徳光和夫の昭和プロレス夜話 第6夜

「受け身の高千穂」「エリート坂口」、印象に残る日本人レスラー

徳光和夫
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 馬場さんが日本プロレスを離れ、全日本プロレスを旗揚げする直前の話です。あるとき、馬場さんが日本プロレスの道場にふらっと顔を見せたそうなんです。で、その場にいた坂口さんを手招きして風呂敷包を手渡し「これで若い連中に旨いもんでも食わせろ」と言って。その風呂敷の中身がナント札束の山。坂口さん曰く「あのときの金は日テレからの支度金だったんだろうな」と説明してくれましてね。当時、いろんな事情が重なり、日本プロレスを離脱することになってしまったものの、若い連中のことは気がかりだったのでしょう。

 

「馬場さんらしい話だなあ」

 

 そこで疑問なんですけどね。

 

「ええ」

 

 その時点、いや、それ以降も馬場さんと坂口さんの間柄は不仲じゃなかったはずなんですよ。お互いに信頼し合っていたといいますか。

 

「はい、そうでした」

 

 それなのに、なぜに坂口さんは日本プロレス崩壊後、当時は険悪な間柄だった猪木さんの新日本プロレスに合流したのでしょうか。だって、合流直前まで猪木さんは坂口さんを「片手でも勝てる」と挑発していましたし、坂口さんも「やってやる」と応戦していた。普通に考えれば、挑発してくる嫌な猪木さんと合流せず、気心も知れた、わざわざ札束の山を持参してくれた馬場さんの全日本プロレスに合流するのが筋ってもんじゃないですかね。

 

「まあ、そうでしょうね、普通に考えれば」

 

ジャイアント馬場と坂口征二、懐かしの東京タワーズ。馬場離脱にともないタッグを組んだ期間は短かったが、その強さとスケール感の大きさはBI砲を凌いでいた、と評価する専門家もいる。 写真/宮本厚二

 何か当時の事情をご存じですか?

 

「さあ……」

 

 あのですね、これはあくまでも都市伝説の範疇を超えない話なんですけど。

 

「ええ」

 

 坂口さんの奥様が馬場元子さんのことをめちゃめちゃ嫌っていて、それだったらまだ、猪木さんの当時の奥様だった倍賞美津子さんのほうが付き合いやすいということで、旦那を新日本プロレスに行かせるようにけしかけた、と。

 

「それはまた、ゴツい話ですねえ(笑)」

 

 どうなんですか、事実は?

 

「と、問われても、私の口からはなんとも」

 

 言葉を濁すということは、つまり……。

 

「いやいや、本当になんとも言えないですよ、こればっかりは(笑)」

 

 そうですか……坂口さんの奥様が元子さんと付き合うぐらいなら……と言っていたというのは、やっぱり都市伝説なのかな。

 

「まあ、あくまでも一般論ですよ。一般論として男は奥さんの言うことに従う傾向はありますよね。いやいや、本当にあくまでも一般論では。ただ、その傾向はレスラーの人たちに強かったりして(笑)」

 

 ああ、はい。

 

「まあ、これも夜話のひとつ、ということにしておきましょう(笑)」

 

(第7夜につづく)

 

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第7夜 

プロフィール

徳光和夫

1941年、東京都生まれ。立教大学卒業後、1963年に日本テレビ入社。熱狂的な長嶋茂雄ファンのためプロ野球中継を希望するも叶わず、プロレス担当に。この時に、当時、日本プロレスのエースだった馬場・猪木と親交を持つ。

 

 
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