エコロジー思想とペイガンや魔女がどう結びついてきたか
現代のペイガンと魔女たちが展開してきた多様な政治的実践を振り返るとき、「エコロジー思想」はその核心をなす重要な要素である。
1960年代から1970年代にかけて、人々の環境への認識は転換期を迎えていた。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』(1962年)は、農薬による環境汚染の実態を告発し、人間活動が生態系全体に及ぼす影響を鮮明に描き出した。ローマクラブの「成長の限界」(1972年)は、有限な地球上での無限の経済成長という近代的パラダイムに根本的な疑問を投げかけた。これらの著作は、人類と大地の関係性を問い直す契機となり、環境問題への社会的関心を高めていった。
こうした潮流の背景には、西洋における「自然」という概念の歴史的変遷がある。とりわけ19世紀に隆盛したロマン主義運動は、現代の環境運動やモダンペイガンたちの自然観に大きな影響を及ぼす思想的源流だった。ロマン主義的自然観は、産業革命や啓蒙思想による合理主義・機械的世界観への反動として登場した。ロマン主義は自然を神秘的かつ神聖な存在として再評価し、人間の理性では捉えきれない領域を感情や直感を通して理解しようとした。こうした潮流の中で、「母なる大地」という各地の伝統や神話に見られるイメージが改めて強調され、「自然との調和」という概念が広く普及していった。
リン・ホワイト・ジュニアによる1967年の論文「人間生態学の歴史的根源」もこの時期を象徴する言説である。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の教授であったホワイトは、キリスト教の人間中心主義が環境破壊を助長してきたと指摘した。創世記の「地を従えよ、支配せよ」という教えを通じて、自然を人間が利用・支配するための資源と見なす世界観が育まれ、それが近代科学技術の発達と結びついて環境破壊の根本原因の一つとなったのではないかというのが主な主張である。
この論考は西洋文化全体の自然観を再考する契機を作り、その結果として先住民理想化の動きにも追い風を送った。もちろん、ここには落とし穴もある。キリスト教の中にも聖フランチェスコのように自然との調和を重んじる思想は存在するし、逆に非西洋の宗教・文化圏や先住民社会においても環境破壊は起きてきた。問題の原因をキリスト教のみに帰することは、別の形の単純化にすぎないという批判は免れない。「先住民は自然と調和して暮らしていた」という言説は、一見西洋文明への反省に見えるが、これは他方で先住民を「自然に近い純粋な人々」というイメージに閉じ込める行為でもある。否定的なステレオタイプ(野蛮人)が肯定的なステレオタイプ(高貴な自然の民)に入れ替わっただけで、「西洋人が先住民を一方的に定義する」という権力構造そのものは何も変わっていない。当時のエコロジー言説にはこうした批判されるべき点も少なからずあったのだが、とはいえこの議論自体が西洋人に人間中心主義を見直すきっかけを与えたことも確かだ。その功罪は分かちがたく絡み合っている。
また当時のエコロジー思想を考える上では、その頃の人々の意識を変容させたもう一つの経験についても触れておく必要があるだろう。1968年にアポロ8号が撮影した「地球の出」、1972年にアポロ17号が捉えた「ブルーマーブル」である。それら宇宙空間から撮影された地球の写真は、人々の感覚を決定的に変えたと言われている。これらの写真は宇宙にポツンと浮かぶ地球を視覚化し、一つの小さな丸い船の上にすべての生き物が同乗しているという実感を人々に与えた。1973年の石油危機が起こると、地球の有限性はもはや抽象的な概念ではなく、日常の切迫した現実となったのである。
このように人々が大地との関係をもう一度捉えなおそうとしていた時期、ペイガン・現代魔女文化もまたフェミニズム運動との結びつきを深めると同時に、エコロジー思想とも深く共鳴していった。
アメリカに渡ったウイッカは、「豊穣の宗教」から「自然宗教」へと再定義されていく。元来よそ者であり土着宗教ではあり得なかった彼らは、民族的起源よりも「自然との関係」を軸に共同体のアイデンティティを再構築した。それはロマン主義的自然憧憬の延長でもあり、同時に都市化社会の中で自然とのつながりを求める切実な欲望の表れでもあった。また、ペイガンや魔女になる人々は何らかの理由でキリスト教によって傷ついたり、これは自分達の信仰ではないと感じたことで転向した人が少なからずいる。
現在、多くのペイガンや現代魔女たちの世界観の核心には、アニミズム——自然界の万物に霊的な力が宿るという感覚——がある。そこでは土地の精霊との関係を重視し、「女神は地球そのものである」「女神はあなたの内にも宿る」という理解が共有されている。スターホークは著書『スパイラルダンス』の中で女神を体験であると捉え、女神を超越的な存在としてではなく、万物の生成と消滅——たとえば、月の満ち欠け、季節の移り変わり、生と死——という円環的なサイクルの働きそのものとして捉えた。「あなたは女神を信じますか?」という問いに「あなたは石を信じますか?」とスターホークは問い返している。この頓知のような表現が示しているのは、女神とは天上の世界、つまり外部から世界を創造した父なる神のような存在ではないということだ。女神は魔女たちが信じるものでもなく、それは足元の土であり、呼吸する息吹であり、わたしたちのまなざしの中に住まう、いまここにある網の目のような世界そのものなのだ。この「内在のスピリチュアリティ」は、ウイッカ、ヴァリアンテの「女神のチャージ」、アメリカのフェミニスト魔女による女神信仰に至るまで、現代魔女文化全体を貫くウィッチクラフトの核心的な思想である。この世界観は、科学者ジェームズ・ラブロックが提唱した「ガイア理論」——地球を一つの生命体として捉える考え方——とも深く共鳴するものであった。ガイア理論は科学的仮説でありながら、地球をケアが必要な存在として尊重するという倫理的視点を含んでおり、ペイガンや魔女たちの間で広く支持されていた。
盗まれた土地の魔術——北米における現代魔女文化の形成
女神信仰とは、大地への信仰でもある。しかし、とりわけ北米の現代魔女文化を語るとき、その「大地」がどのような歴史を背負っているのかを無視することはできない。この大陸は、もともと先住民が暮らしていた土地であり、植民地主義によって奪われた土地であるという事実——このことをまず認識しなければならない。
17世紀ニューイングランドの神学者コットン・マザーは、セイラム魔女裁判に関与した人物として知られるが、彼はネイティヴ・アメリカンの宗教実践をウィッチクラフトと断じた。先住民のコスモロジーは悪魔崇拝と結びつけられ、北米は「サタンの領域」として語られた。ウィッチクラフトという概念は、植民地支配の言説と結びつき、他者を排除するための武器としても用いられていたのである。
