対談

日本のスタートアップには、なぜ「大きな物語」が存在しないのか?中路隼輔と考える『21世紀を動かす思想』

樋口恭介×中路隼輔

かつて日本のスタートアップは、海外で成功したビジネスモデルをいち早く輸入し、日本市場に適応させる「タイムマシン経営」によって成長してきた。だが、AIや国防、地政学、ローカル共同体、政治的分断が複雑に絡み合う現在、ただアメリカや中国の成功例を移植するだけでは、新しい未来を描くことは難しくなっている。
 
では、起業家や投資家は、どのように未来を語ればいいのか。SF作家でコンサルタントの樋口恭介氏は、現代の技術を取り巻く思想潮流である「加速主義」や「プルラリティ」、SF作品制作の手法を用いて未来のサービスや社会像を具体化する「SFプロトタイピング」などを解説し、未来を探索するための方法を論じた『21世紀を動かす思想 加速主義・プルラリティ・SFプロトタイピング』(集英社新書)を刊行した。
 
本書の刊行を記念した対談シリーズで、樋口氏が今回ゲストに迎えるのは、ベンチャーキャピタルANRIで投資に携わり、「ANRI 人文奨学金:未来を考える人文フェローシップ」にも取り組む中路隼輔氏。日本のスタートアップには、なぜ大きな物語が乏しいのか。人文知は、ビジネスや経営の意思決定に何をもたらすのか。そして、SFはなぜ未来を構想するための実践知になりうるのか。
 
テクノロジー、共同体、人文知、欲望、SF。現代思想とビジネスの交差点から、樋口氏と中路氏が、日本のビジネスが失いつつある「大きな物語」の行方を語り合う。

『21世紀を動かす思想 加速主義・プルラリティ・SFプロトタイピング』

タイムマシン経営は、もう通用しない

中路 『21世紀を動かす思想』の前半で扱われている加速主義やプルラリティといった思想の潮流は、自分が参照してきた文脈とも重なり、非常に面白く読みました。日本のスタートアップやVC(ベンチャーキャピタル)は、アメリカの投資家や実業家の思想から強い影響を受けています。自分もその影響下で、アメリカの起業家マーク・アンドリーセンの「テクノ楽観主義者宣言」のような文章を読んできました。
 
またビジネスの面でも、日本のスタートアップはこれまで、いわゆるタイムマシン経営で成功を収めてきました。アメリカで流行ったサービスを時間差で日本に持ってくるやり方ですね。もちろんただもってくるだけで成功するほど簡単ではなく、必死に工夫をしてきましたが、コンセプトの輸入は多くしてきました。しかし、そのモデルはもう通用しなくなってきていると、数年前からずっと感じています。
 
海外で流行っているものを輸入するだけでは、新しいものは出てこない。思想や、未来そのものをどう描いていくのかという問いに、VC自身が向き合わないといけないんじゃないかと。そう思いながら読んでいたので、終始「わかるなあ」と感じていました。

樋口 ありがとうございます。タイムマシン経営が成り立っていたのは、どの国もまだ完全には技術的な意味で近代化しきっていなかったからですよね。どこかで生まれたサービスが、別の地域でも便利に使える。そんな普遍性が前提として想定されていた。
 
しかし今は、そうした普遍性が成り立たない時代になってきたように思います。地政学的・政治的な状況によって、テクノロジーのライフサイクルそのものが地域ごとに大きく変わってきている。中国には独自の決済環境があり、EUはテクノロジーに関する規制を強めていて、アメリカでも国防とAIの関係は非常に複雑なものになっている。地球のどこかで生まれたビジネスのパッケージを、そのままほかの地域へ展開することが、難しく、しかも意味を持ちにくくなっているんですよね。
 
