働きたくない人のための思想史 第8回

マルクスとヴェイユ:大工場と疎外された労働

相川計

マルクス—疎外された労働

 スミスの理論は今から見るとずいぶん楽観的です。しかし、産業革命が発展していくにつれ、事はそう単純でないことがわかってきました。自由競争が激化した結果として、より多くの利益を生むために労働者が劣悪な環境・賃金で働かされるようになったからです。

 カール・マルクスは、そのような状況にあって、スミスの理論をどう修正すれば、スミスの理想を実現できるかを考えた一人です。しばしば勘違いされがちですが、マルクスは社会主義・共産主義思想の創始者ではありません。マルクスが新しかったのは、資本主義というシステム自体が、労働者からの搾取なくしては成立しえない、ということを理論的に説明した点にあります。つまり、資本主義社会においては、経営者や地主などの資本家が強欲な悪人でなく、正当な取引が行われたとしても、必然的に労働者は搾取される仕組みになっている、という事態をマルクスは発見したのです。

 マルクスは、当時の悲惨な労働状況を「疎外された労働」と呼びました[^1]。ここで言う「疎外」は、哲学の専門用語で、本来自分に属するはずのものが、自分と切り離された存在になってしまうことを意味します。身近な具体例を挙げるとすれば、SNSの「いいね中毒」も疎外の一例です。誰しもSNSを使い始めたばかりのころは、友人や見知らぬ人たちとの交流を気軽に楽しんでいたはずです。しかし、やがてより多くの「いいね」をもらうために、何をどう書くのがいいかを気にするようになり、休日には「いいね」が稼げそうな場所へ出かけてゆく—。これは「SNSの使い方」や「SNSの楽しみ」、そして「自由時間」といった、本来自分の自由にできるはずのものが、自分の外にあるものによって縛られてしまう、現代的な「疎外」の一例です。
 マルクスによれば、資本主義社会での労働は、工場などの生産手段を所有する資本家と、資本家に労働力を差し出す代わりに賃金を受け取る労働者という、二種類の人間によって成り立ちます。そこで労働者は資本家のために、資本家の指示に従って労働します。

 このような働き方は、三重の意味で「疎外された労働」をつくりだす、とマルクスは主張しました。

 第一の疎外は「生産物からの疎外」です。労働者が自らつくりあげた生産物が労働者のものではなく資本家のものになってしまう、という事態をマルクスは問題視しました。しかし、会社で働いて作った生産物が会社のものになるということは、現代社会ではあまりにも当たり前です。働いた分の給料は貰っているし、むしろ、お金の代わりに生産物を現物支給されたほうが困る、というのが普通の考え方でしょう。

 マルクスは何も問題が無いところにわざわざ問題を見出そうとしているように思えるかもしれません。しかし、現代のわれわれも「生産物からの疎外」と無縁ではありません。たとえば「顧客の顔が見えず誰のために働いているのかわからない」とか「自分が手掛けた成果物だが、会社の規定により自分のポートフォリオに載せられない」といった悩みは、まさに労働者が自分の生産物を所有できず、会社に所有されてしまうために生じる悩みです。

 マルクスが指摘した第二の疎外は「生産活動からの疎外」です。スミスが理想として論じたピン工場の分業は、まさにこの疎外を引き起こします。「針金引き伸ばし職人」や「ピン磨き職人」たちは熟練の鍛冶職人よりも効率よくピンを生産できますが、「ピンを生産している」という意識を鍛冶職人と同じだけ持つことはできません。ことによると自分が針金を引き伸ばしているのはピンを作るためだとすら知らされていない場合もありえます。実際、私が日雇いで働いていた工場では、何か小さな食品が置かれるのだろう紙カップを猛スピードのベルトコンベアに置き続けたり、何のためかは知らないが、とにかく右から来るノートパソコンの裏蓋を開けて左に流す、というような仕事がよくありました。ここで労働者が行っているのは何かを生産するという活動ではなく、「資本家に言われた通りに肉体を動かす」という、単なる労働力の支出です。

