カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第4回

韓国ドラマ・映画と北朝鮮――映画『南部軍』(1990)からドラマ『愛の不時着』(2019)まで (2)

「北のヒーロー」――その系譜
伊東順子

新しい南北関係、起点としての映画『南部軍』(1990

 その3年後の1990年、私は韓国に留学した。社会のいたるところに民主化の躍動感があふれていた。たとえば学生街の書店では『オモニ』という小説が山積みになっていた。著者名を見て驚いた。マクシム・ゴーリキー、ああこれは『母』なのだ。禁止なっていた社会主義圏の本なども続々と翻訳され、表現の自由は一挙に弾けた風だった。そんな折、同居人だったソウル大生カップルに誘われ映画が『南部軍』(邦題『南部軍 愛と幻想のパルチザン』チョン・ジヨン監督、1990年)である。当時、大学生必見の作品と言われていた。

 映画は朝鮮戦争時、朝鮮半島南部で活動した北のパルチザン部隊(通称:南部軍)の物語だ。従軍記者だったイ・テの同名手記が原作となっている。

 それまで軍事政権下の韓国では、朝鮮戦争に関してはプロパガンダ的な「反共映画」がほとんどだった。北朝鮮や共産主義者は常に絶対的な悪、顔のない鬼のように恐ろし人々だった。ところがこの映画『南部軍』はその共産主義者を「苦悩する人間的な存在」として描いていた。それ自体が長らく韓国現代史のタブーに挑むことであり、この作品こそが90年代から始まった「歴史検証としてのエンタメ」のパイオニア的作品といえる。

 私自身は当時まだ韓国語はほとんどわからず、映画の内容を理解するのは大変だったが、各シーンは大変印象的だったし、何よりも主演俳優に馴染みがあった。主演のアン・ソンギは、日本でも映画ファンの間でもよく知られた存在であり、『風吹くよき日』 (イ・チャンホ監督、1980年)はミニシアター界隈で韓国映画ブームを起こした。韓国系米国移民を描いた、アン・ソンギ主演の名作『ディープ・ブルーナイト』(ペ・チャンホ監督、1985年)は、今も「私の好きな韓国映画ベスト10」に入る。

 当代のスター俳優であるアン・ソンギが北朝鮮側の人間を、共産主義者を演じることの意味は大きかった。過去にはキラー役しか与えられなかった北朝鮮側の人々が主役になり、その作品にアン・ソンギ、チェ・ミンス、チェ・ジンシルなどの当時の人気俳優が出演する。

 その流れを引き継いだのが『JSA』のソン・ガンホであり、さらに『愛の不時着』のヒョンビンである。アン・ソンギ、ソン・ガンホ、ヒョンビンに連なる、韓国のトップスターが演じる「北のヒーロー」の系譜、以下はその系譜につながる作品のリストである。ぜひ、見てほしいと思う作品、日本でも見やすい作品を、いくつか抜粋してみた。

 

『南部軍 愛と幻想のパルチザン』1990、チョン・ジヨン監督

朝鮮戦争のおり、韓国南部の山岳地帯で最後まで抵抗を続けた、共産軍側のパルチザン部隊「南部軍」に身を投じた人々の物語

アン・ソンギ(パルチザン活動に参加した従軍記者)、チェ・ジンシル(南部軍の従軍看護婦)、チェ・ミンス(共産主義を信奉して従軍した大学生)

 

『JSA2000、パク・チャヌク監督

1999年10月28日午前2時16分、南北休戦ラインにある共同警備区域の北朝鮮側詰所で、北朝鮮軍の将校と兵士が韓国軍兵士により射殺される事件が発生した。その事件の背景には予想外の事実が……。

ソン・ガンホ(朝鮮人民軍中士、オ・ギョンピル)、シン・ハギュン(朝鮮人民軍兵士 チョン・ウジン) イ・ビョンホン(韓国軍兵長 イ・スキョク)、キム・テウ(韓国軍一等兵 ナム・ソンシク)

 

『ブラザーフッド』2004、カン・ジェギュ監督

同民族同士の戦いに翻弄された兄弟の話。民族の悲劇、そしてリアルな戦場シーンが話題となった。韓国で当時のトップスター、チャン・ドンゴンは家族を守るために韓国軍と北朝鮮軍の両方で戦うことを選ぶ。

チャン・ドンゴン(兄、ジンテ)、ウォンビン(弟、ジンソク)

 

『義兄弟 SECRET REUNION2010 チャン・フン監督

脱北者暗殺のために南に派遣された工作員と、そこにかかわる韓国の情報関係者。その人間的交流を描いている。

カン・ドンウォン(北朝鮮の工作員、ソン・ジウォン)、ソン・ガンホ(韓国の情報機関の一員)

 

『ハナ 奇跡の46日間』 2012 ムン・ヒョンソン監督

「男の友情もの」が多いこのジャンルで、女性が主役の本作は稀有な存在。舞台は1991年の日本。幕張で開催された世界卓球選手権大会で、韓国と北朝鮮が史上初の南北統一チーム・コリアを結成して出場した実話が映画化された。南北チームの男女のほのかな恋愛も描かれた。

ペ・ドゥナ(北朝鮮のエース、リ・プニ)、ハ・ジウォン(韓国のスター選手、ヒョン・ジョンファ)、イ・ジョンソク(北朝鮮の男子選手、チェ・ギョンソプ)

 

『シークレット・ミッション』2013、チャン・チョルス監督

北朝鮮から韓国に送り込まれたエリート工作員たちが物語。『サイコだけど大丈夫』で大人気のキム・スヒョンやイ・ヒョヌなど人気の若手アイドル出演のスパイ・コメディ

キム・スヒョン(北朝鮮のスパイ、リュファン)、イ・ヒョヌ(北朝鮮のスパイ、ヘジン)

 

『コンフィデンシャル/共助』 2017 ユン・ヒョンホ監督

北朝鮮と韓国の刑事のアクション・バディもの。ヒョンビンにとっては、この時が初の「北のヒーロー」役。2017年の韓国で大ヒットした作品。

ヒョンビン(北朝鮮の刑事、リム・チョルリヨン)、ユ・ヘジン(韓国の刑事、カン・ジンテ)

 

『鋼鉄の雨』2018 ヤン・ウソク

こちらも北朝鮮のクーデターを背景にした、バディもの。ここらへんになってくると、Netflixなどの米国資本などが入ってきて、朝鮮半島情勢はエンタメにとって格好の舞台ともなっている。

チョン・ウソン(北朝鮮の最精鋭要員、オム・チョルウ)、クァク・ドウォン(韓国の外交安保首席、クァク・チョルウ)

 

その他、「北のヒーローもの」ではないが、朝鮮半島情勢を扱った話題作としては、『シュリ』(1999)、『トンマッコルへようこそ』(2005)、『クロッシング』(2008)、『戦火の中へ』(2010)、『高地戦』(2011)、『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』(2018)等がある。

 

 

 

 

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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