だからこそ、マイケル・サンデルの言うような共同体主義、つまり普遍的な正義ではなく「共同体ごとの正義」を考える必要が出てきているのだと思います。その共同体にとって何が正義で、何が豊かさなのかを再定義する必要がある。パランティアのアレックス・カープは哲学博士でもある創業者としても知られ、そのことに非常に自覚的で、かなりそういった政治哲学の理論に忠実にビジネスを展開しています。翻って、日本ではそういう動きは見られないですね。思想的な視座から状況を分析して立場を決めるような理論や体系が、今の日本には不足している。中路さんのnoteにも、そうした問題意識が通底していますよね。

中路 投資の現場を見ていても、この数年でローカルスタートアップの文脈が強くなってきた感覚があります。資本主義ゲームを突き詰めようとしても、圧倒的に資本力のある中国やアメリカには勝てません。そうなったときに、ローカルで「お金で買えない与信」をどう集めていくかというゲームが重要になってくる。
 
たとえば、秋田県男鹿市に「稲とアガベ」という醸造所があります。この会社は、スタートアップ的な資金調達も取り入れた現代的な経営スタイルでありながら、徹底的に男鹿という地域に根ざした事業を展開しています。地域からも応援され、斬新な取り組みとして話題になっている。こうしたグローバリゼーションへの反動としてのローカル志向が、スタートアップのテーマとしても伸びてきている感覚があります。

中路隼輔 氏

ナラティブの空白を、リアリズムが埋めている

樋口 ビジネスに限らず、人々のニーズ自体が共同体に向かっていますよね。わかりやすいところで、政治に目を向ければ、普遍的な正義やリベラリズムを掲げる既存政党よりも、特定の世界観を打ち出した政党のほうが明らかに伸びている。アメリカでは政治とビジネス、特にテックビジネスは近いところにあり、動きが見えやすいですが、日本のビジネスの世界でも、強烈な世界観や物語がお金を生み出していたりするのでしょうか。

中路 どちらかというと、そうしたいとは思っているけれど、まだそうなっていないというのが実情だと思います。日本のスタートアップ業界を見ると、みんなが目指すような大きなナラティブがなくなっている。たとえば2010年代なら、スマートフォンやSNSの普及を背景に、「テックで世の中を変えていこう」というある種のロマン主義が成立していたと思います。
 
本書でも紹介されているような、アメリカ的な加速主義やプルラリティ的なリベラル・ロマン主義も、日本ではいまひとつ浸透していない。個人的には、もっと加速主義の隆盛に乗っていきたい気持ちはあるんですが、日本から加速主義ど真ん中の企業を生み出せるかというと、あまり自信はないんですよね。
 
いずれにせよ、そのナラティブの空白を埋めるように、資本主義ゲーム的なリアリズムだけが過熱している、というのが今の状況だと認識しています。

樋口 そのリアリズムというのは、要するに投資リターンの最大化のようなことですか?

中路 そこまでドライではなく、野心自体はあるんです。ただ、「テックで世界を変えよう」という夢を持っているというより、ビジネスとしてスケールしていくことが自己目的化しているイメージです。
 
たとえば、いま日本のVCマーケットで注目されている概念の一つに、ロールアップがあります。これは既存の中小企業をM&Aで束ねて統合し、規模の経済で市場を取りに行く手法ですが、ものすごくリアリズム的ですよね。

樋口 なるほど。ただ拡大だけを志向していると。

中路 もちろん、ビジネスなので拡大志向が悪いわけではありません。ただ、日本のスタートアップ業界に思想やナラティブがなく、リアリズムだけが残っているというのは、あまり健全ではないと感じています。

樋口 先ほど、2010年代にはあったはずの物語が失われたというお話がありましたが、その理由についてはどのように見ていますか?

