対談

思想と美学は企業の価値になり得るのか?中路隼輔と読む『21世紀を動かす思想』

樋口恭介×中路隼輔


 日本のスタートアップには、なぜ大きな物語が乏しいのか。SF作家でコンサルタントの樋口恭介氏が『21世紀を動かす思想 加速主義・プルラリティ・SFプロトタイピング』(集英社新書)の刊行を記念して、ベンチャーキャピタルANRIの中路隼輔氏を迎えた対談の後編。
 
前編では、タイムマシン経営の限界、日本のスタートアップにおけるナラティブの空白、共同体回帰が政治だけでなくビジネスにも起きていること、そして人文知が現象に意味を与える「供給網」になりうることが語られた。
 
後編では、課題解決型ビジネスの限界に始まり、欲望と精神分析、人を見る判断、美意識と思想が企業価値になりうるのか、グランドデザインの作り方、そしてSFの実践性まで、議論はさらに踏み込んでいく。思想は、教養にとどまらず、起業家や投資家が未来を語るための技術になりうるのか。

『21世紀を動かす思想 加速主義・プルラリティ・SFプロトタイピング』

「なくてもいいけど欲しい」をどう作るか

中路 最近、課題解決型のビジネスはもう成り立たなくなってきていると感じています。世の中で、ビジネスが解決すべき痛みや課題は相当少なくなってきている。残っているのは、行政やNPOが担うべき社会課題か、それこそ国防のようなクリティカルな問題ぐらいなんじゃないかと。
 
となると、根本的に思考方法そのものを変えないと、新しいビジネスは生まれてこない。もっと根源的に「人間とは何か」「人間が欲しいものは何なのか」というところまで遡って考える必要があるんじゃないかと思っています。
 
ANRIが投資しているNOT A HOTELやLUUPも、別に存在しなくても生きてはいけるものですよね。でも「欲しい」と思わせる何かがあるから普及した。こうした経済合理性では解釈しきれない人間の欲望について、もっと理解を深めたいと思っているんです。この欲望の問題は本書ではあまり扱われていなかったので、ぜひ樋口さんに意見を伺ってみたいなと。

樋口 欲望を扱う分野といえば、精神分析がありますよね。僕はこれからジャック・ラカンの時代が来ると思っているんです。精神分析は、科学的・統計的な分析に負けて過去のものになったと思われがちですが、全然そんなことはないんじゃないかと。むしろ、統計には表れない社会の変化を欲望の観点から解釈できる方法論として、今後ニーズが高まっていくと思います。
 
精神分析の面白いところは、「不幸にこそ幸福を感じてしまう人がいる」というように、心理的な逆説や矛盾にフォーカスする点です。人間は形而下的な合理で判断する思考システムと、形而上的な不合理で判断する思考システムの二重類を並行して演算処理していて、この二者間で矛盾を抱えることが多く、それらを統合的にメタ認知していかないと自分らしさを支える構造的な欲望を掴み損ねるんですね。それを個人レベルではなく、社会分析や状況論に転用すると、世の中の隠れた構造をあぶり出せると思っています。
 
ラカンはこのあたりをかなりビビッドに理論化して指摘していると思います。ラカン的な世界観では、人は基本的に盲目だとされています。理性的に判断したのとは逆の行動をとってしまい、常にズレた人生を歩んでしまう。しかも、そのズレにどこかで納得していて、自分の同一性や世界観を守るものとして無意識にそれを求めてもいる。決して意識的に求めているわけではない苦しみや不満が、主体にとって不可避なものとして既に織り込まれてしまっている――そういう矛盾を原理的に抱えた存在として、人間を捉えるわけです。

中路 なるほど。「こういう欲望があるから、こういう行動をする」というのがマーケティングに援用されがちな人間モデルですよね。精神分析はもっと人間臭い複雑さにフォーカスしている、と。

言語化を諦め、腹をくくる

樋口 ただ、こういう思想系の話はオタクにしか伝わらないところがあって、最近はあまりしないようにしているんです。それよりも、本書のようなスタイルでビジネスと思想の接点を探っていくほうに、関心が移ってきています。

