現代魔女 第12回

魔術的芸術と霊的アクティビズムの歴史

円香

W.I.T.C.Hとオノ・ヨーコ

ダブル、バブル、戦争と瓦礫、 女に手を出せば、痛い目に遭うぞ。 中絶を企てれば、殺人罪。 男がいなければ、恥の罪。 権利のために闘えば、共謀罪。 そして立ち上がって闘えば、火あぶりの刑。

W.I.T.C.H.「女性に対する陰謀」

そうよ、私は魔女、私は嫌な女、あなたが何を言おうと気にしない

私の声は本物、私の声は真実、あなたのやり方には収まらない

私はあなたのために死んだりしない

現実を受け入れたほうがいい

私はここにいる

まだね…

オノ・ヨーコ ”イエス、アイ・アム・ウィッチ” (1974)

「W.I.T.C.H.(地獄からの女性国際テロリスト陰謀団)」の作詞した「女性に対する陰謀」のチャントは、シェイクスピアの『マクベス』をアレンジし、中絶の犯罪化、独身女性への偏見、権利を求める女性への弾圧を告発するものだった。W.I.T.C.H.の頭文字は行動ごとに読み替えられ、全米各地に姉妹団体、カヴンが生まれた。

1974年、オノ・ヨーコは「Yes, I’m a Witch」を発表した。ジョン・レノンのパートナーとして、ビートルズを「解散させた女」という根拠なき汚名を着せられ続けた彼女にとって、この曲は世界中から彼女へ向けられた批判への明確な反撃だった。

「魔女」という言葉は何世紀にもわたって、女性に対するネガティブなイメージの象徴として機能してきた。その姿は時におそろしい老婆、時に若い誘惑者として描かれ、物語の中の魔女はいつも善でも悪でもないあいまいな存在だった。しかし、20世紀の女性たちはこの魔女のイメージを強い独立した女性の力を表す象徴として言葉の意味をひっくり返して利用しはじめた。「魔女」——その響きの胡乱さ、力強さ。

歴史を通じて「魔女」というレッテルが、因習的な規範に合わない女性たちを統制するために使われてきたということは、これまで繰り返し述べてきた。社会はしばしば彼女たちを「魔女」と呼び、悪魔化することで沈黙させようとしてきた。「魔女」という言葉が女性解放運動によって徐々に奪還され、再定義されるようになり始めたのは20世紀半ばのことだ。

魔術と儀式的抵抗

魔術的実践の政治的系譜は、保守的・愛国的な伝統と深く交錯しながら発展してきた。第二次世界大戦というヨーロッパ諸国存亡の危機において、イギリスの魔術師たちは国家防衛のため、ナショナリズムや愛国心と共に魔術的国防を行っていった。

第二次世界大戦の存亡的危機において、現代ペイガンに多くの影響を与えたイギリスの魔術師ダイアン・フォーチュンは、集合的象徴操作の精緻な体系として「マジカル・バトル・オブ・ブリテン」を構想した。「内光友愛会」という魔術団体を率いていたフォーチュンは、魔術的視覚化(註:1)の手法を用いて、イギリスを守るための象徴的な霊的防衛網を構築しようとした。

一方、ウイッカの創始者ジェラルド・ガードナーは1940年8月1日、ナチスに対抗した「力の円錐」の儀式を行った。ニュー・フォレスト・カヴンのメンバーと共に森で「スカイクラッド」(裸)になり、サークル・ダンスを踊りながらヒトラーの侵攻計画を妨害することを試みたといわれている。ちなみにこの時に儀式に参加した高齢の魔女の何人かは体調を崩して死亡したという驚くべき逸話がある。まさに命がけの儀式が戦時下に行われていたのだ。興味深いことに、この儀式から約6週間後、ヒトラーは実際にイギリス侵攻計画(シーライオン作戦)を中止し、代わりにソ連侵攻(バルバロッサ作戦)へと方針を転換する。ガードナー自身は、同様の儀式が国民的な神話にもなっている1588年のスペイン無敵艦隊や1805年のナポレオンに対しても用いられたと主張していた。