 このような「生産活動からの疎外」の問題性について考えるために、哲学者のジョン・サールが1980年に考案した思考実験「中国語の部屋」へと、少し寄り道してみましょう。「中国語の部屋」は、AIが人間の認知を完全にシミュレートできたとしても、それだけで意識や理解が実現するわけではないことを示す、次のような思考実験です。漢字をまるで読めないイギリス人であるサールは、ルールブック(プログラム)と一緒に小部屋(コンピューター)に閉じ込められている。部屋の外から中国語が書かれた紙が差し込まれる(入力)。サールは、漢字の意味はわからなくとも、ルールブックから同じ文字の形を探し出し、ルールブックが指示する通りに意味不明な漢字を書いて部屋の外に送り返す(出力)。部屋の外にいる人は、中に中国語を理解する人がいて、その人と会話していると思うだろう。しかし実際に中にいるサール(AI)は、ただルールに従って記号を操作しているだけで、そこには「理解」という心の働きが存在しないのだ……[^2]。

 AIの意識に関し最も有名な思考実験である「中国語の部屋」をめぐっては、甲論乙駁の議論が現在まで続いています[^3]。しかしここで問題にしたいのは、思考実験の当否ではなく、AIがいかに人間的でないかを示すための例が、皮肉なことに現実の「生産活動から疎外された労働」とよく似てしまっていることです。工場からは、高度な技術がふんだんに用いられた文明的な製品が出力されますが、中にいる労働者は、果たしてどれほどの技術と文明に与れているでしょうか。実際のところ、労働者に求められているのは、人間よりも機械の役割なのではないでしょうか。

 このような二つの疎外の結果として第三の「人間からの疎外」が引き起こされる、とマルクスは言います。人間は、労働を通して他者と共に生きる動物です。あるいは他の動物も、狩りや巣作りなどの「労働」をすると言えるかもしれません。しかし、それは単に肉体の必要に迫られて働く、まさに動物的な労働です。それに対し人間は、肉体的な必要から解放されてもなお、労働によって自分を表現しようとします。マルクスは、ここに人間の特徴を見出します。動物とは異なり、人間にとっては、労働は単なる手段ではなく目的でもありえるのです。たとえば芸術はそうした人間らしさが表れた最たるものでしょうし、家庭菜園やDIYもそうした性質を持つでしょう。

 しかしマルクスが見た労働では、労働者は資本家の指示に従って資本家のために労働し、辛うじて何とか生きていくのに必要なだけの給料をもらい、生き続けるため更なる労働に駆り立てられていました。生存のために必要な手段としてのみ働き、自分で考えて表現する余地もない。これではまるきり動物と同じであり、「人間からの疎外」が引き起こされていると言えます。 「労働者は、労働の外部ではじめて自己のもとにあると感じ、そして労働のなかでは自己の外にあると感じる。労働していないとき、彼は家庭にいるように安らぎ、労働しているとき、彼はそうした安らぎをもたない」[^4]。労働者は労働によって、人間らしさや自分らしさからも遠ざけられてしまうのです。

ヴェイユ——工場で働く哲学者

 マルクスが理論的に説明した「疎外された労働」が、具体的にどのようなものであるかを、大工場で働いた哲学者、シモーヌ・ヴェイユが残した記録から見てみましょう。 

 ヴェイユは1909年生まれのフランスの哲学者です。現代では神秘主義的な断想集『重力と恩寵』の著者として取り上げられることがほとんどですが、ヴェイユは女子学校の哲学教授として働きつつ、労働運動に激しく身を投じてもいました。象牙の塔の内部でしか通用しない議論をするのではなく、実際の労働への理解を深めるために、ヴェイユは12ヶ月の休職を得て、哲学者の身分を隠し、いち労働者として鉄道部品工場や自動車工場でのフルタイムの労働に身を投じさえしました。

 ヴェイユは工場で働くうちに、「自尊心とか、自重の思いとかの拠りどころになっていたあらゆる外的な理由(以前、わたしはそれらを内的だと思っていた)」の喪失と、すべてを諦めきった隷属状態への順応を経験しました。いかにしてヴェイユがそのような状態に陥ったかを語る、知人への手紙を、少し長くなりますが引用しましょう。