今日、北米やオーストラリアの現代魔女コミュニティでは、集会や儀式の冒頭で「ランド・アクノレッジメント(土地の認識)」を行うことが一般的になっている。これは、その場が先住民の伝統的領土であることを認め、植民地化の歴史を踏まえたうえで敬意を表明する実践である。大地の神々と共に儀式を行う行為は、その土地の歴史と切り離すことはできないという自覚が、そこにはある。
北米の現代魔女文化は、イギリスで始まったウイッカやペイガン運動とは異なる発展を遂げた。その最大の要因は、植民地主義という歴史的背景と、多様な出自を持つ人々が混淆するアメリカ社会の現実である。
17世紀以降、ヨーロッパからの入植者たちは多様な秘教的伝統を新大陸へ持ち込んだ。錬金術、薔薇十字団、フリーメイソン、カバラ、ヘルメス主義、キリスト教神秘主義、占星術、そして各地のカニング・フォークの実践。それらはカトリックやプロテスタントの信仰と重なり合いながら、「二重信仰」的な形でアメリカに根づいていった。
この二重信仰という現象は、とりわけ伝統派ウィッチクラフトを理解するうえで重要である。民間魔術は必ずしも明確に異教的であるわけではなく、しばしばキリスト教的信仰と併存してきた。
その具体例の一つが、ペンシルベニア・ドイツ系移民の間で発展したパウワウである。これは祈祷と護符を組み合わせた民間治療の実践であり、実践者は自らを魔術師ではなく敬虔なキリスト教徒と理解していた。ここでは魔術は、キリスト教の外部ではなく内部で展開されている。
もう一つの重要な伝統がフードゥーである。これはアフリカ由来の宗教観、ネイティヴ・アメリカンの植物知識、そしてヨーロッパの民間魔術が融合した実践である。フードゥーにおける二重信仰は、抑圧下でキリスト教を再解釈しつつ、アフリカ的宇宙観を地下的に継承する戦略でもあった。その背景には、奴隷貿易という暴力の歴史がある。
2008年、メリーランド州アナポリスで発見された18世紀初頭の遺物は、その歴史を物語る象徴的証拠である。地下から出土した粘土製の束には、鉛弾、曲げられたピン、釘、そしてヨルバの神エシュ・エレグアを象徴する小像が含まれていた。エシュは境界や十字路を司る存在であり、人間界と霊界を媒介する神である。この発見は、西アフリカの宗教実践が北米へ持ち込まれていたことを示す重要な証拠とされている。
しかし考古学的意義以上に、私たちが想像すべきことがある。
この束を作り、十字路に埋めたのは、故郷から暴力的に引き離され、奴隷として連れてこられた人々、あるいはその子孫だったかもしれない。土地を奪われ、名前を奪われ、それでもなお祖先の霊的実践を守ろうとした行為。その中には、魔術が単なる信仰ではなく、生き延びるための抵抗であったことが刻まれている。
シルヴィア・フェデリーチが『キャリバンと魔女』で描いたように、資本主義の本源的蓄積は、ヨーロッパにおける土地の囲い込みと魔女狩り、新大陸における先住民征服と奴隷制を連続する暴力として含んでいた。フードゥーは、その暴力の内部から生まれた霊的レジスタンスの一形態なのである。
シンクレティズム——植民地が生む信仰の混淆
このような信仰の混淆——学術的にはシンクレティズムと呼ばれる現象——は、植民地主義を背景に北米だけでなく、南米、カリブ海地域、さらには世界各地で見られる。
メキシコでは、征服者がもたらしたカトリックの聖母マリアが、アステカの女神トナンツィンと重なり合い、「グアダルーペの聖母」という新たな象徴へと再編された。ブラジルではカンドンブレやウンバンダが、キューバではサンテリアが、ハイチではヴードゥーが、それぞれアフリカ由来の信仰とカトリックを重ね合わせる形で発展していった。いずれも、支配と抵抗が交差する地点から生まれた霊的実践である。
北米でも同様である。イタリア系移民のあいだにはストレガ(イタリア語で魔女)の伝統が受け継がれ、それはレオ・マルテロやレイヴン・グリマッシらによって再構成され、イタリア系アメリカ人の第二世代・第三世代に支持された。さらに19世紀以降、日系をはじめとするアジア系移民もこの大陸に定着し、1960年代のカウンターカルチャーのなかで東洋思想や身体技法が広まった。易や気功、太極拳、レイキを実践する魔女に出会うことは珍しくない。フェリ派のヴィクター&コラ・アンダーソン夫妻と交流を持った日本人の「先生」と呼ばれる人物の存在も知られている。
アメリカは単なる移民のるつぼではない。それは魔術的実践のるつぼでもあった。
ネイティブ・アメリカンの霊的伝統、アフリカ系のフードゥーやヴードゥー、イタリア系のストレガリア、ケルト系の民間魔術——多様なルーツが、この大陸で重なり合った。とりわけ民間魔術の領域では、体系的教義よりも「効くかどうか」という実践的価値が優先されるため、こうした異種混交はむしろ自然な流れだったとも言える。それはアメリカのプラグマティズムとも響き合っている。
そもそも現代魔女文化そのものが、ジェームズ・フレイザーやマーガレット・マレーらの比較宗教学に触発され、世界各地の神話や儀礼に通底する構造を見いだし、それを現代的文脈で再演する営みであった。北米は、そうした折衷と再創造がとりわけ活発に行われた場所だったのである。
しかし、ここで立ち止まる必要もある。多様な霊的実践を「魔術」「魔女」という言葉で一括りにすること自体が、植民地主義的な視点を再生産していないだろうか。他者の伝統を自らの枠組みで解釈し直すことには常に危うさが伴う。文化盗用への自覚は、現代の魔女コミュニティにおいて重要な倫理的課題となっている。
こうした背景のもと、北米の現代魔女文化は、英国で始まったウイッカとは異なる方向へと発展した。英国では、直接的イニシエーションを経て魔女となる英国伝統派ウイッカが中心であった。だが北米では、ガードナーやマーガレット・マレーの著作が出版物を通じて広まり、アメリカで独自に現代魔女文化を発展させた。サンフランシスコから広まったフェリ・トラディションはウイッカではない北米の現代魔女術の象徴的存在である。創始者ヴィクターとコラは、ネイティブ・アメリカン、ハワイ、ハイチ、アフリカ、ウェールズなど多様な伝統的魔術文化からの影響を公然と認めている。ストレガリアは地中海の民間信仰を新大陸で再解釈した。レイモンド・バックランドやレディ・シバが英国ウイッカを「輸入」する一方で、北米の現代魔女文化はヒッピー文化やカウンターカルチャーの土壌のなかで必然的に変容した。
さらに重要なのは、この植民地主義を含む複雑な歴史的背景があったからこそ、北米の魔女コミュニティからフェミニズム、環境運動、反核運動、さらには気候危機アクティビズムに積極的に関わる人々が多く現れたという点である。これは同時期の英国の魔術シーンとは明確に異なる性質を持っていた。