これら国家的危機における魔術的抵抗の技法は、20世紀後半から21世紀にかけて形を変えながら継承された。特筆すべきはイギリスからアメリカに渡り、政治的方向性が反転したことだろう。元来国家主義、保守的文脈で発展した魔術的政治実践が、社会正義や反体制的運動のために転用されたのである。そしてアメリカでゲイ・リブやフェミニズム、反核運動と結びついた女神運動の流れを汲む現代魔女文化は反核運動を介して本国イギリスへと逆輸入され、保守的だったイギリスの魔術師、ペイガン、現代魔術文化に影響を与えることとなる。

1960年代フェミニズムと魔女の再定義

1968年、アメリカのフェミニスト活動家たちが「地獄からの女性国際テロリスト陰謀団」(Women’s International Terrorist Conspiracy from Hell 以下 W.I.T.C.H.)を結成した。その頭文字から「W.I.T.C.H.」という名前を持つこの集団は、ステレオタイプの魔女の黒装束に黒い帽子とほうきを持ち、ニューヨークのウォール街で資本主義と家父長制へのゲリラ演劇的抗議活動を行った。

W.I.T.C.H.は1968年10月にニューヨークで、家父長制の転覆を目論む社会主義フェミニストたちによって結成されている。彼女たちは以前、ニューヨーク・ラディカル・ウーマンのメンバーであり、この運動に参加した人物ではラディカル・フェミニストの詩人・作家のロビン・モーガンがよく知られている(もっとも、後年になって彼女はこの運動を「道化芝居のような原始的なアナキズム」と評しており、あまり気に入っていないようだが)。

W.I.T.C.H.の活動は当時のイッピーたちの演劇的な抗議運動に触発されたものだと言われている。イッピーとは1960年代末のアメリカで生まれた急進的な若者たちによるパフォーマンス性の高い政治抗議運動を行うグループである。彼らはカウンターカルチャーを直接的な政治的行動に転化しようとした。1967年10月、ワシントンD.C.の国防総省ペンタゴン前での反戦デモの際に「ペンタゴンを浮遊させる」儀式的なパフォーマンスが行われる。彼らもまた魔術をアクティビズムと結び付けた先駆的なアクションを行っていたのだ。この特定の施設を浮遊させる儀式は後にイギリスでも実践されている。1994年10月21日から30日にかけてロンドンで開催された大規模なカウンターカルチャー・フェスティバル「アナーキー・イン・ザ・UK」において、ジェネシス・P・オリッジによって創設されたテンプル・オブ・サイキック・ユース(TOPY) によっても国会議事堂を浮かせる儀式が試みられたのだ。これはストリートシアターのような遊び心のある抗議活動の一種であり、ペイガンのアクティビストでありケイオス魔術の重要人物であるフィル・ハインは「スペクタクルとしての抗議」としてこれらの実践を魔術的な抗議運動の代表的な例として上げている。

W.I.T.C.H.もこの系譜に位置付けられる、路上を舞台とする演劇的な魔術的抗議運動であった。その結成の宣言文には、彼女たちのビジョンが明確に示されている。

「W.I.T.C.H.は、女性が生み出すあらゆるもの。」それは演劇であり、革命であり、魔法であり、恐怖であり、歓喜であり、ニンニクの花であり、呪文である。

それは、魔女やジプシーこそが、抑圧──特に女性への抑圧──に抗い続けてきた最初のゲリラであり、レジスタンスであったという認識である。

魔女とは、常に自らのあり方を貫いた女性たちだった。

自由奔放で、勇敢で、攻撃的で、知的で、非協調的で、探究心があり、好奇心旺盛で、自立していて、性に解放され、革命的であることを。

——W.I.T.C.H.宣言

W.I.T.C.H.は魔女に関連する否定的なステレオタイプを意図的に利用することで、女性に対する偏見や恐怖を逆手に取り、政治的メッセージを発信した。20世紀に復活したフェミニスト魔女である彼女たちの大胆さとスローガンの巧みさは現在も評価されている。W.I.T.C.H.は、「善良で優しい魔女」ではない。彼女たちは「魔女」を女性の力と抵抗の象徴として捉えていた。