中路 コンサルタントとしてのスタンスを著作のなかで打ち出すようになったのは、最近のことですよね。何か心境の変化があったんでしょうか。

樋口 強いて言えば、バランスを取っている感覚ですね。以前は世の中が安定していたので、逆に浮世離れしたことや悪趣味なことをやってもいいと思っていました。でも、いまの世の中は良い状況とは言いがたい。だから、素朴に社会を啓蒙するような発言が増えている、というのはあると思います。

中路 その感覚は自分もわかります。もともとは、テックとリベラリズムが結びついているところに惹かれてGoogleに入社しましたが、いまはむしろ人文知や共同体主義に惹かれている。でもそれは完全に転向したというより、社会の変化に反応しているという感覚に近いんですよね。社会実装に関心がある以上、世の中の動きによって関心の持ち方も変わっていく。

樋口 中路さんは、ANRIの人文奨学金も立ち上げられていますよね。ビジネスや投資の畑の人間として、人文系の若手研究者をどんな視点で審査されたんですか。

中路 自分には、その人の研究が学問として優れているかどうかは、正直わかりません。なので、起業家を見るのと同じように「人」を見ることにしたんです。
 
具体的には、「自分の研究や関心が社会とどう接点を結ぶのか」「実装についてはどう考えるのか」といった問いを投げて、話しているときの空気感や、問いの立ち上がり方を見る。そこで、異分野の人間である自分を多少なりとも説得できる人なら、社会にも広く届く可能性があるんじゃないか。そう考えて、審査に臨んでいました。

樋口 なるほど、そこは同じ見方をするんですね。たしかに僕も、採用やチームづくりで見るのは、直接仕事とは関係ない人柄や資質の部分かもしれません。特に、自分で勝手にプライベートプロジェクトをやってきたかどうか、自分のなかで決着まで持っていった経験があるかどうかは重視します。
 
成功したかどうかではなく、勝手に始めて、自分のなかで何かを終わらせた経験があるか。それは、一緒に走ってくれる人かどうかを見極めるうえで、大事な気がします。

中路 それは良い基準ですね。自分も、VC(ベンチャーキャピタル)になったばかりのころは、人を見るときの判断基準を全部言語化しようとしていました。でも最近は、諦めつつあります。それこそ人間は複雑なものだし、相性もある。自分がいいと思う人に賭けて、外したら自分のセンスが間違っていただけ。そうやって腹をくくるしかないのかなと。

樋口 まったくその通りだと思います。そこに再現性はないですからね。

樋口恭介氏

美学と思想に値段がつき始めた時代

中路 その再現性のなさや偶然性は、経営にも通じると思っています。最近SaaS(Software as a Service)の市場を見ていて感じるのは、機能による差別化がいよいよ難しくなってきている、ということです。「斬新で便利なものを作れば売れる」という公式が、もう成り立たなくなっている。
 
となると半ば冗談ですが、調達したお金を開発に投じるより、毎日パーティーや会合をしたほうが伸びるんじゃないかと思うことすらあります。それはさすがに言い過ぎだとしても、出会いやコミュニティの醸成、美学の表現にお金を使うことが、結果的にユーザーから選ばれる要因を作り出す可能性は十分にある。

樋口 それはそうかもしれないですね。「生産性」のような概念もAIの登場で怪しくなってきましたし、むやみにプロジェクトに時間を使うより、パーティーをしていたほうが事業が伸びるということは全然あり得そうです。
 
冒頭の議論に戻ると、これはつまり、従来のブランディングとは似て非なる形で、企業としての物語や価値観、美意識、倫理観のようなものに値段がつき始めているということだと思うんです。
 
その代表的な例が、生成AIのひとつのClaudeを開発しているAnthropicですよね。もともとこの会社は、AIアラインメントを重視しながらAIの社会浸透を加速させていくという、非常に理念的でありながら冒険的な経営スタイルをとっている。AIエージェントによってSaaSの市場構造そのものを揺さぶりつつ、得た収益をAI開発に再投資し続けている。その開発には、アマンダ・アスケルという哲学のバックグラウンドを持つ研究者が関わってもいます。
 