フィル・ハインは、1970年代後半の英国オカルト界では、政治的目的で魔術を用いることは「左手」の魔術、つまり隠されたもの、影、逸脱、禁忌と考えられるものであり、「不吉」とみなされていたと述懐している。魔術と政治は切り離されるべきだという見解が主流であり、政治的魔術は「黒魔術」と見なされかねなかった。しかし北米では、魔術は政治と積極的に結びついていった。英国でも1980年代以降その傾向は変化するが、その背景には北米の魔女たちの活動があった。
この文脈を踏まえたうえで、次に目を向けるべきは、1970年代のアメリカ西海岸で独自の歩みを開始した二人の魔女である。
スザナ・ブダペスト、そしてスターホーク。彼女たちを通して、当時の歴史的状況を見ていきたい。
ダイアナ派とスザナ・ブダペスト
北米においてフェミニズム運動とスピリチュアリティが本格的に結びついたのは、1970年代初頭である。ウーマンリブの高まりのなかで、アメリカ西海岸のフェミニストたちは、自らの政治運動に精神的基盤を求め始めた。その結果生まれたのが、女性のみを構成員とし、女神を中心に据える現代魔女術の伝統である。
その代表的潮流が「ダイアニック・ウイッカ」(ダイアナ派)である。これまでの連載でも触れてきたダイアナ派は、魔女術を女性たちの宗教と位置づけ、儀式空間を女性の政治的・精神的解放の場と再定義した。ダイアナ派は文字通り、ディアナやアルテミスに由来するが、この女神は神聖な女性の自律性、ワイルド・ウーマンを体現していると考えられている。ダイアナ派の女司祭ルース・バレットによれば、この流派の象徴となっているディアナは社会の外側、周縁に生きており、彼女は誰とも結婚していない、植民地化されていない存在だと語っている。そして、彼女が植民地化されていないからこそ、私にとって彼女はひとつの可能性を思い描く道、ビジョンを体現しているのだと語る。ダイアナ派の伝統では、生理、出産、老いといった女性の身体的経験もまた神聖なものとされ、女神は外在する超越的存在というよりも、女性の身体と意識の内に宿る神聖さとして理解された。特に「血の神秘」として誕生、出産、授乳、閉経などを祝う通過儀礼は血を穢れ、不浄として扱う伝統的な宗教に対する強烈なカウンターであった。
この流派を語る上で欠かせないのが、そのパイオニアであり、創始者スザナ・ブダペストである。そして彼女の思想を理解する鍵が「分離主義」である。
分離主義とは、父権的社会や男性中心文化から距離を取り、女性(あるいは女性的原理)を中心とした空間と実践を構築しようとする立場を指す。魔術的実践の場から男性を排除することも、その一環であった。
ただし、ダイアナ派=分離主義と単純化することはできない。そもそもダイアナ派と呼ばれる伝統は一枚岩ではない。マーゴット・アドラーによれば、1980年代の時点でアメリカには多くのダイアナ派カヴンが存在していたが、その多くはブダペストの思想的立場から距離を置いていたという。スザナ・ブダペストが1971年にロサンゼルスで創設した女性限定の系譜がもっとも知られているが、同じ1971年にテキサスでモーガン・マクファーランドとマーク・ロバーツが創設したマクファーランド・ダイアナ派は、当初から男女混合のカヴンを持ち、あらゆるジェンダーの人々を迎え入れてきた。
ブダペストはパイオニアであると同時に、呪いを肯定する発言や強固な分離主義的姿勢によって、ペイガンやクラフトの内部からも長年批判を受けてきた、きわめて特異な存在であった。近年では、トランス女性を女性限定儀式から排除する立場を公にし、その発言はペイガンコミュニティ内で強い批判を招いている。クィア当事者を多く含む現代ペイガン/ウィッチクラフトの主流は、現在ではより包括的な方向へと向かいつつある。近年のブダペストの発言には、ダイアナ派の内部からも批判があり、いくつかのダイアナ派のグループがブダペストと絶縁し、彼女の系譜から離脱している。
とはいえ、1970年代の分離主義は、当時のラディカル・フェミニズムの政治的文脈のなかで理解される必要がある。意識昂揚グループや女性シェルターの形成に見られるように、女性のみの空間は抑圧構造に対抗する戦略的実践でもあった。今日から見れば過激に映る部分もあるが、それは第二波フェミニズムの歴史的条件のもとで生まれた思想であった。
ブダペスト自身の経歴も、この思想形成と無関係ではないだろう。1956年、ハンガリー動乱の難民としてアメリカへ渡った彼女は、自由の国で新たな生活を始める。しかしその後12年間、「良き妻」「良き母」という役割に自らを押し込める生活を送った。やがて結婚生活は破綻し、精神的危機に陥る。自死を考えるほど追い詰められたその時、彼女は女神の声を聴いたと語っている。この体験が、彼女の転機となった。ニューヨークからロサンゼルスへヒッチハイクで移動したブダペストは、ベニスビーチの砂浜で、双子のように見える二人の小さな少女を見たという。その少女たちはブダペストを保護者のように頼って彼女のそばで遊んでいた。彼女はこれを「自分はここで役に立つ存在なのだ。ニンフたちが私を求めている」という吉兆として捉えた。こうして彼女は西海岸でフェミニズムと女神信仰を結びつける独自の実践を開始することとなる。ブダペストは自身のアパートで6人の女性たちを集めて初めての儀式を行った際、カリフォルニアでは珍しく雨が降り出し、ヤシの木にフクロウがやってきた。彼女は、女神に対して「この活動が自分たちだけのものであるなら5回、世界的な運動になるべきなら7回鳴いてほしい」と合図を求めたと言われている。すると雨の中でフクロウは実際に7回鳴き、ぴたりと止まった。彼女は自分たちの霊的実践が世界規模のムーブメントになることを確信する。1971年、ブダペストらはロサンゼルスで「スーザン・B・アンソニー・カヴン #1」を設立した。19世紀の女性参政権運動家の名を冠したこのカヴンは、フェミニズムと女神を中心とする現代魔女術を明確に結合させた象徴的な試みであった 。
彼女はまた、ベニス・ビーチにフェミニスト魔女のための店を開いた。この場は西海岸の女神運動の拠点となり、若き日のスターホークも訪れている。
1975年、ブダペストはおとり捜査に引っかかり、タロット占いを行ったことにより逮捕される。当時のカリフォルニアでは占いは金銭の授受に関わらず、詐欺行為であり違法と分類されていた。裁判は9年に及んだが、彼女は自らの宗教の文脈においてタロット占いを「スピリチュアルなカウンセリング」の実践である」と主張し、最終的に勝訴した。この判決はカリフォルニア州におけるタロット占いの合法化に道を開き、宗教的自由の問題として全米で注目を集めると同時にウイッカが新宗教として法的に認められる判例を作った。タロット占いは、既存の宗教制度の外側で、女性が自己理解を促すセラピーとして、フェミニスト魔女たちにとって重要な実践だったのである。
