対談

第4回 普通の人が標的になる。防諜と排外主義の行き着く先

誰が「スパイ」とされるのか?思想統制と防諜体制、沖縄戦、そして現代日本
荻野富士夫×林博史

現在その成立に向けて準備が進められているスパイ防止法案。
「外国のスパイを逮捕するなら、かまわないじゃないか」と思う人もいるかもしれない。しかし戦前・戦中に作られた防諜法令は日本国民を主な取締まり対象にし、子供に親を監視させたり、町内会で隣人を監視・密告させたりして、政府や軍への批判や不平不満を封じ込めるものだった。そうした防諜法令が制定され排外主義が煽られた状況は、今の日本と酷似している。
よみがえる戦時体制 治安体制の歴史と現在』の著者で戦時治安体制研究の第一人者・荻野富士夫氏と、『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』の著者で、沖縄戦研究の林博史氏の計4回の共同企画。最終回の今回は、第3回の林氏のレクチャーを受け、おふたりの対談をお届けする。

構成:稲垣收/写真:内藤サトル

「外国のスパイ」だけが対象ではなかった

林博史氏
荻野富士夫氏

荻野 前回の林さんのお話の中に出てきた、子どもたちを使って落書の一斉調査をやらせたというのは、まさに「天晴
あっぱ
れ軍国少年の鑑」「軍国少女の鑑」というのを、いたるところで作っていったという感じですね。

――子どもにお父さん、お母さんのことを密告しろとか監視しろ、というのは、スターリンによる大粛清時代のソ連でもやっていましたね。

 冷戦下の東ドイツでも、子供が密告したりしましたしね。

――最近だと、シリアのアサド政権も同じことをやっていました。シリア内戦はアサド政権を批判する子供の落書きが摘発され、子供たちが拘束・拷問されたことから始まったんです。やはり強権主義国家では似たようなことをやるんですね。そうやって空気を操作していく。

 囲碁ではないですが、一石一石はそんなに大したことないように見えても、あるとき盤面がとんでもないことになっているという、そういう怖さを、お二人のお話を伺っていて思いました。今まさに、いろんな法律がどんどん作られているんですが、最終的に無数の布石がどういう局面を呼ぶかが危惧されます。

 私も研究者として反省しているんですが、防諜に関する研究はすごく遅れていますね。

荻野 防衛研究所の研究員が、防衛研究所の紀要に連名で書いた論文がああります(林武・和田朋幸・大八木敦裕「陸海軍の防諜」『防衛研究所紀要』2012年3月)。戦前の防諜に関してネットで調べると、まずそういうものが出てきます。

 ただ、今ここで話しているようなことは書かないですね。

 そういう意味で「防諜」というと、関心が軍機保護法だけに収れんしてしまっています。

 でもそうじゃなくて、国防保安法や治安維持法も含めて、いろいろな法律が全部、防諜の論理で解釈され、適用されて、軍事機密とは全く関係ないような、国民の不平不満とか、そうしたものまでが密告を通じて摘発されて、潰され、弾圧されていった。その状況をきちんと知らせないといけません。

 それと同じ発想による法律の数々が今また、そっくりそのまま作られようとしている。参政党は露骨に言いますが、今の高市政権も、いろいろな文書を見ると、端々にそういう思想がそのまま出てきている。そのことをきちんと分かるように今、伝えないと。

「外国のスパイが摘発されるんだったら、いいじゃないか」というような声をSNSでも見かけますが、実はそうじゃない。「外国のスパイ」なんてどこにいるのか?

 市民運動もそうした法律のターゲットにされると思いますが、そうじゃない人もターゲットにされて弾圧される。むしろごく普通の、一般の人々、特に主義主張もない人々が標的になるんです。その状況をきちんと発信する必要があると思います。

 そこは現代史研究者がきちんとやってこなかった、という反省があって、私もこれをやらないといけない。特高(特別高等警察)とか、こういう治安維持法に関しては、今、荻野さんしか研究していないので。

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プロフィール

荻野富士夫

(おぎの ふじお)

1953年、埼玉県生まれ。小樽商科大学商学部教授を経て、2018年に定年退官。同大学名誉教授。専門は日本近現代史、とくに治安体制・思想統制史。主な著書に『特高警察』(岩波新書)、『よみがえる戦時体制――治安体制の歴史と現在』(集英社新書)、『検証 治安維持法――なぜ「法の暴力」が蔓延したのか』(平凡社新書)、『「国体」とは何か――教育勅語から八紘一宇へ』(地平社)、『治安維持法と「国体」』(大月書店)等多数。

林博史

(はやし ひろふみ)

1955年、神戸市生まれ。現代史研究者。関東学院大学名誉教授。主な著書に『沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか』(集英社新書)、『沖縄戦と民衆』『沖縄戦が問うもの』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』『米軍基地の歴史 世界ネットワークの形成と展開』『帝国主義国の軍隊と性 売春規制と軍用性的施設』(吉川弘文館)、『朝鮮戦争 無差別爆撃の出撃基地・日本』(高文研)、『BC級戦犯裁判』(岩波書店)、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)等多数。

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