経営上の打ち手も、開発されるプロダクトも、抽象的な思想と具体的な行動がセットになっている。思想そのものは理解されなくても、サービスは広く使われ、共感や価値が生まれていく。これは、思想を実装するひとつのモデルだと思うんですよね。

中路 Anthropicについては、国防をめぐるアメリカ政府とのやりとりも興味深く見ていました。報道ベースでは、米国国防総省との契約終了やサプライチェーンリスクへの指定といった動きもあったようですが、本来、株主からすれば売上が上がる選択肢を取ってほしいはずですよね。それでも、自分たちの思想に基づいて意思決定をしていたように見えました。
 
これは推測ですが、「この思想に乗らないなら投資しないでください」と言えるくらいの覚悟が経営陣にあったのかもしれない。本当のところはわかりませんが、ああいう動きを見ていると、交渉においても美学や思想が大事になる時代なのかもしれない、と感じます。

樋口 そうした突破力のある意思決定には、ある種の君主制が必要だと思います。というのも、人文学の議論には、ビジネスで求められる客観的な説得力がほとんどないんですよね。通常のビジネス的な合議・稟議プロセスで、人文的な考え方を通すのは難しい。だから、経営者の信念や意思にどれだけ信頼を預けてもらえるかが大事になるのかなと。会社の歴史を振り返ってみても、スピーディに意思決定を進めるスモールカンパニーは、ある意味人文的とも言える経営哲学だけで突き進んでいくことがありますが、そういうところは組織的に君主制に近い構造になっていることが多いですね。

中路 そうした君主制的なガバナンスを保つために、あえて上場しないオーナー企業が、今後もっと出てくると思います。VCとして上場を支援する立場としては矛盾しますが、僕自身、そうした美学を持ったオーナー企業に強く惹かれるんですよね。
 
地方の豪族企業もそうですよね。社長の一声で、事業領域がまったく違う場所に進出して、それぞれ成功してしまうような現象がある。株主に説明しようとしても通らない話ですが、結果は出ている。スタートアップも、そもそもは君主論的なものだと思っているので、そういう企業がちゃんと成長して、自分たちの体制のまま世界を変えるようなものを作れるなら、それが一番面白い。

中路隼輔 氏

グランドデザインはメタ認知から生まれる

中路 最後に、樋口さんに伺いたかったのが、「グランドデザインをどう作るか」というテーマです。きっかけは、アメリカの起業家マーク・アンドリーセンが書いていた「アベイラビリティ・カスケード」の話でした。誰かが言い出したことが、同調によって広まっていくと、それが正しいということになっていく──この同調現象こそが、この20年で一番大事な発見だ、と彼は書いている。
 
つまり、グランドデザインはもはや、特定の国家や組織、影響力の強い個人がトップダウンで作れるものじゃない。何らかの形で横へ横へと広がっていくことでしか、大きなナラティブは生まれないのではないか。でも、どうすればそれができるのかは、意外とわからない。わからないからこそ、逆に陰謀論が広まってしまうのだとも思うんですよね。

樋口 難しいですね。大別すると、トップダウンかボトムアップ、どちらかのアプローチになると思います。
 
トップダウンの究極形は、イーロン・マスクですよね。彼は「太陽はいつか物理学的に滅びる。太陽が滅びれば地球も人類も滅びる」という事実を、バックキャストの起点に置く。そこに自分のパーパス、自分の存在意義は何か、という問いを結びつけて、その延長線上にあるやるべきことを事業として展開している。極端ですが、これは超トップダウン型のグランドセオリーの作り方といえます。
 
もうひとつはボトムアップ型で、未来のことなど考えずに、馬車馬のようにがむしゃらに働きながら高速で打ち手を打ち続ける。戦略らしい戦略はなく、何が当たるかわからないけれど、戦術レベルのトライ&エラーをひたすらこなす。実際に成功した起業家は、こちらのタイプのほうが多いんじゃないかと思います。
 