ブダペストに対する批判は今日も続いている。その批判の多くは無視できない。しかし、彼女の女性霊性運動への功績が大きいこともまた否定できない。
魔女たちの間で今なお歌い継がれるチャント「ウィー・オール・カム・フロム・ゴッデス」の原詞は、スザナ・ブダペストによるものである。この歌は後に男神を含むバージョンも生まれ、流派を超えて親しまれている。
クリスティ・S・コールマンは『女性を再-儀式化/再-記述する ダイアニック・ウイッカと女性的神性』(2009年)において、ロサンゼルスを拠点とするダイアナ派のグループ「サークル・オブ・アラディア」にイニシエートし、4年間参与観察して民族誌的研究を行った。コールマンはリュス・イリガライの理論を分析枠組みとして用いた。ダイアナ派の実践者たちはイリガライから直接の影響を受けていない。しかし、コールマンは「女性が完全な解放を達成するには、自分たちの空間を取り戻し、神性を女性として想像しなければならない」というイリガライの理論とアメリカの女性霊性運動は同時代に同じ問題意識を抱えていたことを指摘している。
スターホーク「スパイラルダンス」と「大地に基づくスピリチュアリティ」
ダイアナ派に端を発する魔術とフェミニズムの結びつきを、さらにエコロジー運動、反核運動などの政治的アクティビズムへと横断的に結びつけ発展させた人物、それがスターホークである。本連載でもすでに幾度となくその名を取り上げてきたこの稀代の魔女の半生をあらためてたどってみたい。
スターホーク(本名ミリアム・サイモス)は1951年6月17日、ミネソタ州セント・ポールに生まれた。両親はウクライナ系ユダヤ人の移民であり、彼女自身はその第二世代にあたる。幼少期に父を亡くし、社会学者であった母とともに南カリフォルニアへ移住した。母はUCLAでソーシャルワークを専門とする教授を務めていた。
高校時代にはベトナム反戦運動に参加し、15歳で初の逮捕を経験するなど、早くから強い活動家気質を示している。その後UCLAに進学し、心理学と美術を専攻した。人類学の授業を契機に魔女に関心を抱き、ほどなく友人と最初のカヴンを結成している。同時期には、ベニス・ビーチの西海岸女性センターで管理者を務め、意識昂揚グループの実践にも関わった。
「意識昂揚グループ」とは、第二波フェミニズムにおける重要な実践手法である。少人数の女性たちが集まり、個人的な生活や悩みを互いに打ち明けることで「個人的なことは政治的なこと」という認識の共有を目指す、草の根的な実践であった。この過程を通じて参加者は、自分たちが直面する問題が個人の問題ではなく、社会構造に根ざした共通の課題であることを理解し、社会問題への意識を高め、連帯を形成していった。スターホーク達は、この意識昂揚グループの実践を後のリクレイミングの現代魔女術と結びつけていくこととなる。
美術の学士号取得後、映画研究の大学院に進むが、1973年に書いた小説がサミュエル・ゴールドウィン文学賞を受賞し、そのタイミングに大きな失恋を経験して大学院を退学。賞金を手に全米をロードトリップした後、ニューヨークで掃除婦や居候、タロット占いをしながら非常に苦しい生活を送ることとなる。この人生最悪の厳しい時期に夢で鷹を見たと語っている。この鷹が後のスターホークの名前の由来となったようだが、この夢をきっかけにスターホークは自分は西海岸へ戻るべきだと気付き、サンフランシスコに戻る。
1975年、サンフランシスコに戻り、この時期から夢の鷹とタロットカードの星を組み合わせた名前「スターホーク」を名乗り始める。スターホークはヴィクター&コラ・アンダーソンのフェリ派で学び、「コンポスト」という男女混交のカヴンを設立、その後も「レイヴィング」と「ハニーサックル」など複数のカヴンを設立している。また、「女神の契約(Covenant of the Goddess、略してCOG)」(註:1)というロビー団体に関わり、ウイッカの法的認知と保護、異なる魔女の流派を超えた協力を促進することなどに貢献した。「女神の契約」は多くの偏見を乗り越え、魔女とは悪魔崇拝者であるといったステレオタイプの誤解を解き、宗教としてのウイッカを認められるために尽力した団体であった。
スターホークはこうした多様な社会運動に携わる一方で、魔女術や女神信仰に関する執筆も行なっていた。これらの原稿は長らく出版の機会を得られずにいたが、1979年、キャロル・P・クライストの紹介によって『スパイラル・ダンス』として刊行される。書物はたちまち世界的ベストセラーとなった。出版記念の儀式で、スターホークらは輪を描いて回転しながら踊ったという。この儀式は「スパイラル・ダンス」と呼ばれ、のちにリクレイミング派の伝統的行事として定着していく。
『スパイラルダンス』刊行の翌1980年、スターホークはダイアン・ベイカーと共に「リクレイミング・コレクティヴ」を共同創設している。その名の通り、このコレクティヴでは「リクレイミング=取り戻す」という行為が核心に据えられた。抑圧されてきた女性の力、忘れ去られた大地とのつながり、そしてウィッチクラフトという言葉そのもの——。
先述したように、スターホークはサンフランシスコでヴィクター&コラ・アンダーソンのフェリ・トラディションにイニシエートし、魔術の訓練を受けていたため、この流派はフェリの従姉弟に位置づけられる。しかしリクレイミングの最大の特徴としては、魔術と政治的行動を結びつける点にあるだろう。とりわけ象徴的であったのが1980年のペンタゴン・アクション、そしてその翌年のディアブロ・キャニオン原発建設反対運動である。
1979年3月28日、ペンシルベニア州スリーマイル島原発で炉心溶融事故が発生した。映画『チャイナ・シンドローム』の公開直後という偶然も重なり、原子力への社会的不安は一気に高まった。この衝撃は、フェミニズム、エコロジー、平和運動の担い手たちを「生命への脅威」という共通の問いのもとに結びつけることとなった。
事故から5か月後、反核・平和・女性運動に携わる12人の女性が「女たちと地球上の生命(WLOE)」を結成。翌1980年にはエコフェミニズム会議が開催され、約600人が集った。同年11月の「女性たちのペンタゴン・アクション」へと結晶する。約2,000人の女性がペンタゴンに集結し、アーリントン墓地での追悼行進、そして入口を毛糸で封鎖するという象徴的行為へと展開した。それは政治的抗議であると同時に、ひとつの儀式でもあった。
このとき、サンフランシスコでは、スターホークが約300人の女性とともに儀式的な連帯行動を行い、東海岸の仲間たちへの支援を表明していたと言われている。
