文化遺産「子連れ鑑賞」顛末記 第五回

〝鑑賞〟とはなにか 顔のない少女と幼児の出会いから考える

mina

前回、アルハンブラ宮殿で娘が「きれいだけど、つまらない」とこぼし、ショックを受けたことを書いたところ、「美術界でもけっこう聞く言葉だよ」と友人が教えてくれた。
「名作」とされる芸術作品や文化遺産であっても、なぜか心が動かない経験は子どもに限らず、大人にだってある。なんだか損した気分になったり、心が動かない自分は知識や感受性が乏しいのでは…と不安になったり。そんな経験をしたくない思いも、文化遺産の「敷居が高い」イメージにつながっているのではないか。
幼い子どもが文化遺産を楽しむのは無理なのだろうか。腹の底にくすぶり続けたこの問いは、難解なアートや文化遺産にどう向き合うかという〝鑑賞〟そのものへの問いでもある。
ヨーロッパの文化遺産350ヵ所以上を3歳と6歳の子連れでまわった記者の鑑賞顛末記。最終回前の今回は、モザイク画で知られるイタリアの古都ラヴェンナで出会った無名の彫像から、人びとにとって、そして文化遺産にとっての〝鑑賞〟の意味について考えたい。

モザイクで遊ぶ

子どもとはたくましいもので、どんな環境でも遊ぼうとする。

初期キリスト教美術のモザイクで名高いラヴェンナにおいて、娘たちがまず取り組んだのは「虹さがし」だった。子ども向けサービスが乏しい南欧の文化遺産で、ひまつぶしに編み出した独自のゲーム「モチーフさがし」の一つ。ぎょろりとした目が印象的な、ビザンツ皇帝夫妻の有名な肖像があるサン・ヴィターレ聖堂(6世紀)で、向かい合う左右の壁に描かれた夫妻の上からキリストの頭上にかかる「虹」を見つけたとき、娘たちは「あった!」と顔をほころばせた。

単色のガラスや石のパーツ(テッセラ)から構成されるモザイクは、本来グラデーションに向かない。けれど1500年前のモザイク職人たちは、成分の調合を変えてつくった各色のテッセラを細かく埋め込み、グラデーションと見まごう繊細な色彩を表現した。

天球に座り、世界を見渡す若きキリストの上にかかる虹は、通常のように端から端まで同じ色が並んでいるのではなく、一定間隔で色の層が交互に入れ替わっている。色と色の境は溶け合って見える部分があり、職人の膨大な手作業が想像される。「虹さがし」はそんな細部に目を向けるきっかけになるのだが、目をこらしている間に幼児の興味はもう次に移っている。子どもとはたくましく、また飽きっぽいものだ。

カラフルな色は、やはり目を引くらしい。旧約聖書でノアの洪水を起こした神が、二度と人類を滅ぼさないことを誓った契約のしるしである虹は、キリスト教美術のなかにたびたび登場する。サン・ヴィターレ聖堂でも他に、ひげを生やしたキリスト像を囲む円形の枠が虹色になっていて、「あそこにも!」と声があがる。

サン・ヴィターレ聖堂の聖域。天球に座る若いキリスト(正面下)の頭上に虹がかかる。ひげのあるキリスト(上)の円形枠も虹色をしている。天井の中心部には「神秘の子羊」のモザイクがある。

聖堂の天井は、クジャクなどさまざまな動植物のモザイクで埋め尽くされ、「〇〇さがし」はいくらでもできそうだけれど、幼児の関心はもうそこにはない。次は床だ。床は床で、天井のガラスモザイクとはちがう石モザイクの流麗な文様がリズミカルに交錯する。足でなぞったりして遊んでいた娘たちは、それもすぐ飽きて、さっさと外に出たがる。

敷地内には、これもモザイク職人の技が光る高精度のレプリカがある。第四回のアルハンブラ宮殿でも触れたように、文化遺産の保護とアクセシビリティの観点から設置が増えているレプリカは、板絵とちがって持ち運びできないモザイク壁画の代替アイテムとしても、利用価値が高い。たとえばキリストの象徴である「神秘の子羊」は、実際には聖堂の高いところにあって、肉眼ではよく見えない。その色彩を間近で見たり、小さなモザイクのパーツをさわって確かめたりできるのは、レプリカならではの楽しさだ。そして言うまでもなく、さわりたい放題のレプリカは子どもの好物でもあり、どんどん手垢がついていく。

サン・ヴィターレ聖堂の「神秘の子羊」のレプリカ。子羊の輪郭線が浮き出るなど、視覚障害者でも形を把握しやすいよう工夫されている。

虹にしろレプリカにしろ、娘にとっては「みつける」「さわる」という一瞬の〝遊び〟にすぎない。じっくり作品に向き合う〝鑑賞〟と呼ぶには、あまりに幼い。

それでいい、とは思っていた。そもそも敷居の高い文化遺産で、子どもが一瞬でも前向きに過ごせるなら御の字というもの。「今は価値がわからなくても、将来に種をまいていると思えばいい」。いつか聞いた誰かの言葉にうなずき、モヤモヤした気持ちにふたをする。

どれほど素晴らしい文化遺産であっても、それ自体が幼い子どもの心を動かすのは、ほとんど無理なのだ。私は子連れ鑑賞をしながら、子ども自身の〝鑑賞〟については、ほとんどあきらめていた。

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 第四回

プロフィール

mina

大手報道機関での事件記者を経て文化遺産に傾倒し、学芸員資格を取って文化部記者に。ビジネス系ウェブメディアで働きながらアートメディアや要約サービスに寄稿。2025年に研究者の夫に同行し、幼い娘2人を連れてヨーロッパ11カ国、350件以上の文化遺産を鑑賞する旅に出た。

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