1974年には、アーティストのオノ・ヨーコが「イエス、アイ・アム・ウィッチ」と宣言するパフォーマンスを行う。当時世界中から厳しい批判にさらされていたオノ・ヨーコもまた「魔女」というレッテルを誇らしげに受け入れ、自らも魔女であるのだと高らかに宣言した。

言語哲学者J・L・オースティンが提唱した「発話遂行的」(パフォーマティヴ)という概念は、発話とは単に事実を述べるものではなく、それそのものが一つの行為であり、社会的現実を成立させるということを示すものである。たとえば「誓い」「名づけ」「聖別」——これらは、発せられることで新たな身分や秩序を生成する。言葉とは呪文の様に単に何か意味のあることを記述し、伝達しているだけではなく、言葉を発することで世界そのものを作り変えている。これは儀式の中で魔術を発動させる重要な要素でもある。

オースティンの理論は、儀式を理解するために極めて重要である。「私は魔女である」という宣言も、まさにそのような行為遂行的な宣言だった。この宣言は、聖書の世界における根深い観念——女性は本質的に邪悪であるとする考え方——に真っ向から挑戦するものだった。

キリスト教の伝統において、女性とは原初のイヴ以来、心をかどわかす誘惑者であり、堕落の源泉とされてきた。魔女狩りの時代、この観念は最も暴力的な形で表現された。15世紀後半の悪魔学による「魔女」は、悪魔と交わり、神の秩序を転覆させようとする、女性の堕落、邪悪さの極致だとされた。

1960年代以降、女性たちが自ら「魔女」を名乗り始めたとき、彼女たちは、迫害された無辜の犠牲者たちの記憶を引き受けながら、同時に「魔女」という言葉の意味そのものを転覆させようとした。「魔女」は、邪悪で恐るべき存在ではなく、力を持ち、自立し、既存の権威に服従しない女性の象徴として再定義された。この言語的な転覆は、「スラット」「ビッチ」「クィア」といった蔑視の言葉をむしろ自称することで、その言葉を書き換える言語的抵抗の系譜に連なるものだろう。

だが現代の魔女たちの宣言は、さらに一歩進んでいる。彼女たちは単に言葉を奪い返すだけでなく、儀式という実践を通じて、魔女を変幻自在に生成し続けていくからだ。儀式とは、行為遂行的発話、さらに言葉だけでなく、音楽、お香、詠唱、ダンス、共食など多感覚に働きかけ、実際に参加する者たちの人生、意識に変容をもたらす実践だ。月の満ち欠けに合わせて行われる儀式、女神とのダンス、祖先たちとの対話、これらのすべてが、大鍋の中に投げ込まれ魔女を絶えず変容させ続けるのである。

言葉は単に世界を描写するのではなく、発せられ、私たちの世界を作る。「私は魔女である」という宣言は、それが発せられるたびに、新たな魔術的現実を同時に立ち上げているのだ。

かくしてフェミニスト活動家やアーティストの中から、自らを「魔女」と名乗る人々が現れたことを契機に、フェミニズム的な視点をもつ多くの女性たちが彼女たちに追随するようになった。70年代に出てきたこうした人々は「フェミニスト魔女」と呼ばれ、霊性と政治活動が接続可能であると考えている魔女たちだ。彼女たちが実際に超自然的な魔術を信奉しているのか、ペイガン宗教の実践者なのか、それともアートやパフォーマンスとして一時的に魔女を演じているのか、その境界はきわめて曖昧ではあったが、負のレッテルであった「魔女」を誇らしげに自称し、毅然として父権的社会に反旗を翻した彼女たちが当時の社会に与えたインパクトは絶大だった。