スターホークらはその後1981年のディアブロ・キャニオン原発への抗議行動にも参加した。活断層近くに建設されたこの原発に対し、アバロン同盟が組織した封鎖行動では多くの逮捕者を出した。スターホークとリクレイミングのメンバーたちは、参加者が恐れを乗り越え非暴力の精神を養うための魔術的ワークショップを開催し、グラウンディングや視覚化といった技術を通じて、政治的行動によって緊張したり、恐怖に圧倒されたりすることを避けるためのメンタルを整えた。
ペンタゴンに毛糸を編みわたす女性たち、反原発運動で逮捕される魔女たち——彼女たちは自らの身体を賭けた直接行動で「生命への脅威」に応答した。それは「私たちはつながっている」というエコフェミニズムの核心を、スパイラルダンスという形で身をもって示す行為だった。
スターホークが共同設立したリクレイミングの「統一原則」の冒頭には、ドリーン・ヴァリアンテの「女神のチャージ」から引かれた一節が掲げられている。
「私の法は、すべての存在への愛である」。
彼らは女神を超越的存在ではなく、生命の循環――誕生、成長、死、腐敗、再生――のうちに内在するものとして捉えている。霊的権威は外部にあるのではなく、一人ひとりの内にあるのだ、と。さらにリクレイミングは反人種差別を明確に掲げ、あらゆるジェンダーや人種、年齢、性的指向を歓迎し、意思決定はコンセンサスによって行われる。
「誰もが魔術を行うことができる」——この原則もまた重要である。魔術とは「意志によって意識を変える術」であり、それは個人的な癒しにとどまらず、世界を変える実践でもある。ここに、リクレイミングの魔術の独自性がある。
高等魔術がしばしば個人の内的修練や複雑な隠秘学体系の理解に重心を置くのに対し、スターホークらのウィッチクラフトは、人が集い、歌い、語り、互いの経験に触れる場そのものが意識を変えると考える。魔術は孤立した個人の技法ではなく、関係性のなかで立ち上がる力である――この転換は画期的だった。
著書『スパイラルダンス』(註:2)は多くの現代魔女の入門書となり、現代魔女の世界で読み継がれ、多くの人がこの本の衝撃から魔女になったと言われている。私もその一人であり、2019年よりカリフォルニアのロサンゼルス、そしてオーストラリアのリクレイミング派の魔女たちと共に活動し、今日まで魔術を学んできた。
スターホーク『闇を夢見る』(1982年)
もし魔術が「意志に則って変化を引き起こす術」であるならば、政治的行為、抗議と抵抗の行為、権力に真実を語る行為、変化を推し進める行為は、魔術の行為である。
この言葉にもあるように、スターホークの魔術はつねに政治的な活動と結びついていた(註:3)。スターホークは1970年代後半から80年代初頭にかけて、環境保護と反核運動に積極的に参加しており、ディアブロ・キャニオン原発建設反対やリヴァモア兵器研究所に対する抗議活動で数度の逮捕を経験している。
一方でイギリスの魔術世界、ペイガンや現代魔女たちには、従来保守的な傾向を持つ者も少なくなかった。自分たちの魔術を政治的な運動と結びつけることに抵抗を感じる魔女たちも大勢いたのである。魔術とは個人の内面の探求であり、霊的な実践であって、世俗的なものと切り離すべきである——そう考える者たちにとって、スターホークらアメリカ西海岸の魔女たちの活動は、あまりに急進的に映ったかもしれない。
しかし、冷戦の緊張が高まる1980年代、すべてのイギリス魔女やペイガンが沈黙を守っていたわけではなかった。アメリカで展開されていた環境保護運動や反核運動、女神運動、そして女性たちの霊性運動を支持し、同様にアクションを起こし始めたイギリスのペイガンや魔女たちも存在した。大西洋を挟んで、魔術と政治的行動を結びつけようとする試みは、静かに、しかし確実に共鳴し合っていたのである。
その象徴的存在が、グリーナム・コモン女性平和キャンプである。
グリーナム・コモン女性平和キャンプ
1980年代初頭、冷戦下のイギリスにおける最大規模の反核運動の一つが、グリーナム・コモン女性平和キャンプである。核ミサイル基地への抗議として始まったこの運動は、単なる政治的デモにとどまらず、女神運動や魔女的実践と結びついた象徴的かつ儀礼的な抵抗でもあった。
当時、グリーナム・コモン基地には約100基の核ミサイルが配備されていた。戦争が起これば即座に標的となるという現実は、地域住民、とりわけ女性たちに強い不安をもたらしていた。
1981年8月、ウェールズのカーディフからグリーナムまで「命を守る行進」が行われる。アン・ペティットを中心とするこの行進は、当初わずか4人の母親と6人の子どもによって始められた。彼女たちは、広島の原爆被害に苦しむ子どもの写真を配布しながら、「これが私たちが行進する理由だ」と訴えた。
これが、のちに19年に及ぶ闘いの出発点となる。
キャンプ初期には、基地のフェンスに自らを鎖で縛り付ける直接行動によって注目を集めた。だがやがて、抗議はより創造的で象徴的な表現へと発展していく。女性たちはフェンスに子どものおもちゃ、詩、手紙、ウェディングドレスなどを編み込み、個人的な物語を公共空間へと可視化した。
この「編み込む」という行為は、単なる装飾ではなく、意味を持つ儀礼的実践であった。フェミニスト科学論の論客ダナ・ハラウェイは『サイボーグ宣言』の中でこの運動に言及し、「不自然な魔女たちの編み物運動」と呼んでいる。
キャンプには多様な人々が集った。ペイガンや女神運動の実践者、ダイアナ派の魔女、ニューエイジ・トラベラー、大学院を離れて滞在する学生、保守的な生活者、マルクス主義者、さらにはスピリチュアリティを拒絶する活動家まで、その構成は実に雑多であった。なお「女性キャンプ」と呼ばれるが、実際には特定のゲートにおいて女性限定が徹底されていたという事情もあった。
1982年12月13日、「基地を抱きしめる」作戦が実行される。チェーンメールを通じて呼びかけられた女性たちは、世界各地から約3万人が結集し、手をつないで基地を取り囲んだ。この行為は、暴力ではなく身体そのものを用いた象徴的包囲であった。
彼女たちの象徴は「蜘蛛の巣」だった。それは「力のウェブ」と呼ばれ、個々の存在が結びつくことで巨大な力を生むという思想を体現していた。このモチーフは、同時代の反核運動にも広がり、リクレイミング派では「ウィービング(編むこと)」として重要な実践とみなされる。スターホークが『闇を夢見る』の中で女神を蜘蛛に喩えたのも、この文脈と響き合っている。蜘蛛の巣は、内なる力を結び合わせる魔術の象徴だったのである。
1987年、レーガン政権とゴルバチョフ政権の間で中距離核戦力(INF)条約が締結され、クルーズおよびパーシングIIミサイルの撤去が決定された。グリーナム・コモン女性平和キャンプは英国および国際平和運動の歴史において画期的な存在となる。19年間の非暴力抵抗の末、その運動は歴史的な成果を残した。