中路 やや乱暴に言うと、当時は「政治家になるより、起業家になったほうがいい」という空気があった気がします。お金も欲しいけれど、それ以上に社会的な影響力を持ちたい。その願望をかなえる現実的な選択肢として、起業家という道があったのだと思います。
 
2020年代以降は、そうした野心を持った人々の関心が、むしろ政治のほうに向かっている気がしますね。

樋口 たしかに、政治家がキャリアパスの一つとして浮上してきていますよね。先ほども言及しましたが、ある共同体に刺さるスタンスを打ち出せば、特定の勢力に属していなくても一定の票を得られるようになった。「選挙でアテンションを得て、年収を上げていこう」といった、転職活動のようなノリで出馬する人も増えている印象です。

中路 そこは起業も似た構造になりつつありますね。以前は起業って、大企業で順当に上っていけなかった人間にとっての、敗者復活戦のような位置づけでもありました。それが、VCというリスクマネーが普及するにつれて、ひとつのキャリアパスとして当たり前のものになった。起業家を助け、成功の再現性を高める存在であるVCが、スタートアップの世界を良くも悪くも安定させてしまっているように思います。
 
起業家が増えること自体は良いことです。ただ、起業が普通のキャリアになればなるほど、「なぜ自分がそれをやるのか」「どんな世界をつくりたいのか」という問いは弱まりやすい。だからこそ、資金調達や事業計画とは別に、事業を支える物語をどうつくるかが必要になっていると思います。個人的には、その物語の部分を人文知に求めているところがありますね。

抽象的思考は、なぜ日本で侮られるのか

樋口 なるほど。なぜ日本でナラティブ志向のビジネスが浸透しにくいのかというと、アメリカと日本では、社会を動かす人々の駆動原理がそもそも違うからだと思っています。本書でも紹介しましたが、アメリカでいえば、ピーター・ティールがわかりやすい例ですよね。
 
彼はもともと、哲学者ルネ・ジラールの「欲望はすべて『他者の欲望』である」という考え方の影響を受けている。「競争=他者の欲望」から抜け出すために、ゼロ・トゥ・ワンの価値創造を志向するんだ、という思想で自分のビジネスを駆動しているわけです。パランティアは先述のアレックス・カープとの共同創業ですが、リベラルという多数派への苛立ちとそこからの脱出という点は、二人に共通しており、またブルーオーシャンを切り拓くという意味で、スタートアップの指針としても合理的です。
 
イーロン・マスクやピーター・ティールをはじめ、アメリカの多くのテック起業家たちは、背景に何かしらの思想や世界観、物語を持っていて、それをもとにビジネスを組み立てている。「抽象的に考え、具体的に動く」ということを徹底しているのが特徴なのかなと。
 
一方で、日本のビジネス界には、抽象的な思考を幼稚なものとみなす風潮が強くあります。僕は本業がコンサルタントなので数多くの経営者に会ってきましたが、「哲学的な思考なんてリアルなビジネスとは関係がない」「数字やファクトで語れないなら意味がない」という空気は根強いと感じます。
 
もちろん数字は大事です。だけど、物語を使って社会を動かし、大金を稼いでいる人たちが世界にはいる。そのことは、現実として理解しておくべきだと思います。その認識にたどり着く前に、哲学を「子どもがやるような恥ずかしいもの」と忌避してしまうのは、非常に危うい状態なんじゃないかなと思います。

中路 バブル以前、たとえば立石一真や稲盛和夫の時代の日本的経営は、むしろかなり「思想的」でしたよね。立石一真のSINIC理論などは、いま読み直しても通用する射程を持っている。失われた30年の間に忘れ去られてしまった日本的経営を再解釈するような動きが、2030年代にはむしろ重要になるんじゃないかと思います。

樋口恭介氏

人は意味の空白に耐えられない

中路 物語やビジョン以外で人文知に期待していることとして、ある種の研究開発の機能があります。ビジネスを仮に研究、開発、企画、運営という段階に分けるとして、いま多くの企業は企画と運営ばかりにフォーカスしてしまっていると感じるんですね。
 
でも、世の中を変えるには、研究や開発によって新しいものを生み出すことが不可欠です。特に開発は、別の言い方をすれば、世の中の事象を自社の文脈に落とし込む工程です。ここには、言語化されていない世の空気やコンテクストをすくい取る人文知の力が生きてくるんじゃないかと思っているんです。

