カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第9回

韓国の財閥とは?――ドラマ『Mine』から

伊東順子

ドラマ『Mine』のリアル

 韓国の上流社会を舞台にしたサスペンスドラマ『Mine』が5月8日、TvNで始まった。初回視聴率が6%台ということで、週末ドラマという激戦区で好調なスタートである。ネットフリックスの同時配信で日本でも視聴が可能となっており、現在第8回が終わったところ、全16回のちょうど折返し地点である。

 放映中のドラマということで、ネタバレは一切なし。ストーリーには直接ふれずに、今回のテーマは「財閥とは何か?」、韓国独特の財閥ファミリーについて書いてみたいと思う。

 ドラマには広大な敷地の中で、一族がそれぞれの邸宅に住み、華やかなパーティーなどをして暮らす財閥ファミリーの様子が描かれている。アカデミー受賞作『パラサイト』(2019年、ポン・ジュノ監督)は「韓国社会の格差を描いた作品」と解説されたが、それはあくまでも「一般人の格差」である。財閥は別格であり、ドラマ『Mine』はそれをリアルに伝えてくれる。

 ドラマはフィクションであるが、その登場人物は実在の人物とオーバラップする。パンを投げて暴れる娘と暴力的な母親といえば、あの有名な……。芸能人で財閥一家に嫁いだといえば、ああ彼女のこと? 長男がダメダメだから腹違いの弟を後継者にしようというのは、よくある話。 

 「ナッツ・リターン事件」や「サムスン会長の逮捕」など、日本でも時々韓国の財閥スキャンダル報じられるが、韓国人にとってそれはもっと身近な話題だ。小室圭さんの話が大好きな日本と同じく、女性雑誌(韓国では月刊誌。やはり美容院などで読む)などで「財閥ネタ」は定番だし、それ以上に踏み込んだ噂の類も「ねえねえ知っている?」とあちこちから漏れ出てくる。

 

財閥への憧れと反発

 「財閥反対のデモをしながら、実は財閥に憧れているんでしょう?」

 こんなベタなセリフは映画『上流階級』(2018年、ビョン・ヒョク監督)の中にも登場するが、メディアや市民運動が財閥批判を頻繁にとりあげる一方で、一般の国民感情はなかなかアンビバレントだ。

 たとえば2016年の「ろうそく革命」後に朴槿恵(パク・クネ)元大統領とサムソンの李在鎔(イ・ジェヨン)副会長(当時)は共に収監されたが、二人についての語られ方は対照的だった。「壁紙を張り替えてほしい」と獄中でもわがまま放題の「お嬢さま元大統領」に対し、食事の差し入れを断り「皆さんと同じものをいただきます」と語ったというサムソンのプリンス。

 「さすが、サムスン家の帝王教育は質が違う」「でも、やっぱり刑務所での待遇はいいんじゃないかな。看守たちもほら、子どもの就職とか……」

 韓国の友人たちは適当なことを言っていたが、そんなことで看守の子どもがサムスンに就職できるような時代ではない。ただ一つ、「ほおーっ」と思ったのは、そのサムソン副会長が仮釈放され、サムソン本社に現れた時のことだ。一瞬にして「キャー!!」という歓声に包まれたオフィス、まるで推しのスターに会ったかのように頬を紅潮させる社員たちの様子をニュースで見ながら、やはりこのサムスンの後継者は特別なオーラを持っていると思った。なるほど、それが「帝王教育」の成果なのか?

 ドラマ『Mine』では、その「帝王教育」の片鱗が垣間見られるシーンも多い。何よりもドラマのキーパーソンの一人は、財閥家御用達の「チューター(家庭教師)」である。韓国の財閥ファミリーの「教育方針」もまた興味深いので後で詳しくふれるが、その前に「財閥とは何か」、まずは基本的なことを抑えておきたい。

 

財閥ファミリーと一般富裕層の違い

 韓国の財閥ファミリーは一般の富裕層とは違う。冒頭でもふれたが、エンタメに引き寄せていうなら、ドラマ『Mine』に出てくる一族が「財閥ファミリー」であり、映画『パラサイト』に出てくる金持ち一家が「一般の富裕層」である。両者のステイタスは全く違うし、見分け方は簡単だ。

 「うちはサムソン家がじゃないんだから」と贅沢な妻をたしなめたり、「これなら財閥にも負けないぐらいのレベル」と子どもの家庭教師を褒めたり、「昨日、新羅ホテルで◯◯グループの会長夫婦を見た」とか、とにかく財閥を意識しているのが一般富裕層である。

 財閥ファミリーのメンバーは、そんなことは語らない。何かの偶然で家に招待されて、「ええええー!? なにこれ? この家って、まさか財閥!?」みたいな展開になる。

 日本語教師をしている友人は、ある時にやんごとなき筋から個人教授を頼まれた。黒塗りの車が迎えに来た時に「尋常ではないな」と思ったそうだが、家に到着してさらにびっくり。地下の広大な駐車場からエレベーターに乗り、ドアが開くとそこはいきなりリビングルーム。笑顔で迎えてくれた若い夫婦は素晴らしいマナーで、日本語のレッスンも楽しく終わり、次回は自分で来るからと最寄りの地下鉄駅を聞いたら……。

 「あー、地下鉄……。ちょっと待ってくださいね」

 インターフォンで地下鉄の駅名を聞いていたという。

 以前、大統領選挙に出馬した財閥家の人間が、記者から市内バスの料金を聞かれて、その10倍の金額を言って呆れられたことがあったが、彼らは公共の交通機関など利用しないし、おそらくタクシーすらも乗ったことがないだろう。家には何台もの車と何人もの運転手がいるのは当たり前、財閥のオーナー家族だと自家用ジェットがあるし、お抱えパイロットもいる。

 くだんの日本語教師の友人は一般富裕層の奥様グループにも日本語を教えていたので、彼女たちにその「やんごとなき夫婦」の話をしたところ……。

 「先生、その人たちの名字はなんですか?」

 「えっと旦那さんがキムさん、奥さんはホさんだったかな」(韓国は伝統的に夫婦別姓がルール)

 「先生、それは◯◯家と◯◯家ですよー!」

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター。編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、斎藤真理子訳)の解説を担当。

 
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