カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第8回

光州は世界をつなげる

伊東順子

パク・ソルメ著『もう死んでいる十二人の女たちと』と映画『タクシー運転手』、そして白竜、高橋悠治、富山妙子の世界へ

 

「韓国文学のことも書きませんか? たとえば『もう死んでいる十二人の女たちと』(パク・ソルメ著/斎藤真理子訳 白水社)という本、今、目の前にあるんです。私はこれから読むつもりですが」

 この連載の担当編集者に言われて、「うっ…」と思った。

 「うーん、その本は難しいんですよ。とても難しい」

 パク・ソルメという作家が難解だというのは、韓国でも定評があるらしい。だからか、最初に韓国語で読んだ時はベールの向こうに何があるのかよくわからなかった。その後、仕事として翻訳チェックをしながら一字一字撫でるように読んだ。少しわかったような気になった。さらに3月に日本語版が出たので、まずはと巻末の訳者解説を読んだら、なるほど思ったことも多く、3回目を読んだ。しばらくして、朝日新聞に掲載された金原ひとみさんの書評を読んで、ああ、そうだよねと4回目。ここにきて、ページごとの文字がやっと立ち上がってきた。

 「光州について書きます。5月だから」

 編集者に伝えた。

 

『もう死んでいる十二人の女たちと』は8つの短編からなっており、そのうちの1つ「じゃあ、なにを歌うんだ」は「光州事件」をテーマにしている。

 1980年5月に韓国南部にある光州市で、民主化を求めて立ち上がった学生・市民に対し、当時の韓国軍が武力で鎮圧し多くの死傷者を出した。市民への無差別発砲は誰が命令し、どのように行われたのか? 40年を経過した今も真相究明が続いている。韓国での正式名称は「5・18民主化運動」という。

 ただ、「じゃあ、なにを歌うんだ」は、その「光州事件」や「民主化運動」そのものを解説するような小説ではない。40年前の光州で実際に起きた出来事を知りたい人には、後で紹介する映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年、チャン・フン監督)や『光州5・18』(原題『華麗なる休暇』、2007年、キム・ジフン監督)などが参考になると思う。この小説はむしろ、それらの映画なども含めた「光州を伝えること」について、一生懸命考える作品である。

 

 

1985年に光州で生まれた作家、パク・ソルメ

 

 著者であるパク・ソルメは1985年、光州で生まれた。一人称で書かれた小説は、旅先の米国サンフランシスコから始まり、3年後の「事件から30周年を迎えた5月の光州」につながっていく。時代としては2007年から2010年ぐらい、著者の体験がベースになっている。

 冒頭から刺さる言葉が多い。主人公の戸惑いや抵抗、あえて拒絶するような言葉の数々。たとえば偶然知り合った韓国系米国人のヘナに誘われて参加した「韓国語を学ぶ会」、その日はたまたま「光州事件」がテーマとなっていた。参加者は韓国語に堪能ではない在米二世の学生が多く、配られたのも「May,18」に関する英語の資料だった。

 

 ああ、五・一八はMay,eighteenthか、と当然のことを不思議に思いながら、そう? そこ、私の故郷だよと言った。ヘナは、ほんとお? と感嘆して私を見た。なぜ驚くのか、感嘆するのか、どうして目を大きく見開いているのか考えながら、笑いながら、そう、私はそこで生まれたの、と付け加えた。そういえば、私がサンフランシスコを旅していたのは五月だった。場所はバークレー校近くのカフェで、予想もしない場所だった。私が生まれたところで三十年あまり前に起こったことについて聞く場所としてはだ。

 

 主人公はそう思いながらも、参加者に混じって「つまり、当時の韓国は……」というヘナの解説を聞くことなる。

 

 その話は間違っていなかったが、韓国語で聞くのと英語で聞くのの間にはいくつのもカーテンがあった。

 

 カーテンがあるという感覚は、その後、さまざまな場所で彼女がとらわれるものだ。そのカーテンは時に幾重にもなる。

 さらにそのカフェでの集まりには、韓国から英語の勉強に来ている留学生も参加していた。その子たちは英語の資料に出てくる単語の方につまずく。そのうちの1人がmassacreの意味を聞く。

 

 これどういう意味? いっぱい出てくるけどわからない。誰かが簡単に説明した。残忍な方法でたくさんの人を殺すこと。韓国語だと何かな? massacre、虐殺する。大学生は脚注をつけるようにmassacreに線を引き、その下に書き込んだ。虐殺する。

 

 それからしばらくして、主人公はまたしても「意外な場所で」自分の生まれ故郷についての話を聞くことになる。それは日本の京都、四条駅近くのバーだった。マスターは彼女に韓国のどこから来たのかを尋ね、「光州」と答えたら、その街を知っていると言い、さらに「光州で人がいっぱい死んだでしょ?」とも。そして友人である「ハクリュウ」という歌手が「コーシュー・シティ」という歌を作ったという話もする。

 

 そのことを3年ほどして、彼女は光州のバーで回想する。

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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