カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第4回

韓国ドラマ・映画と北朝鮮――映画『南部軍』(1990)からドラマ『愛の不時着』(2019)まで (2)

「北のヒーロー」――その系譜
伊東順子

イ・ビョンホンも怖かった北朝鮮。韓国人の意識の変化と映画『JSA』(2000年)

 「子どもの頃、北韓(プッカン)の人は怖いと思っていました。小学校の頃に学校で使った教材では、北韓の人には角が生えていた」

 いまさらだが、ここでイ・ビョンホンが言う「北韓」(北韓国)とは北朝鮮のことだ。逆に北朝鮮では韓国のことを「南(ナム)朝鮮(チョソン)」と呼ぶ。これは対語になっている。現在、朝鮮半島にある二つの政府、つまり「朝鮮民主主義人民共和国政府」と「大韓民国政府」が成立したのは、日本の敗戦から3年後の1948年のことだった。当初は日本軍の武装解除のために米国とソ連が二国間で決めた分割占領案だったが、後に二つの政府がそれぞれ朝鮮半島における自らの正当性を主張し、そのために互いの呼称もクロスしている。1950年には朝鮮戦争が勃発し、双方が甚大な被害をもたらした後、1953年に板門店で休戦協定が結ばれた。

 その板門店が映画『JSA』の舞台である。JSAとは Joint Security Area(共同警備区域)の略。休戦協定以後、そこは韓国軍と北朝鮮軍が共同で警備する区域とされていた。

 日本で今、この映画はアマゾンプライムの配信で見られる。そこにある紹介は以下のとおりだ。

 

 南北分断の象徴である38度線上の共同警備区域(JSA)で起こった射殺事件。陳述書には南北で全く異なる報告が記されていた。そして両国家の合意のもと、捜査は中立国監視委員会の手に委ねられ、韓国系スイス人である女性将校・ソフィーが派遣される。彼女は事件の当事者と面会を重ねながら徐々に真相に迫っていくが、そこには全く予想外の「真実」が隠されていた……。

https://www.amazon.co.jp/JSA-%E5%AD%97%E5%B9%95%E7%89%88-%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%9B/dp/B0787G9LRS

 

 映画はフィクションではあるが、朝鮮半島情勢についての解説もあり、また巨済島の捕虜収容所で起きた事件など、歴史的に重要な部分にもふれてある。朝鮮半島の南北対立の歴史を知るにはうってつけの教材ともいえる。

 ところで、この映画の封切りを3ヶ月後に控えた2000年6月、朝鮮半島に異変が起きた。北の金正日総書記と南の金大中大統領による初の南北首脳会談が実現したのだ。

 3年にもわたる壮絶な地上戦、その後半世紀に及んだ憎悪と敵対の関係に終止符をうち、両国のリーダー同士が対話をするという歴史的な出来事には、当事者だけでなく世界中が興奮した。

 私はこの時のソウルにいたが、両首脳の握手の瞬間には街のあちこちから歓声が上がり、ソウルのプレスセンターでは外国人記者までが涙を流していた。そして、この時から韓国社会は一気にお祭りムードに突入し、その中で公開された映画『JSA』は、新しい南北関係を象徴する映画として国民から大歓迎された。イ・ビョンホンのインタビューは、その「時代の変化」への驚きを表していた。

次ページ   パワワードとしての「ヒョン」
1 2 3 4
 第3回
第5回  
カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

韓国ドラマ・映画と北朝鮮――映画『南部軍』(1990)からドラマ『愛の不時着』(2019)まで (2)