この隷属状態には、二つの要素があるの。つまり、スピードと命令よ。
スピードとはこういうことなの。「注文を完了する」ために、一つ一つの操作を、思考よりももっとはやく、じっくり考えることはおろか、もの思いにふける余裕もゆるさないような速度でズンズン続けてやらねばならないということよ。一たん機械の前へ立ったら、一日に八時間は、自分のたましいを殺し、思考を殺し、感情を殺し、すべてを殺さなければならないの。 怒っていようと、悲しかろうと、いやであろうと、怒りも悲しみもいやな気持も全部呑みこんで、自分の心の奥底に押しこんでしまわねばならないの。こういうものは、 速度をおとすからよ。

命令とは、こうなの。出勤のとき、 名簿にチェックしたら、退社のときチェックするまで、 あらゆる瞬間にどういう命令をうけるかわからないのよ。 そして、いつも黙って、服従しなければならないの。命令は、実行するのがつらいこともあり、危険なこともあり、また、実行不可能なこともあるわ。二人の上役から、 まるで正反対な命令を与えられることもある。でも、そんなことはどうでもよいのよ。とにかく、黙って、屈服するのよ。上役に口答えすることは、—どうしても必要な場合でも、—その上役が、よい人であるとしても(よい人でも、きげんのわるい時があるものね)—それはつねに激怒をまねく目にあうことよ。そういう目にあったら、さらに沈黙しつづけねばならないの。自分がいらいらしたり、きげんのわるいことがあっても、ぐっと呑みこまねばならないの。言葉や行動にあらわしてはいけないの。行動は四六時中、労働のためにしばられているんだもの。こういう状況では、思考は小さくかじかんでしまうわ。
ちょうど、メスをあてられる前に肉体がちぢむように、思考もちぢんでしまうわ。人は「意識を持つ」ことができない のよ。[^5]

 スピードを求められる単純作業の仕事に就いたことがある人なら、誰しも心当たりがあるのではないでしょうか。私がパン工場で働いて感じたこともまさにこの通りでした。そこでは多種多様なパンを毎日生産しているため、機械やロボットにそれぞれのパンのための手順を覚えさせて、都度切り替えるよりも、柔軟な知能を持った労働者に「次はこれやって」と頼んだほうが安上がりという理由によって、人間が使われていました。それはヴェイユが働いた工場でも同じでした。「人間は声に服従する機械であり、人間の場合には一瞬のうちに動作のある組合せを他のある組合せに置き換えさせるのに命令しか必要でないから人間の方を好んで使うのである」。そこでは、決められた動作を、人間よりずっと高速かつ根気強く繰り返す機械のために、人間の柔軟な対応力が奉仕します。「機械は労働者にとって、金属の塊にある形を与えるための単なる道具ではない。労働者の方が機械にとって、ある作業のための部品を持って来る道具」なのです[^6]。これはまさしく疎外の問題です。

 スピードと命令によって服従状態を強制され、意識を持つことができない状態で、人間はモノに近づいていきます。工場の労働者は「命令に従って、全速力で、一秒に約一回無関心に繰返される単純な五、六の身振りを行ない、箱や調整工や他の部品を探すための不安げな競走以外休むこともない。他の機械の前に坐らせるために長が、まるで品物でも取りに来るようにかれらを呼びに来るまでかれらは働き続ける。他の場所に移されるまでそこにじっとしているだろう。この人達は人間が物に転化し得る限度一杯まで物になり切っている」[^7]。そこには、ものを考えるという人間的能力を発揮する余地がないばかりか、むしろ考えないことこそが要求されます。「大学では、考えるために、少なくとも、考えているらしいふうをよそおうために、給料が支払われているのです。ここ〔工場〕では、むしろ、考えないために給料が支払われている傾向がありそうです」[^8]。

 しかし最大の悲劇は、工場の仕事が人間に対して、意識を失ったモノになることを求めるにもかかわらず、本当に意識を失ってしまうことは許されていないという点にあります。このことをヴェイユは、マルクスの「労働しているとき、彼はそうした安らぎをもたない」という一節を、まさに具体化したような嘆きとして記しています。「出勤カードを入れる箱の中に自分の魂を入れ、退社の時にそれを取り返すことができればいいのだが、しかしそれはできない。自分の魂を工場に持って行く。退出する時は疲れ過ぎてもはや魂を持っていない。たとえ持っているとしても、夜が訪れて、きょう一日八時間続けて自分がどうであったか、また、明日、次の日どうであろうかを考えるのは何と苦しいことだろう」[^9]。