樋口 なるほど。たしかにビジネスの世界で日々行われている、現象に意味をつける、価値を与える、文脈にひもづけるといった作業は、本来すごく人文的な営みですよね。アメリカでは、人文知もそうした知的ツールとして、ある種ドライに活用されている。
 
日本だと、妙に学問的な権威があったり、大学で学生がやるものというイメージがあったりして、「ビジネスで使えるもの」として見られにくくなっているのかもしれません。

中路 そこをうまく翻訳してくれる人がもっといたらいいなと思います。たとえば、國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』をエンタメ系の起業家に推薦すると、ほぼ全員に刺さるんですよ。それは経営の現場で日々起きている現象を解釈するための枠組みを、この本が与えてくれるからだと思います。こういう人文的なトピックを翻訳して、ビジネスサイドに届けてくれる批評家がもっと増えてくると、状況は良くなるんじゃないかなと。

樋口 面白いですね。いまは情報の更新速度が非常に速いし、自分のフィルターバブルの外側で起きていたことが、突然大きな社会現象として目の前に現れてくる時代ですよね。たとえばチームみらいをまったくウォッチしてこなかった人にとっては、先の衆院選で突然躍進したように見える。
 
その事実を自分のなかで受け止めるためには、何かしらの理由や意味を見出す必要があるわけですが、こうも現象が乱立していると、ひとつひとつを丁寧に理解する余裕がない。そこで、陰謀論のような雑なナラティブ生成装置が求められるようになる。
 
意味づけの必要性が、これほど高速かつ多様に発生する時代は、人類史上なかったはずです。要するに、人が意味の空白に耐えられなくなってきているんだと思うんですよね。
 
だからこそ、「正しい意味の供給網」のようなものを整備していかないといけない。僕が今回の本でやろうとしたのも、そうした地図を提供することでした。いまの中路さんの話を聞いて、これはやはり自分の仕事として、もっときちんとやっていかないといけないと感じましたね。

中路 たしかに、自分が人文知に期待しているのも、世界に意味を与えたり、その意味に正当性を付与したりする機能ですね。その意味で『21世紀を動かす思想』が良かったのは、後半でシナリオプランニングやSFプロトタイピングといった、実践的な方法が紹介されていたところでした。

樋口 後半は意図的にハウツーのような形でまとめています。まず前半で、いま世界で流通しているナラティブを紹介した上で、「では自分のナラティブをつくるにはどうしたらいいのか」という議論を残りのパートで展開しているんですね。こういう構成になっているのは、おそらく「自分で試行錯誤して血肉にしていかないと意味がない」という、コンサルタントとしての身体感覚があるからだと思います。

中路 前半の潮流紹介はとても勉強になりましたし、それこそ自分が効果的加速主義や効果的利他主義について調べていたときに、もし本書があったらどれだけ楽だっただろうと思いました。一方で、後半の道具立てがなかったら、ビジネスサイドの人間には読解が難しいだろうとも感じます。抽象的な議論だけでは、うまく読めないし、活かせない。そこを補ってくれるのはありがたいなと素朴に思いました。

(取材・構成:松本友也)

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プロフィール

樋口恭介×中路隼輔

ひぐちきょうすけ SF作家、コンサルタント、東京大学大学院客員准教授。1989年生まれ。SFの社会実装をミッションとするAnon Inc.でCSFO(Chief Sci-Fi Officer)を務める。著書に『構造素子』『Executing Init and Fini』(早川書房)『未来は予測するものではなく創造するものである』(筑摩書房)、『AI先生のSF小説教室』(晶文社)、『反逆の仕事論』(PHP研究所)、『何もかも理想とかけ離れていた』(双葉社)など。

なかじしゅんすけ 時代社代表。1991年生まれ、香川県出身。ベンチャーキャピタルANRIでFirstラウンド中心に投資活動に従事。不確実性が一番高いラウンドで、大きな変化を将来もたらせる企業への投資を苦戦しながら挑戦中。”

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