アカデミー賞の季節になってきた。韓国では昨年の『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)に続き、今年も『ミナリ』(リー・アイザック・チョン監督)が話題になっている。『パラサイト』は外国映画として初の作品賞に輝き、さらに監督賞、脚本賞、国際長編映画賞など4冠に輝いた。一方、『ミナリ』はアメリカ映画ではあるが、監督も主演男優も韓国系であり、さらに韓国の国民俳優ともいえるユン・ヨジュン、彼女の助演女優賞への期待で盛り上がっている。
映画『ミナリ』は昨年2月のサンダンス映画祭で初公開、グランプリ受賞となった。その後も数々の賞に輝いたことで、韓国メディアで再三取り上げられおり、3月の劇場公開は待ちに待たれたものだった。韓国では3月3日、日本では3月19日に封切り、これまで賞の話題ばかりだったが、やっと内容に踏み込んだ話も聞こえてくるようになった。「移民」、「家族」、「宗教」、「スティーヴン・ユァン」……。
『パラサイト』の時もそうだったが、この映画についても韓国では決して称賛一色ではない。過去はともかく、今の韓国人は「同胞映画だから」と手放しで喜ぶような人々ではない。このことについては、私自身の監督への疑問とあわせて最後にふれる。
まずは「花札(ファトー)」の話から
さて、昨年の『パラサイト』の時は韓国にいたが、『ミナリ』は日本で見ることになった。日本のお客さんはとても静かだ。韓国だったら、もう少しざわざわしていたかもしれない。同じ頃、ソウルの劇場で見た友人は「一緒に見た夫が号泣」とも言っていたし、笑わせる場面もいくつかあった。例えば、いきなり「花札」が登場するシーンとか。
「花札」の韓国語読みはファトー。日本のものと同じだが、よく見ると「小野道風」が韓服を着ていたり、ルールにも韓国風の大胆なアレンジがある。
「えー、オリジナルと違うんですか?」と誰かに言われたら、ぜひアメリカ映画『ジョイ・ラック・クラブ』(1993年、原作 エイミ・タン 監督 ウェイン・ワン)をお勧めしてほしい。中国から移住してきた4人の女性とその娘たちの物語で、雀卓を囲む小母さんたちがユダヤ人の麻雀を腐すシーンは愉快だった。『ミナリ』に先んずること30年、アジア系移民をテーマにした映画はオリバー・ストーンの総合プロデュースで世界的注目を浴びたが、そのオリバー・ストーンこそがユダヤ系、アイディアはそこから出たのかもしれない。
その『ジョイ・ラック・クラブ』がヒットしていた頃、ソウルからアメリカ行きの飛行機に何度か乗ったことがある。そこで目撃したのは、後ろの方で車座になって花札をする韓国のおばあちゃんたちだった。その頃の飛行機はまだ煙草も吸えたし、今よりもずっと「治安」が悪かった。酔っ払って客室乗務員の絡む日本人男性も国賊モノだったが、花札のおばあちゃんたちに対しても韓国メディアが「恥ずかしいからやめてくれ」と再三の注意を促していた。
それを思い出して思わず笑った。韓国のおばあちゃんあるある。怒られてもめげない。そんな韓国のおばあちゃんを演じるユン・ヨジュンは、すっとぼけた表情がとても魅力的だ。彼女を見ながら、あらためて韓国の俳優ってすごいなと思った。ソン・ガンホなどもそうだが、特に「無表情の演技」が最高に上手い。ぜひとも助演女優賞に輝いて、アジア人の無表情の奥の深さを全世界にピールしてほしい。
花札の他にも「口移し」「鹿の角が入った煎じ薬」など、映画『ミナリ』には韓国系の人々が共有する「笑いのツボ」や様々なシークレット・メッセージがある。先に紹介した『ジョイ・ラック・クラブ』もそうだが、そんなコミュニティの秘密がアメリカ映画の奥行きの深さになっている。それは日本にもあって、たとえば在日コリアン作家らによる映画『月はどっちに出ている』(原作 梁石日 脚本 鄭義信 監督 崔洋一)や演劇『焼肉ドラゴン』(作・演出 鄭義信)なども、マイノリティ社会が共有してきた「笑いのツボ」が随所に散りばめられている。
「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。