 もちろん、どんな労働にもなんらかの苦痛はつきものです。そして肉体労働で「いい汗をかく」ことがあるように、その苦痛自体は必ずしも悪いものではありません。しかし工場労働では、仕事と本質的に関係なく、また仕事の出来を向上させるわけでもない苦痛がありふれていることを、ヴェイユは指摘します。たとえば、パン工場のベルトコンベアが低すぎて、腰をずっと曲げたまま作業しなければならなかったために引き起こされた、腰の痛みがそれに当たります。もしこれが引っ越しの仕事による筋肉痛だったなら、それは引っ越しの仕事が要求する苦痛であり、仕事を成し遂げた証明として誇らしくすら思えたかもしれません。しかしパン工場での腰痛は、パン作りにとって何の意味も意義もありません。パンを作るために腰を痛めなければならないわけではないし、腰を痛めたからパンが美味しくなるわけでもありません。いっそ腰痛が本当に耐えきれないほどであれば、別の仕事に回してくれるよう頼もうと決心できるでしょうが、ヴェイユが以下で言うように、この場合は苦痛が比較的軽微であることが、かえって苦しみを深めています。

この種の苦痛はしばしば、それ自体としては大変軽い。 もしそれが苦しいとすれば、それは、彼がそれを感ずる度ごとに、そして絶えずそれを感じているのだが、それをすべて忘れてしまいたいと望むという事実、工場では落ちついた気分でないという事実、市民権が無く単に機械と製品との仲介者として認めているだけの異邦人であるという事実、この事実が肉体と魂を傷つけに来るということである。この打撃によって肉体も思考も縮む。まるで誰かが耳もとで一分ごとに繰返し次のように言っていて、しかもそれに何も答えられないようなものだ。《君はここで何の価値も認められていない。君は物の数でない。君は屈伏し、すべてを我慢し、沈黙するためにここにいるだけだ》。こういう繰返しに対しては殆んど抵抗ができない。ついには心の底で自分が物の数でないことを自分でも認めてしまうようになる[^10]。

 工場が人間を苦しめるのは工場自体の本質によるもので、資本主義社会の工場に限った話ではないのです。ここでヴェイユは、マルクスと同じ問題を見ながら、マルクスの解決策を退けます。「できるだけ沢山の製品を工場が産出するようにさせるために必要なもの、それが必ずしも工場で働く人間を満足させ得るものではないようにしているこの基本的問題は、仮に明日雇主たちが追放され工場が共有化されるとしても少しも変化しないであろう」[^11]。実際に共産主義社会の工場がどうであったかを考えてみれば、ヴェイユの主張には一理あるように思われます。

何が人を疎外された労働へ追いやるのか?

 なぜ、これほどまでに非人間的な「疎外された労働」が普遍化してしまったのでしょうか? マルクスは、前近代の共同体における人格的な所有制度から、近代的な法に基づいた所有権への移行を、その原因として挙げています[^12]。たとえば16~7世紀のイギリスにおいては、それまで貧しい自営農たちが実質的に所有していた個々の農地が、法によって取り上げられ、次々と大規模な牧羊場へと作り変えられた「囲い込み(エンクロージャー)」が行われました。土地から追い出された元農民たちは、仕事が多い都市に移住し、誰かに雇われる賃労働者として生きることを強制されます。羊毛業者にとって囲い込みは、広大な牧場と、大勢の労働者を同時につくりだす、一石二鳥の政策だったのです。

 このようにつくりだされた失業者=すぐに利用可能な労働者は、囲い込みの一度きりではなく、資本主義社会においてつねに必要とされ、生み出されるものでもあります[^13]。資本主義において企業が生き残りのために取り組む技術革新は、より少ない労働者によって、以前と同様あるいはより多くの富を生産するだけでなく、今すぐ新たな仕事を任せることが可能な、余分な労働者もまた生産しているのです(ここで言う余分な労働者には、失業者の他にアルバイトや派遣社員などの非正規雇用者=半失業者も含まれます)。

