徳光和夫の昭和プロレス夜話 第7夜

デストロイヤー、ブロディ…忘れじの外国人レスラー

徳光和夫
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 デストおじさんの夜話は、のちほどするとして。

「はい」

 徳光さんの8年間に及ぶプロレス実況アナウンサー生活の中で、鮮烈に記憶に残っている外国人レスラーは誰ですか。

「アナウンサーとしての立場という意味なら、これはもうダントツでスカル・マーフィーになります」

キレたら天下のBI砲でも止められなかった、スカル・マーフィー。昭和にはマーフィーのような怪奇的で残忍な悪役外国人レスラーがゴロゴロいた。 写真/宮本厚二

 

 あのツルッパゲの!

「そうです、そうです」

 若いプロレスファンのために少しだけ説明すると、スカル・マーフィーはいわゆる不気味で残忍な悪役レスラー。一説には子供の頃に患った猩紅熱(しょうこうねつ)のせいで、全身に毛が生えてこなかったとか。

「あ、そうだったの」

 タッグパートナーだったブルート・ジム・バーナードとのコンビも強烈でした。

この男が角材で大木金太郎をぶん殴った、ブルート・ジム・バーナード。試合中、奇妙な叫び声を張り上げつつ、リング下を徘徊していた。 写真/宮本厚二

 

「どんなレスラーでしたっけ? バーナードって」

 大木金太郎選手の耳を角材でぶん殴って、半分ちぎれさせたヤツです。

「ああ、思い出した! あの2人のコンビはブルクラ(ディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・コワルスキー。第1夜参照)のコンビとは違う意味で恐怖でしたよね。ブルクラは明るい悪役といいますか、腕力の怖さがありましたけど、スカル・マーフィーとバーナードのコンビは逆に陰湿で、常に残酷な雰囲気を醸し出していたんですよ。

 さきほど“アナウンサーの立場として”と言ったのも、実は馬場さんに、こう注意されたんです。“徳さん、今度来日するスカル・マーフィーっていうレスラーは本当に危ないヤツなんだ。完全にクレイジー。だから、場外乱闘になっても、実況席でヤツと目を合わせちゃダメだよ。目が合った瞬間、血だるまにされるかも。そうなったら、俺たちでも助けられないかもしれない”と言われ、実際にスカル・マーフィーが場外乱闘になだれ込んだときには、実況アナウンサーとしてあるまじき行為ではありましたが、ずっと下を向いたままでしたね。

 いや、下を向いたあとに、ずっと無人のリングを見つめていました。私のすぐ隣では、その日のマーフィーの対戦相手だった星野勘太郎選手がゴングでぶん殴られていたようですが、そちらのほうには一切、目をやらず“星野選手、場外でマーフィーに捕まっています! さあ、どうなる、星野勘太郎!”と絶叫しましたけども、どうなると言っても、見てないんだから、非常に無責任な実況でしたよね(笑)」

 リング外でも怖かったですか、スカル・マーフィーは。

「ええ、もう怖いレスラーでしたよ。悪役レスラーというのはリングを降りれば意外と陽気だったり、大人しかったり、礼儀正しい選手ばかりでしたけど、マーフィーとバーナードは控え室でもドッタンバッタンうるさく暴れていましたから。彼らが来日していた時期の控え室には近づきたくなかったなあ。ホントにプライベートでも絶対に近寄りたくなかった。そこがリングじゃなくても、何か気に障るようなことをしたら最後、アッという間にこちらが血だるまにされちゃう恐ろしさがある。警察が来ようが気にしないような連中でしたもんね、マーフィーとバーナードって」

 そりゃ恐ろしい。

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 第6夜

プロフィール

徳光和夫

1941年、東京都生まれ。立教大学卒業後、1963年に日本テレビ入社。熱狂的な長嶋茂雄ファンのためプロ野球中継を希望するも叶わず、プロレス担当に。この時に、当時、日本プロレスのエースだった馬場・猪木と親交を持つ。

 

 
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