もっとも、「女性」平和キャンプであったこと、すなわち分離主義的立場を取ったことに対しては、当時の平和運動内部からも批判があった。しかし当時の左派運動もまた、男性中心的構造を免れてはいなかった。女性たちが中心となって自分たちのアクションを起こそうとしたことは、当時は一定の意味を持っていたのである。
グリーナム・コモン女性平和キャンプは、政治的抵抗の形式を刷新した実験だった。抗議は単なるスローガンではなく、象徴、物語、身体、儀礼を通じて表現された。
あの時、魔術は単なる象徴ではなかった。それは、人々を結びつけ、現実を動かす力として、確かに作用していたのである。
ペイガンの反核ネットワーク PAN Pagans Against Nukes
イギリスでは80年代前半までエコロジーやフェミニズムに関心を持つペイガンや魔女は非常に少なく、どちらかと言えば保守的な考えを持つ人が多かったし、フェミニズムを大変警戒していたと言われている。しかし、サタニック・パニックや冷戦下の核の脅威によって一部のペイガンの雰囲気が変わってくる。これに関してはアメリカの女神運動が英国で重要になり始めるまで、英国ではフェミニスト・スピリチュアリティとウィッチクラフトやペイガニズムはほとんど出会うことがなかったとシャイ・フェラーロが言及している。大きな影響力を持ったのがスザナ・ブダペストとスターホークの著作だった。
冷戦期の緊張状態のなかで、『ペイガン・アゲインスト・ニューク(PAN)』は、1980年にフィリップ・コゼンズとパートナーのケイトにより結成された。イギリスで、アメリカの核巡航ミサイルのイギリス国内への配備計画に抗議するために、ウイッカの魔女たちによって創設された反核運動のグループである。PANは、ペイガンの精神的な信念を基盤とした、独自の視点から核兵器に反対する活動を展開した。彼らはグリーナムコモンでの反核デモ参加を契機に組織化し、雑誌『パイプス・オブ・パン』を創刊。この雑誌は英国各地のオカルト書店を通じて流通し、1983年には数百人の購読者を獲得した。さらに、PANは、アメリカの影響を受けた女神のスピリチュアリティの潮流を、イギリスのウイッカやペイガンたちの実践と結びつける重要な役割を果たしたと言われている。この組織はアレクサンダー派のウイッカの魔女によって元々呼びかけが行われ、著名な魔女たちも賛同し、核兵器の無差別な破壊力を批判した。ペイガン達が抱く大地への深い畏敬の念は、核兵器がもたらす広範な環境破壊と長期にわたる放射能汚染リスクに対する、激しい拒絶へと結びついた。それは従来の左右の政治軸では捉えきれない衝動だった。大地は単なる資源ではなく、生きとし生けるものを生み出す母胎であり、その一切が神聖である——足元の土も、そこに根を張る草木も、そこを歩く獣も、すべてが女神の顕現である。その実感とともに生きる者にとって、それを灰燼に帰す兵器に対して怒りを覚えないほうが、むしろ不思議だろう。
ただ、大地を神聖視するペイガンが多い一方で、具体的な活動をおこなう人は多くはなく、すべてのペイガンが同様に環境意識が高いわけではない。
21世紀の魔術戦争
1970年代のアメリカ西海岸で、魔術とフェミニズム、そしてエコロジー思想が結びついたことから始まった魔女たちの政治的アクションは、やがて海を越え、世代を越え、21世紀に入ってもなお持続している。オキュパイ・ウォールストリート運動や、2010年代以降に活発化した気候変動アクションの現場には、一般の抗議者たちと並んで魔女たちの姿があった。儀式やシンボル、物語的想像力は、抗議運動に独自の表現と結束をもたらし続けてきたのである。
しかし、2010年代後半、こうした魔術的実践は新たな局面を迎えることになる。魔女たちのアクションは、街頭だけでなくインターネット空間へと拡張し、政治的対立そのものが「魔術的想像力」を媒介として展開される状況が生まれ始めたのだ。
2016年、ドナルド・トランプが大統領に当選すると、アメリカでは魔術を用いた政治的抵抗の新しい波が生じた。2017年2月、マイケル・ヒューズが考案した「バインド・トランプ」の呪文がインターネット上で拡散され、世界各地の参加者が満月の夜に同時に儀式を行った。
参加者たちは、トランプの写真、タロットカードの〈塔〉、オレンジ色のキャンドルなどを用意し、「害悪を縛る」ことを目的として呪文を唱えた。その最後は、トランプのテレビ番組に由来する言葉――「お前はクビだ!」で締めくくられた。
この儀式は、トランプ政権がもたらすと考えられた社会的・政治的「害」を象徴的に拘束することを目指したものである。
文化人類学者サビーナ・マリオッコは、こうした現象を「存在の危機」への応答として分析する。人々が政治的に無力だと感じたとき、魔術はしばしば実践される。ジェームズ・C・スコットが言うところの「弱者の武器」として機能するのである。
だが、事態はそこで終わらない。
左派の魔術的抵抗に対し、右派の宗教的・魔術的実践者たちもまた応答した。福音派の一部である新使徒改革(NAR)は、トランプを神に選ばれた指導者とみなし、オンライン祈祷ネットワークを形成した。また、オルタナ右翼のインターネット文化圏では、エジプト神話のケックと結びつけられたカエルのミームを中心に「ケック・カルト」が形成され、「ミーム魔術」によってトランプの当選を支えたと主張された。
こうして、インターネット空間を媒介とした左右両陣営の「魔術合戦」が出現したのである。21世紀の政治は、象徴操作と集合的想像力の動員という意味で、魔術的様相を強めているとも言える。
マリオッコが指摘するように、政治的立場は異なれど、両陣営の実践には驚くほどの類似性がある。いずれもオンライン・コミュニティを通じて同時儀式を行い、地理的に離れた参加者が同時刻に呪文や祈りを実行する。2022年のロシアによるウクライナ侵攻の際にも、「ヘックス・プーチン」と呼ばれる運動がTikTokやInstagram上で広がり、シジルやウィッチボトルが大量に共有された。
現代魔女たちは、街頭に立たずとも、シジルマジックや祈りという形式で世界に応答することがある。ラウラ・テンペスト・ザクロフは山火事から守護のシジルを公開した。また、彼女のICEに拘束された人々を守るためのシジルはブラック・ライブズマター運動の文脈でも拡散された。こうした「まじない」は、SNSを通じて瞬時に共有される。
2017年の「バインド・トランプ」やミーム魔術は、これまで魔術に関心のなかった層を巻き込んだ現象だった。インターネット報道を通じて現代魔女文化を知った人も少なくないだろう。とはいえ、これはこれまでのウイッカの魔女やスターホークらのアクティビズムともやや異なる、SNS時代特有の潮流でもある。
ウイッカをはじめとする多くの現代魔女たちは、呪いに対して慎重な態度を取ってきた。これは魔女という語に伴う過激なイメージや、欧米で繰り返されてきたサタニック・パニックとも無関係ではない。しかしZ世代のSNS上の魔女文化では、呪いに対するタブー意識は薄れているようにも見える(註:4)。