 そうして生み出された失業者・半失業者は、必要なときに便利に使えるだけでなく、今働いている人々を制御する役にも立ちます。失業者は仕事をえり好みしている余裕がなく、仕事が多少キツくても文句を言いません。自分がそうした失業者と入れ替えられるかもしれないという可能性は、労働者に贅沢を言わせず必死に働かせる圧力として機能するのです。

働かざる資本家食うべからず

 このように資本主義はまったくもってよくできたシステムですが、労働者にとってはたまったものではありません。マルクスは、社会の大勢を占める労働者が不満をもつ体制は長続きせず、やがて資本家階級が消滅し社会の全員が労働者となる共産主義社会へと進歩するだろうと考えました。このような認識から出発した共産主義の思想によって、「働かざる者食うべからず」という言葉は、働かずに利益を得る資本家階級への糾弾という、新しい意味を獲得しました。マルクス自身はこの言葉を用いていませんが、レーニンが制定した1918年の憲法第18条では「ロシア社会主義連邦ソビエト共和国は、労働を全ての共和国市民の義務とみなし、『働かざる者食うべからず』のモットーを掲げる」と定めています。このモットーは、共産主義とともに世界中に拡散し、第二次大戦後しばらく経ってから新自由主義が台頭するまで、「働かざる者食うべからず」という言葉は、もっぱらこの意味で用いられるようになりました。

 実際には、マルクスが考えていたほど簡単に共産主義社会は到来しませんでした。しかしわれわれは今でも、マルクスが描いた通りの「疎外された労働」に苦しめられてもいます。苦しめられてはいるのですが、マルクスのように資本主義自体を撤廃しようと考える人は多くありません。現代のわれわれは労働に対してどのように向き合い、労働はどのようなものであるべきだと考えているのでしょうか。次回は、福祉国家・消費社会・リスク社会と労働の関係を扱います。
 
(次回へつづく)

参考文献
シモーヌ・ヴェイユ(1951=1967)『労働と人生についての省察』黒木義典・田辺保訳、勁草書房
ジョン・サール(2004=2018)『MiND――心の哲学』山本貴光、吉川浩満訳、ちくま学芸文庫
アダム・スミス(1776=1980)『国富論』玉野井芳郎・田添京二・大河内暁男訳、中公バックス
カール・マルクス(1844=1964)『経済学・哲学草稿』城塚登、田中吉六訳、岩波文庫
カール・マルクス(〔1867〕1962=1972)『資本論 第一巻 第三分冊』岡崎次郎、国民文庫
Cole, David. (〔2004〕2024) “The Chinese Room Argument” Stanford Encyclopedia of Philosophy. https://plato.sydney.edu.au/entries/chinese-room/
 
註
[^1]: マルクス (1844=1964)§1.4             
[^2]: サール(2004=2018)§3
[^3]: Cole(〔2004〕2024)
[^4]: マルクス (1844=1964)§1.4
[^5]: ヴェイユ(1951=1967)§3 強調は原文では傍点
[^6]: ヴェイユ(1951=1967)§17
[^7]: ヴェイユ(1951=1967)§17
[^8]: ヴェイユ(1951=1967)§4
[^9]: ヴェイユ(1951=1967)§10
[^10]: ヴェイユ(1951=1967)§17
[^11]: ヴェイユ(1951=1967)§15
[^12]: マルクス(〔1867〕1962=1972)§7.24.2
[^13]: マルクス(〔1867〕1962=1972)§7.23.3
 

 第7回
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いつから人は働くことが当たり前になったのか?労働を嫌い、働かない生活を送る著者が、人類における労働の思想史を辿る。

プロフィール

相川計

あいかわけい 生活保護受給者。30代、無職、職歴無し。不登校による高校中退後、大学で社会学・哲学に没頭するも留年を重ね除籍。古代哲学から現代社会論までを横断する、歴史に根ざした生活の思想を展開している。note(https://note.com/kei_aikawa)においても、本連載を補足する記事を執筆している。

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