その渦中において、とりわけ重要な活動を行ったのが、『スパイラルダンス』(邦訳『聖魔女術―スパイラル・ダンス』国書刊行会、1994)の著者である現代魔女のスターホークである。彼女によって魔術は「世界を変革する術」として明確に位置づけられ、さらに「内なる力を引き出す術」と捉えなおされた。また魔術的儀式は彼女達の実践の中で政治的アクティビズムへと強く結びつけられていく。だが、魔女とフェミニズムの関係にはさらに前史もある。19世紀、フェミニズムの発端ともなった女性参政権運動において、すでに魔女はその輪郭をかすかに露わにしていた。

19世紀の女性参政権活動家

2010年代から20年代前半にかけて、シルヴィア・フェデリーチの著書やフランスのモナ・ショレの著書などを通じて、魔女とフェミニズムの繋がりが広く注目されるようになったが、これ自体、実は1960年代後半に突然始まったわけではない。その起源は19世紀にまで遡ることができる。

魔女と女性解放運動の歴史を語る上で欠かせないのが、19世紀のアメリカの女性参政権活動家、マチルダ・ジョスリン・ゲイジである。ゲイジは政教分離、先住民の権利擁護、奴隷解放など様々な社会運動に関わり、グロリア・スタイネムから「時代を先取りした女性たちを先取りした女性」と評された。

ゲイジの思想は当時としては極めて急進的だった。その思想は婦人参政権の要求にとどまらず、先住民の権利擁護や政教分離の徹底、さらには教会による女性抑圧の歴史的分析にまで及んでいた。特に1893年の著書『女性、教会、そして国家』において、彼女は魔女狩りを、教会が主導した女性に対する攻撃として批判的に論じた。ゲイジは女性参政権活動家として初めて教会による女性抑圧の歴史を鋭く批判した人物である。その結果、穏健路線の婦人参政権論者達が彼女から距離をとったため、その名前は女性解放運動の歴史からも消えかかり、忘れられた。政教分離を訴え、教会と国家の癒着を批判したゲイジの思想は当時あまりにも過激だったのである。

しかし、ゲイジの残した種は意外にも大衆文化の中で花開いていた。ゲイジの義理の息子はあの『オズの魔法使』(1900)を書いたL・フランク・ボームであり、彼女の思想はボームに影響を与え、ゲイジ自身が物語の中の善い魔女グリンダのモデルになったと言われている。ゲイジと娘のモード、ボームには一緒に暮らしていた時期がある。ゲイジはボームが子どもたちに語る物語に才能を見出していた。そして、ゲイジはボームに、児童文学を世に出すよう強く勧めたと言われている。その励ましから生まれたのが『オズの魔法使』である。勇敢で自立した少女ドロシー、善い魔女グリンダはゲイジの思想の影響が色濃く反映されていると考えられている。また、竜巻のアイデアはゲイジのアドバイスによるものであった。

注目すべきは、『オズの魔法使』が「緑色の顔の邪悪な魔女」という強烈なステレオタイプをポップカルチャーに刻みつけると同時に、魔女を単なる悪役としてだけでは描かなかった点である。義母ゲイジを深く尊敬していたボームは、魔女を従来の悪として表現するのではなく、善と悪の両面を持つ存在として二種類の魔女に描き分けた。この作品は、ポップカルチャーにおいて「良い魔女」が明確に提示された最も早い例のひとつであり、ゲイジが試みた「魔女」の復権が、児童文学を通じて世の中に広く浸透していったことを示している。もっとも、ゲイジの魔女観はジュール・ミシュレの強い影響下にあり、今日の歴史学の観点からすれば少なからず誤りも含まれている。とはいえ、善き魔女グリンダの存在がポップカルチャーにおける魔女のイメージを決定的に書き換えたことは疑いない。そして、そのグリンダのモデルとなった人物が、急進的すぎるがゆえに女性参政権運動の歴史からさえ忘れ去られた活動家であったという事実は、きわめて興味深い。