そのなかでも、優れた起業家とそうでない人を分ける基準は、メタ認知があるかどうかだと思います。手を打ちながら、同時にメタ認知を走らせて、「自分はなぜこれをやっているのか」「自分のパーパスは何なのか」と問い直し、自分のやってきたことを文脈に位置づけ続ける。そこではじめて、ナラティブというグランドデザインが浮かび上がってくる。
 
たとえば、スティーブ・ジョブズはこちらに近いんじゃないでしょうか。興味の向くままにいろいろなことに手を出し、魅力的なプロダクトを作り続ける。そこから「Connecting the dots」で後から点をつなぎ、「自分はこれがやりたかったんだ」というビジョンを示す。
 
中路さんの話を聞いていると、いま日本のスタートアップに必要なのは、たぶん後者なんだと感じます。すでに何かをやっているのに、それを言語化する言葉がない。価値や文脈を与える言葉がないということですよね。理想は、行動を起こし続けながら、それをメタ認知して文脈づけしていくスタイルです。そのメタ認知のツールとして人文学は便利ですよ、とは言えそうですね。

SFはビジネス×思想の教材になり得るか?

中路 ちなみに、樋口さんとしては、「メタ認知を鍛えるうえで、こういうものを読むといい」というおすすめはありますか。

樋口 うーん、実務でいちばん使いやすいのは、実は思想書よりSFかもしれませんね。SFを読むことは、現実を相対化するのに役立ちます。SFの書き方には、現実に「もしも」を差し挟む方法論がある。それを通過すると、誰でも同じ方法論で現実を相対化できるようになる。教材性が高いんですよね。
 
コンサルの現場でも、「テックジャイアントはみんなSFを読んでいるよ」という説明をすると、受け入れてもらいやすい印象があります。たとえばイーロン・マスクは、ロバート・A・ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』のような世界観を実装しようとしている人で、ジェフ・ベゾスもその系譜にあるよ、とか。

中路 面白いですね。起業家と話していても、よく原体験としてフィクションの話が出てきます。VR(ヴァーチャルリアリティ)領域だと、30代の起業家なら『サマーウォーズ』で、20代なら『ソードアート・オンライン』。「どういう世界を現実化したいか」が、世代によって違うんですよね。

樋口 参照しているフィクションや理論によって、実装する方向性やUX(ユーザー体験)は全然変わってきますよね。だから、影響源としてのフィクションや、参照している理論はすごく大事だと思います。

中路 日本の起業家史を、SFや参照フィクションから整理し直す本があってもいい気がします。ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』やアイン・ランドの『肩をすくめるアトラス』のように、起業家に影響を与えたコンテンツはたくさんある。それをちゃんと読み解いていくと、面白い起業家史になりそうです。

樋口 たしかにそれは必要ですね。人文知は、ビジネスをすぐに成功させるノウハウではない。でも、行動しながらあとから点をつなぎ、自分たちの物語を見出すための地図にはなる。未来について考えるためには、そういう地図が必要なんだと思います。

(取材・構成:松本友也)
 

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プロフィール

樋口恭介×中路隼輔

ひぐちきょうすけ SF作家、コンサルタント、東京大学大学院客員准教授。1989年生まれ。SFの社会実装をミッションとするAnon Inc.でCSFO(Chief Sci-Fi Officer)を務める。著書に『構造素子』『Executing Init and Fini』(早川書房)『未来は予測するものではなく創造するものである』(筑摩書房)、『AI先生のSF小説教室』(晶文社)、『反逆の仕事論』(PHP研究所)、『何もかも理想とかけ離れていた』(双葉社)など。

なかじしゅんすけ 時代社代表。1991年生まれ、香川県出身。ベンチャーキャピタルANRIでFirstラウンド中心に投資活動に従事。不確実性が一番高いラウンドで、大きな変化を将来もたらせる企業への投資を苦戦しながら挑戦中。”

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