝わらないたとえ)。あとは、何かを口にしたときに、頬のあたりがキュッとなる。カットレモンを口いっぱいに含んだらこうなるだろうなという感じ。
これらの副作用は、冷房の風に当たったり、冷たい物を食べたり触ったりといった「冷感」がトリガーとなって表れやすいそうなので、しばらくは手袋とヒートテックの靴下を履いて生活してみることにする。一応、ほとんどの人は点滴後3日〜1週間くらいで症状が落ち着くらしい。それまでは冷たい飲み物ともお別れ。病院の化学療法室で、おばあちゃんが「あら、アイスも食べられないの?」と無邪気な調子で看護師さんに尋ねていたので、うんうん、そのお気持ちわかります、と思った。
さて、点滴も無事に(?)終わったところで、今晩からは2週間の服薬がスタート。オキサリプラチンもさることながら、カペシタビンという内服薬の名前も、これまた全然覚える気にならない。カペシタビンはカペシタビンで、色素沈着や吐き気、倦怠感といった、点滴とは別の副作用があるという。色素沈着ってさ、つまりシミのことだよね? これは手足のしびれよりも、わたしにとってはよっぽど重篤な副作用です。39歳がシミを1個消すのに、どれほどの時間とお金がかかると思っているんだ。めちゃくちゃ気をつけよう。
……なんて日記をつけている間に寝落ちして変な時間に起きてしまったので、そろそろちゃんと寝直します。初回の治療かつまだ1日目ということもあって、今のところ副作用に対しては、客観的というか、観察しているような意識が強い。「喉が変で嫌だ」ではなく「喉に違和があり不快感を覚えている」といった調子で。この先の自分がどうなっていくかはわからない。けれど、できる限り、わたしはわたしの変化を冷静に観察し、記録していきたいと思っている。少なくとも今のところ、具合は特になんともないかな。ずっと降っていた雨も止んだみたい。それではおやすみなさい、よい夜を。
(毎週金曜更新♡次回は1月24日公開)
ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。
プロフィール
ライター
1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。