もっとも、呪いをどう扱うかは魔女によって大きく異なる。筆者自身は積極的に推奨しない立場である。しかし民間魔術の歴史を見れば、「呪い」は常に存在してきた。カニング・フォークも依頼があれば害を与える魔術を行っていたことは研究上明らかである。
スザナ・ブダペストは「ヘックスできなければヒーリングもできない」と述べ、家父長制やレイプの加害者を呪うことを公言してきた。この発言はウイッカ・コミュニティで長く論争を呼んだ。なぜなら、それは穏健なウイッカの倫理規定であるウイッカン・リードと緊張関係にあるからである。
一方で、実際に害を及ぼす人物から自分や共同体を守るためには、相手を「縛る」ことが必要だと考える立場も存在する。魔術の道徳は単純な二分法では捉えられない。また「癒し」であっても、本人の同意なく行うべきではないという考えも広く共有されている。
多くの魔女は、魔術に本来的な白黒はないと理解している。すべては灰色の領域に属する。ウイッカのカウンターに位置づけられる伝統派ウイッチクラフトには統一的な倫理規定は存在せず、その代わりに重視されるのは「個人的主権」と責任である。
魔術は力である。そして力には必ず責任が伴う。そのことは是非忘れずに覚えておいてほしい。
魔術的アクティビズム—呪術的抵抗と儀式
今回は魔術とフェミニズム、そしてエコロジー思想が結びついたことから始まった魔女たちの政治的アクションの展開についてを概観してきた。それらを踏まえ、章の最後にあらためて問うてみたい。魔術とは何か。一般にはそれは超自然的な力を操作する技法だと理解されている。しかし別の角度から見るならば、魔術の中でも特に呪術は、困難で絶望的な現実を前にしてなお「諦めない」という意志を引き出すための術だ、と言えるのではないだろうか。
人類学者ブロニスワフ・マリノフスキは、技術的に予測・制御が可能な活動領域では呪術がほとんど見られない一方で、危険性や不確実性が高い状況においては呪術的実践が体系的に現れることを、民族誌的参与観察から示した。
2008年、メリーランド州アナポリスで、植民地時代のアフリカ系住民に由来すると考えられる呪術的遺物が発見された。抑圧と暴力の只中にあった人々が、なおも何らかの力を世界に働きかけようとした痕跡である。それは、魔術が単なる迷信ではなく、「無力であること」を拒否する実践だったことを物語っている。
私たちの生は、決して万能ではない。薬で治せない病がある。科学技術でも手の届かない問題がある。取り返しのつかない出来事は容赦なく起こる。運や偶然がすべてを左右しているのではないかと感じる瞬間もある。人生はしばしば、恐ろしい綱渡りのように思える。
では、そこにさらに最悪の出来事が重なったらどうなるのか。信じていた神が沈黙したとき、制度も共同体も助けてくれないとき、人に何が残るのか。
最後に残る抵抗。それが魔術である。
ここで言う「抵抗」とは、医学的に治癒をもたらすことではない。物理的な死を覆すことでもない。それは、外的状況が変わらなくとも、絶望に呑み込まれきらないという内的な抵抗である。生存の可能性をゼロと断じられてもなお、「それでも」と言い続ける姿勢である。
魔術はしばしば「現実を変える」と語られる。だが、現実とは何か。物理的事実だけが現実なのか。それとも、人間が意味づけを与え、行動を選び取る場そのものもまた現実の一部なのか。もし後者だとするならば、現実を変えるとは、世界の出来事そのものだけでなく、それに対する私たちの認識や関係の仕方を変えることでもあるはずだ。魔女たちは決して「あなたの世界の捉え方だけが現実を変える」などといったニューエイジのマントラを唱えないが、身体的な儀式を通した象徴の操作によって価値や意味を編みなおしてきた。
祈りという行為を考えてみよう。祈りは、死や不幸、大地や自然に対する圧倒的な無力感を偽らない。しかしそれでもなお、その世界に向かって言葉を差し出す行為である。祈りが物理法則を書き換えるわけではないかもしれない。だが祈りは、無力感に支配されきらないという選択を可能にする。世界の読み直しは、世界への関わり方の変更でもある。
スターホークらは、まさにその点に注目したのではないだろうか。彼女は魔術を政治的アクティビズムと結びつけ、「世界はまだ変えられる」と人々に感じさせた。魔術儀礼は、現実逃避ではなく、行動へと人々を動員する装置でもあったのである。その実践は海を超え、イギリスへも伝播し、グリーナム・コモンズ女性平和キャンプでは、実際に世界を動かした。
もちろん、変えられないものは存在する。私たちは物理的な死を超えることはできない。有限な存在であるという事実から逃れることもできない。この世界そのものもまた有限である。
では、その変えられなさに対して魔術は何をなしうるのか。
それは、有限性を消去することではない。有限であるという事実、世界が無常であり、不完全であり、時に不条理であるという事実を知りながら、それでもなお行為することを選び取る力を支えることである。
例えば魔女の世界では死ぬことの意味が違う。死者とスパイラルダンスの中で交わる魔女たちの世界では、生まれたものは必ず死ななければならないけれども、同時に命には終わりがないことをダンスを通して知っている。
そこには、単なる楽観とは異なる態度がある。すべてがうまくいくと信じ込むことではない。むしろ、うまくいかない可能性を十分に理解し、世界が思い通りにはならないことを引き受けた上で、それでもなお「あえて」手を伸ばすという態度である。
魔術を馬鹿らしいと笑う人もいるだろう。だが魔術とは、権力や不条理によって人が無気力に陥ることを拒む実践でもある。状況が絶望的に見えるときでさえ、「自分たちは何かを変えられるはずだ」と、あえて自由意志を信じる行為である。
そこには常に一つの態度がある。
あえて、信じる。
あえて、行動する。
魔術とは、その「あえて」を可能にする術だ。少なくとも私はそう考えている。
(次回へつづく)
(註)
註1:ペイガン魔女たちのロビー団体
ペイガンや魔術実践者によるロビー運動の登場はイギリスのペイガン達にも後に影響を与えている。これの背景には欧米で繰り返されているサタニック・パニックがある。1988~92年のイギリスのサタニック・パニックでは、メディアがオカルトやペイガンを社会の脅威として煽情的に報じた。これに対抗する過程で、コミュニティからメディアに対応できる新世代の代弁者が現れ、保守的であったイギリスの魔術の世界も自らの信念を社会に明確に説明する必要に迫られた。結果として、この逆境は閉鎖的だったイギリスのペイガン・コミュニティを、社会と対話し説明責任を果たす開かれた存在へと変質させたと言われている。