また、ゲイジは神智学にも興味を持っていたことが知られている。この時代、アニー・ベサントをはじめ、女性参政権活動家たちの一部は心霊主義や神智学へ関心を寄せていた。伝統的な一神教が男性中心主義的階層構造を維持する一方、神智学は女性の霊的指導者によって創始されたということもそれと無関係ではなかった。また、当時流行していた交霊会や心霊現象への関心は、女性たちに男性と対等に交流する場を提供し、このサロンでの運動にかかわった女性たちは人前で話す機会が多くあった。こうした場は当時の女性たちにとって、その後の1970年代に行われたフェミニストたちの意識高揚グループのような機能を果たしていたのではないかとも考えられる。

神智学協会の二代目会長を務めたベサントは女性の権利、アイルランドの自治、そして労働組合の権利を激しく訴えた急進的な人物として知られている。彼女は社会主義のフェビアン協会に加入し、社会民主連盟にも関わっていた。ジャーナリストのW.T.ステッドと共に、ベサントは女性と子供の労働搾取に対するキャンペーンに取り組んだ。東ロンドンの工場の劣悪な労働条件と低賃金に声をあげ、工場で働く女性たちが労働組合を結成するのを手助けした。彼女たちのストライキは成功し、工場主との交渉を実現させた。ベサントの活動は、こうした具体的な社会変革の現場にまで及んでいたのだが、そうした社会活動の背景に心霊主義や神智学への関心があったということは、当時の女性運動を考える上でも見逃せないところだろう。

女性参政権運動との関係は限定的だが、近年注目されているスウェーデンの抽象画家ヒルマ・アフ・クリント(1862–1944)もまた、当時の心霊主義から強い影響を受けていた。彼女はカンディンスキーやモンドリアンが抽象絵画を発表する数年前の1906年頃から、すでに抽象的な絵画を描いていたことで知られているが、その創作活動において彼女は五人の女性グループを結成し、降霊会や自動書記、自動描画を通じて「ハイ・マスターズ」と呼ばれる霊的存在との交信を試みていたという。またその制作は、霊的な導きのもとでトランス状態に近い形で行われており、たとえば「神殿のための絵画」について、ヒルマは、それらが自らの意思によって描かれたものではなく、むしろ高次の存在によって描かされたものである、と述べている。彼女は自分の作品が同時代の人々に評価されないことを悟り、遺言で死後20年間は作品を公開しないよう指示していた。そのため、彼女の抽象画が広く紹介されたのは80年代後半になってからのことだった。

抽象絵画の誕生に心霊主義や神智学運動が果たした役割は大きく、実際にアニー・ベサントとC.W.リードビーターによる『思考の形態』(1905年)は、カンディンスキーやモンドリアンにも影響を与えたことが広く認められている。抽象絵画の先駆者たちがこの時代の霊的運動を通して見た世界、美術史が長らく見落としてきた、スピリチュアリティと創造性の結びつきは今後より明らかになっていくだろう。

女神の再創造

奴隷でなかった時代があったことを思い起こしてごらんなさい。あなたはひとりで歩き、いつも笑い、裸で入浴した。こんな思い出をすべて失ったとあなたは言う。その思い出を記す言葉はないという。しかし、思い出しなさい。思い出す努力をしなさい。それができないなら、創り出しなさい。

モニック・ウィティッグ『女ゲリラたち』1969年

先に触れたように、現代魔女とフェミニズムが本格的に接続するのは20世紀後半に入ってからである。しかしその関係は、決して単純ではなかった。その複雑さの中心にあったのが、現代魔女たちが繰り返し用いる一つの言葉——「女神」である。

現代魔女術はしばしば女神信仰と呼ばれる。1970年代以降の政治的実践を論じる前に、ここで一度、この「女神」が現代魔女文化の中で何を意味しているのかを整理しておく必要がある。

