ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。
いよいよ明日から抗がん剤治療が始まる。
わたしが受ける治療は、オキサリプラチンという点滴薬とカペシタビンという内服薬を併用した「CAPOX療法」と呼ばれる化学療法で、初日に点滴・2週間服薬・1週間休薬の3週間が1クールとなっている。再発や転移さえなければ、治療は8クールで終了予定。それから5年以内に再発や新たな転移が見られない場合は「寛解(かんかい)」となるが、その可能性は五分五分だ。
寛解、という言葉をわたしは今まで知らなかった。どうやら症状が落ち着いて安定した状態を指すらしい。2024年現在、再発や転移をしたがんに「完治」は存在しないという。そのため、わたしたちがん患者は、まずは寛解を目指して治療を進めることになる。再発や転移があれば、現在の薬が効いていないものとしてほかの治療法が採用される。ただし治療法は無限にあるわけではない。そのことが意味する状況に対して、冷静に向き合える人はいるのだろうか。
CAPOX療法では点滴薬オキサリプラチンの副作用として、点滴直後から1週間前後、ほとんどの人に手足のしびれや痛みが生じるという。これは神経過敏によるものとのこと。あとは内服薬カペシタビンの副作用として、皮膚の腫れや変色、吐き気、下痢、倦怠感、軽度の脱毛など。これは薬の成分が身体に蓄積されるせいか、症状は回を増すごとに重くなっていくケースが多いらしい。
こうもずらりと副作用を並べられると、自分にも何かが起こって然るべきと考えるのが妥当だろう。どれか、あるいはすべての副作用が表れるのを想定して、この先はもう、人と会う予定はほとんど入れていない。今日できることをする。その積み重ねで、これからの8クール・168日間をやっていきたいと思う。
わたしは怯えていないだろうか。あるいは、怯えを無視しようとしてはいないだろうか。なんだかここ最近は、自分の心の動きにすごく目を向けるようになった。今、何をやりたいのか、あるいはやりたくないのか。どうしたら心地よいのか、苦しくはないか。まあ、考えたところで、しょうもないYouTube動画を観て過ごすことも多いけれど。
メンタル的なところでいえば、正直、がんがわかる前よりかなりいい。だいたいのことでは悩まなくなったし、以前より物事をシンプルに捉えられるようになった気がする。人は複数の痛みを同時に感じられない生き物らしい。がんという心の痛みがあるから、そのほかの痛みを感じなくなっているのだろうか。メンタルは比較的安定しているので、あとは身体がどこまで持ってくれるかにかかっている。抗がん剤治療は心身ともに負担が大きく、途中で辞める人も少なくないと聞く。どうせやるなら完走したいなぁ。ただし、8クールを完走したからといって、転移や再発が必ずなくなるわけではないのだけれど。
昨日はよく晴れていたので、年の離れた女友だちを誘って、新宿まで買い物に出かけた。友人はルミネで服を、わたしはAesopの路面店でトイレ用の消臭芳香剤を買った。週末の新宿はカフェなんてどこも満席で、暑い暑いとへたりながらスパゲッティ屋の五右衛門に入って、空調の効き過ぎた店内で寒い寒いと震えながらたわいもない話をした。友人と別れた後は、伊勢丹の地下2階でボディクリームを見て、無印良品でエッセンシャルオイル「おやすみブレンド」を買い、紀伊國屋書店に寄って鉱石標本を眺め、ルミネに戻ってサングラスを買った。ついでに帰り道でコンビニに吸い込まれ、たらこバターのパスタを買い、昼も夜もそんなにパスタが食べたいかねと自分にツッコミを入れながら、お風呂上がりにチンして食べた。夜はアロマディフューザーのコポコポ鳴る音と高木正勝さんの小曲集『Marginalia』をBGMに、好きなゲーム作家さんの脱出ゲームアプリで遊び、やがてうとうとしながら眠りに落ちた。
無計画で適当で、でも好きな人と一緒に過ごせて自分の時間もゆっくりとれて、とてもいい日曜日だった。日々なんて、なんのことはない、ありきたりな日ばかりでいい。わたしは毎週末、ずっとこうやって過ごせたらいいなと思った。
(毎週金曜更新♡次回は2025年1月17日公開)
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写真は、この日に買ったAesopのトイレ用消臭芳香剤「ポスト プー ドロップス」。オストメイトとして転生してから、お手洗い後のニオイが少々気になるようになったため、対策として購入しました。ちなみに、家ではこれ、出先では小林製薬の「1滴消臭元」という商品を使っています。今も、両商品ともに絶賛愛用中。
ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。
プロフィール
ライター
1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。