註2:1979年は、アメリカのフェミニスト魔女術にとって画期的な年であった。この年、同運動を方向づける三冊の重要な書物が相次いで刊行されている。第一は、先述したスターホークの『スパイラル・ダンス』である。同書は、政治的実践と魔術実践の詳細なガイドとして、魔女の儀式と社会運動とを有機的に接続する理論と実践を提示した。第二は、精神科医アルフレッド・アドラーの孫であり、ジャーナリストであると同時に自身も魔女であったマーゴット・アドラーの『月神降臨』である。本書は、当時勃興しつつあった現代ペイガン運動の包括的民族誌として、その実践の多様性と歴史的連続性を丹念に記録した。そして第三が、キャロル・P・クライストとジュディス・プラスコウ編『女性解放とキリスト教』(Womanspirit Rising: A Feminist Reader in Religion)である。同書は、フェミニスト神学の視座から女性のスピリチュアリティを根底から問い直す論集であった。これら三冊の刊行によって、それまで現代魔女術の内部においてさえ周縁的かつ断片的にしか認識されていなかったアメリカの魔女/異教的実践や女神運動は、国際的な思想的潮流として広く紹介されることとなった。『スパイラル・ダンス』に触発された北米の女性は多く、数千のカヴンや魔女グループからこの本が生まれたと言われている。『スパイラル・ダンス』以降のスターホークの著作は、より急進的な活動家としての側面を前面に押し出している。1982年の『闇を夢見る——魔術、セックス、政治』、1988年の『トゥルース・オア・デア——力、権威、神秘との遭遇』では、組織のオーガナイズや政治的運動の手法に焦点が当てられている。
註3:スターホークは40年以上にわたる活動家であり、10代の頃から1960年代のベトナム戦争反対運動への参加以来、反核デモを経て数々の運動に関わってきた。繰り返しているように、多くの非暴力直接行動に参加し、幾度もの逮捕と拘留を経験している。湾岸戦争の頃には、逮捕された回数を数えることをやめたという。彼女にとって、逮捕されることもまた一種のイニシエーション——通過儀礼なのだ。その後のスターホークの軌跡を辿ると、その関心が時代ごとの社会運動と呼応しながら、有機的に展開してきたことがわかる。1970年代のフェミニズム運動、中絶の権利擁護、女性の霊性運動と女神運動。80年代の反核運動。90年代の反グローバリゼーション運動。そして2010年代のオキュパイ運動を経て、現在の気候危機へのアクションへ――。彼女の実践は常に、時代の緊急課題と結びつきながら更新され続けてきた。その一貫性を支えているのは、儀式の技術と物語的想像力である。スターホークは、集団の感情と意志を可視化し、行動へと導くための儀式的手法を磨き上げ、それを次世代へと伝え続けている。政治的アクションを単なる抗議にとどめず、象徴的で参加型の出来事へと変換する技法――それこそが彼女の独自性である。
註4:ポップカルチャー化の副産物
若い世代の魔女ほど「呪い」に対してタブー感が薄い背景には、1990年代後半以降の現代魔女文化のポップカルチャー化があるだろう。映画やドラマを通じて現代の魔女像が広く流通し、文化としての認知が進むにつれ、そのイメージも変質した。魔女専門店やオンラインでマジカルグッズ、セージ、パワーストーンが手軽に流通するようになり、化粧品ブランドが魔女をテーマにしたメイク用品を展開するようになり、それに対して激しい反発がコミュニティ内部から起こった。魔女は10代・20代という巨大な消費者市場のターゲットとなり、現代魔女文化がポップカルチャー化する過程で、その抵抗の力の一部を消費しやすい商品へと分解してしまったのだ。
しかしこの過程は、文化を薄めて切り売りすることと引き換えに、新世代の実践者を大量に流入させる門も開いた。10代のころに魔術を遊びとして体験した人々は、大人になって魔女でなくなったとしても、現代魔女文化に対してポジティブな印象を持ち続け、それを悪魔崇拝と混同することはない。ポップカルチャー化はウイッカを広く一般に知らしめ、悪魔崇拝とは異なる健全なコミュニティであるという認識を社会に根づかせる絶大な効果をもたらした。
その副産物は両義的だ。コミュニティ内部には「ニューエイジ・ウイッカ」のような新参者を揶揄する言葉が生まれ、商業主義を忌避する古参の魔女と新規参入者の間に世代間の緊張関係と摩擦が生じた。しかし同時に、かつてのような激しい社会的攻撃には晒されにくくなり、「呪い」について魔女たちが以前よりも公に発言できる土壌が生まれ、政治家が呪われはじめた。これは魔術を実践する人々が「白い魔術」を取り繕う必要性が無くなってきたことを意味している。カウンターカルチャーが資本主義に飲み込まれていく過程で成立した、まさに悪魔の取引である。
参考文献
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スターホーク『聖魔女術 スパイラル・ダンス』(鏡リュウジ・北川達夫訳、秋端勉監修、国書刊行会、1994年)
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ダナ・ハラウェイ、サミュエル・ディレイニー、ジェシカ・アマンダ・サーモンスン『サイボーグ・フェミニズム 増補版』(巽孝之編、巽孝之・小谷真理訳、水声社、2001年)
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Noël Subrina Sucese, Selling The Spell: The Commodification of Feminist Witchcraft PhD dissertation Loyola University Chicago, 2026

フィクションの世界のなかや、古い歴史のなかにしか存在しないと思われている「魔女」。しかしその実践や精神は現代でも継承されており、私たちの生活や社会、世界の見え方を変えうる力を持っている。本連載ではアメリカ西海岸で「現代魔女術(げんだいまじょじゅつ)」を実践しはじめ、現代魔女文化を研究し、魔術の実践や儀式、執筆活動をおこなっている円香氏が、その歴史や文脈を解説する。
プロフィール

まどか
現代魔女。アーティスト。留学先のLAでスターホークの共同設立したリクレイミングの魔女達に出会い、クラフトを本格的に学びはじめる。現在はモダンウィッチクラフトの歴史や文化を日本に紹介している。未来魔女会議主宰。『文藝』『エトセトラ』『ムー』『Vogue』『WIRED』などに現代魔女に関するインタビューや記事を掲載。2023年から逆卷しとねとキメラ化し、まどかしとね名義でZINE『サイボーグ魔女宣言』を発売。笠間書院にて『Hello Witches! ! ~21世紀の魔女たちと~』を連載中。


円香




速水健朗×けんすう(古川健介)

樋口恭介×雨宮純
金子信久
佐田尾信作×前田啓介
西村章