「女神」という言葉は、フェミニストの間でも長く警戒されてきた言葉のひとつだろう。母性や女性性の本質化につながるのではないか、という懸念が常にそこにはあった。そうした警戒感ゆえに、現代魔女術における「女神」がなぜ女神でなければいけなかったのか、何を意味しているのかは、十分に理解されてこなかったように思う。正直に言えば、私自身もまた、この言葉が現代魔女の実践のなかでどれほど多層的な意味を持っているかを理解するまでに、多くの時間を必要とした。現代魔女術を実践するということは「女神」との繋がりを再確認することと切り離すことができない。「女神」は現代魔女文化を理解するためのまさに核であり、この言葉の理解なくして現代の魔女を理解することはできないだろう。女神と聞くと善なる、優しく、母性的で多産や豊穣に結びついた地母神や男性にとっての理想の女性のようなものを思い浮かべてしまう人は多いかもしれない。それを「信仰」「崇拝」するとなると、女神を女性のロールモデルのように扱うのではないかと多くの人が不安になる気持ちも理解できる。実際にこの先入観が多くのフェミニストたちと女神運動、魔女たちとの間に多くの葛藤、確執を生んできた。その際、参照されることが多かったのはロバート・グレイヴスの「白い女神」である。この本でグレイヴスはヨーロッパ各地の神話・民間伝承・ケルト伝説を横断しながら、それらの背後には共通する三相一体の月の女神が存在するという主張を展開している。それは一方で女性性を賛美しながらも、女性を理性的ではなく本能的な存在として位置付けるものでもあった。それらグレイヴスの女性に対する差別的な記述を考えれば、女神という存在に当時のフェミニストたちが懸念を示したというのも無理のない話だろう。それでもなお、なぜフェミニスト魔女たちは「女神」を重要視したのだろうか。第一にフェミニスト魔女たちは自らの活動に霊性を必要としていた。歴史を振り返ってみれば、アメリカ黒人の解放闘争において、霊性と政治的抵抗は不可分の関係で織り合わされてきた。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアをはじめ、公民権運動の指導者たちは霊的かつ政治的リーダーシップを体現した。霊性はキリスト教的枠組みにとどまらず、アフリカ由来の世界観や魔術、儀礼、たとえばフードゥーなども、抑圧への抵抗と共同体の維持において重要な役割を果たしてきた。また、アメリカ以外の黒人ディアスポラ社会、ハイチのヴードゥーやブラジルのカンドンブレにおいても、宗教的実践は植民地主義や人種差別への霊的・文化的レジスタンスとして機能してきた。霊性と解放闘争には深い繋がりがある。フェミニスト魔女にとっては解放闘争を支える霊的象徴こそが女神であったのだ。

フェミニスト神学者キャロル・P・クライスト「なぜ女性には女神が必要なのか」の中で次のように述べている。男性の神への崇拝を中心とする宗教は、女性を男性と男性の権威に対する心理的依存の状態に留め置く『気分』と『動機づけ』を生み出すと同時に、社会の諸制度における父と息子の政治的・社会的権威を正当化する。そして、クライストはもし現在の世界の象徴体系が父なる神を中心に組み立てられているなら、それを拒絶するためには象徴そのものを置き換えなければならないと考えたのだ。フェミニスト神学者たちは、家父長制の屋台骨が一神教にあることを暴いた。そして、暴くだけでは飽き足らず、その父なる神を置き換え、自分たちのための神話を必要としたのである。

女性解放運動の中でスピリチュアリティを重要と考えた一部の女性たちには、家父長制の物語に対抗するためには別の物語が必要だった。女神とはその代替神話である。それは「再発見」というより、モニック・ウィティッグの言葉を借りるなら「再創造」に近い営みだったと言える。

ただし重要なことは、その際の女神とは必ずしも神話的イメージの中で固定化された「グレートマザー」などのアーキタイプのことではないということだ。現代魔女たちは女神という存在を、時代や文化のなかで、変容していくものとして捉えている。また、そのイメージは必ずしも一様ではなく、女神は実在し、心の中だけにいる存在ではない。重要なのは「彼らが何を女神と呼んでいるか」である。

神々に関しては流派ごとに多様な解釈がなされている。

たとえば、英国伝統派ウイッカの魔女たちは男神と女神(註2)の両方がお互いを補い合うことで世界が持続するという両極性を強調した二神論を信仰の基礎とするのが一般的である。

