カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第2回

『サイコだけど大丈夫』―韓国的兄弟、治癒のための韓国料理、韓国人のトラウマ、「クレメンタインの歌」の謎  

伊東順子

海の見える精神病院がある街(あらすじ)

 

お金もなく、親もなく、希望すらない精神病棟保護士

彼にとって唯一の存在は自閉症スペクトラムの兄だけ

毎月の給料でただ腹いっぱい食べて、両足伸ばして寝るところがあればいい

それで十分という男の前に突然、童話の中の魔女のような奇妙な女性があらわれた

ナイフの代わりにペンを振り回し、童心を支配して操ろうとする児童文学界の女王

彼女は先天的欠乏、人の愛の感情を知らない。

(韓国tvNホームページより 著者抄訳)

http://program.tving.com/tvn/tvnpsycho/7/Contents/Html

 

 

 韓国で精神病棟保護士というのは、精神病院で医師や看護師の補助をするスタッフのことである。暴力的な症状の患者を押さえつける人というイメージもあり、ドラマの始まりに登場する主人公ムン・ガンテの上半身のセミヌードシーンは、キム・スヒョンのファンへのサービスなどでは決してなく(少しはあったかも)、強靭かつ傷の多い肉体を見せることに意味があった。

 ただし、「キム・スヒョンの上半身を堪能するためのものだと思いました……」

と思われるのも無理はないと思う。それは彫刻のように美しくもあったから。

 「保護士」という仕事は正式な国家資格ではなく、いわば日陰の肉体労働者。しかし医療スタッフからは頼りにされる存在であることは、韓国の精神科医も言っていた。

 ドラマは大どんでん返しがあるため、ネタバレは絶対無用である。

 「いい意味でストーリーの予想が何度も裏切られるんですよね」

 ネットの感想などにも出てくるように、ミステリー部分は精密で伏線も上手に回収されていくから、端折らずに丁寧に見た方がいい。なのでここではドラマの内容にはあまりふれないように、韓国カルチャーにかかわる部分や日本語字幕では伝わりにくいことなどを中心に書いていきたい思う。

 

  • まずは主人公にとっても最も大切な「兄弟と家族」のこと。これは字幕だと伝わりきらない部分がある。
  • 次に「食事」である。韓国ドラマは食事シーンが多く、またメニュー一つ一つが意味がある。この作品の食事シーンも実に周到に練られていて、これからドラマを見る方、再度見直す方がいたら、ぜひ最初から食事シーンに注目してほしい。なんならメニューをチェックしてもいいかもしれない。
  • さらに、ドラマの最大のテーマである「トラウマ」については、主人公たちよりもむしろ周囲の人々が重要になる。
  • そして、最後に劇中挿入歌の一つである「いとしのクレメンタイン」、これの韓国的意味にもふれておきたい。

 

 ドラマは現在のソウルからスタートする。自分と兄の職場の問題などで、追われるように引っ越しを決めるムン・ガンテ。二度と戻るつもりはなかった海辺の街に行き先を決めたのは、そこにはガンテの就職先にと勧められたOK精神病院があり、その院長はトラウマ治療の専門医だったからだ。兄サンテ(オ・ジョンセ)を深刻なトラウマから救ってあげたいと、ガンテはずっと思っていた。

 

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター。編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、斎藤真理子訳)の解説を担当。

 
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