一方で、アメリカ西海岸で70年代以降に広まった女神運動においては、イギリスとは違う特徴が見られた。例えば女神運動を代表する魔女の流派であるダイアナ派は、男神とのワークを行わないことを特徴としている。またフェリ派の創世神話では、星の女神が自らを鏡に映して恋に落ち、そこから鏡の中の女神ミリアが星の女神の愛の大きさにより吹き飛ばされて男神になるという物語が語られる。ここでは男神は女神の一側面として位置づけられる。スターホークはさらに女神の多くの側面は男性であるとも述べ、女神という語をジェンダー的本質からも解放している。

現代魔女文化において、女神は必ずしも人格神ではない。多くのペイガンは大地そのものを女神と呼び、スターホークは女神を「万物を貫く関係性の網」として説明している。その存在は、超越的主体のようなものではなく、関係性の総体、生成の力、編まれ続ける世界そのものなのである。

筆者自身もまた、私という存在と、私と共に編まれてゆくこの蜘蛛の巣のような世界、その関係性の総体を「女神」と呼んでいる。もちろん、流派によっては明らかに女神を女性の身体と強く結び付けている人々も存在し、女神解釈は他にも多様な形があるとはいえ、少なくとも現代魔女にとっての女神は、女性らしさを固定化する象徴ではない。それは象徴の置換を通じて、力の源泉を再配置しようとする試みであり、霊性を通じて政治を支えるための想像力の装置でもある。

ここを誤解すると、現代魔女文化の核心は見えてこないだろう。

母権制社会

この回の最後に、女神信仰としばしば結びつけられてきた「母権制社会」という概念についても触れておきたい。この語は、女神運動や現代魔女文化の内部でも長く参照されてきたが、同時に学術的には議論の多い概念でもある。

スイス・バーゼルの法学者・古典学者ヨハン・ヤーコプ・バッハオーフェンは古代ローマ法、神話、宗教象徴、墓碑美術の研究を通じて、古代社会における家族制度の起源を探究した。特にヘロドトスが記したリュキア人の母系的血統慣習などに注目し、人類社会の初期には母系的血統と女性が宗教的・社会的権威の中心にあった段階が存在したと考えた。1861年の主著『母権論』で、彼は人類社会が母権制から父権制という段階的発展を経たと論じている。

19世紀、マルクス主義者フリードリヒ・エンゲルスは『家族、私有財産、国家の起源』(1884年)において、初期社会に母権的構造が存在したと論じた。エンゲルスによれば、原始的共同体では女性が家族と社会の中心的役割を担っていたが、私有財産の発展とともに家父長制が成立し、女性の地位は低下した。家父長制は経済的支配と結びつき、女性を従属的立場へと押し込めたと主張した。

この議論は社会主義者やフェミニストに大きな影響を与えた。20世紀後半になると、考古学や人類学の進展とともに、母権制社会論は再び注目を集める。ライアン・アイスラーの『聖杯と剣』(1987年)はその代表例である。アイスラーは、旧石器時代から新石器時代にかけて、女神信仰を中心とする比較的平等な社会が存在していたとする仮説を提示した。そこでは「聖杯」が女性的原理と協調的社会秩序の象徴として描かれ、それが後の支配的・軍事的な男性中心社会(彼女の言う「剣」)へと置き換えられたとされる。

この議論は、1980年代にフェミニスト魔女たちの実践が広がる時期と響き合っていた。母権制というイメージは、単なる過去の歴史仮説ではなく、別様の社会の可能性を想像させる物語として受容されたのである。マリヤ・ギンブタスの考古学的な研究もまた、この文脈の中で読まれていった。

しかし、学術的に見れば、古代に「母権制社会」が広範に存在していたと断定できる確固たる証拠は示されていない。考古学的資料の解釈は分かれており、母系制と母権制の区別も含め、議論は現在も継続している。母権制社会は、歴史的事実というよりも、仮説的モデルとして扱われることが多い。

それでもなお、この概念は強い影響力を持った。たとえ歴史的実在が確証されていなくとも、「かつて別の世界があり得た」という想像は、現在を相対化する力を持つ。母権制という語は、家父長制が唯一の社会形態ではないという可能性を可視化し、別の秩序を思い描くための象徴となったのである。

ただし、現代の魔女たちはこの概念を肯定的に受け止めたわけではない。元々英国伝統派ウイッカの儀式には二元的宇宙論に基づき、「大いなる儀式」と呼ばれる象徴的儀式がある。儀式用短剣(アセイミー)を聖杯に入れることで、神と女神、男性原理と女性原理の結合を表現することで知られている。とりわけ英国伝統派ウイッカの実践者たちは、母権制を「単に権力の主体を男性から女性へ移しただけの構造」とみなし、批判的であった。男神と女神の両極性を重視する彼らにとって、理想は一方の優位ではなく、相補的な均衡である。権力の不均衡そのものが問題なのであって、性別の入れ替えでは解決にならないという立場である。

母権制社会という概念は、歴史的事実としては未確定である。しかし思想的には、20世紀後半のフェミニズムと女神運動において、強力な想像力の装置として作用した。それは「かつてそうであった」という証明というより、「そうであり得る」という可能性を開く物語だったのである。

(次回へつづく)

註1:魔術的視覚化
ヴィジュアライゼーション(視覚化)とは、目を閉じた状態で心の中に映像を鮮明に思い描く技法のこと。たとえば、目の前にリンゴがあると想像し、その色、形、質感、重さ、香りまでをありありと感じ取れるようになるまで訓練する。魔術の伝統においては、具体的なイメージをはっきりと心の中に描く能力が、あらゆる実践の土台とされてきた。

註2:モダンペイガン世界における男神と女神
彼女たちの崇拝する有角神/男神とは、キリスト教の超越的な父なる神とは異なる概念であり、音楽が好きで遊び好きな角と蹄をもった野生の動物のような姿をしている。なお、これもパンやケルヌンノスを融合して19世紀に作られたイメージである。同様に、女神が自然とのみ強烈に結びつけられたのも近代であり、それ以前は都市、狩り、鉄などの技術とも本来、女神は関わりがあった。19世紀の女神の自然化は男神 / 女神 の二元論を強化することになった。

参考文献
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まどかしとね「魔女と蜘蛛とサイボーグ」(ZOZO Fashion Tech News、2023年)
まどかしとね「サイボーグ魔女宣言」(BCCKS、2024年)

円香「映画『ウィキッド ふたりの魔女』レビュー。『オズの魔法使い』から辿る魔女表象の歴史と、忘れられた女性参政権運動の先駆者の影響」(Tokyo Art Beat、2025年)

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Fio Gede Parma. Ecstatic Witchcraft: Magic, Philosophy, & Trance in the Shamanic Craft. Crossed Crow Books, 2024.

 第11回
現代魔女

フィクションの世界のなかや、古い歴史のなかにしか存在しないと思われている「魔女」。しかしその実践や精神は現代でも継承されており、私たちの生活や社会、世界の見え方を変えうる力を持っている。本連載ではアメリカ西海岸で「現代魔女術(げんだいまじょじゅつ)」を実践しはじめ、現代魔女文化を研究し、魔術の実践や儀式、執筆活動をおこなっている円香氏が、その歴史や文脈を解説する。

プロフィール

円香

まどか 

現代魔女。アーティスト。留学先のLAでスターホークの共同設立したリクレイミングの魔女達に出会い、クラフトを本格的に学びはじめる。現在はモダンウィッチクラフトの歴史や文化を日本に紹介している。未来魔女会議主宰。『文藝』『エトセトラ』『ムー』『Vogue』『WIRED』などに現代魔女に関するインタビューや記事を掲載。2023年から逆卷しとねとキメラ化し、まどかしとね名義でZINE『サイボーグ魔女宣言』を発売。笠間書院にて『Hello Witches! ! ~21世紀の魔女たちと~』を連載中。

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魔術的芸術と霊的アクティビズムの歴史

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