なぜ、ドラマ『SKYキャッスル』が韓国を知るうえで重要と言われるのか?
日本とはいろいろ違う、韓国の大学受験
「ポートフォリオ」である。
「ごめんなさい。息子のポートフォリオは公開しないつもりだから」
盛大なパーティもしてもらったし、高価なプレゼントをもらった。それにもかかわらず、合格した子の母親は皆の願いを拒絶する。絶望する母親たちが欲しがったポートフォリオとは何なのか?
日本でも一部の大学の入試では取り入れられているようだが、あまり一般的な言葉ではないと思う。これは簡単にいえば「履歴書」のようなもので、受験生個人が今まで積み上げてきた様々なスペックをまとめたものである。たとえばコンクールでの受賞歴やスポーツ大会で記録、そして委員会や学校行事での活躍、さらに学外での論文発表やボランティア活動など、さまざまな分野でどのような成果をあげたかをまとめた個人の記録だ。
他所の子のポートフォリオなどがどうして見たいのか? そこには日本にはない韓国的な事情がある。
- 韓国のトップ校の多くは学科試験ではなく、ポートフォリオを必要とするAO入試(自己推薦型入試)である。
- SKYレベルの大学になると、高校での各教科の内申書はほぼ満点の場合が多いので、ポートフォリオが勝負になる。
以前は、韓国でも日本と同じく、センター試験(韓国では「修能(スヌン)試験という)と大学ごとの二次試験で合否が決まった。したがって合格するためには、とにかくガリ勉しまくるしかなかった。ところが1990年代の半ばから、その暗記中心の学校教育に対して、各方面から疑問の声が上がっていた。「学問とは暗記ではない。もっと生徒の個性を伸ばすような、創造力を養うような教育にしなければいけない」と。
非常に正しい。反論する人はいなかった。そこで2000年代になってから、米国式のAO入試制度(韓国では「随試(スシ)」という)が取り入れられた。当初はその割合が低かったのだが、しだいにそちらが優勢になり、特にSKYを始めとする難関大学では、入学者の7~8割をAO枠が占めるようになった。
そこで、多くの生徒たちは勉強方法を変えなければいけなかった。これまでのような共通試験や二次試験対策をするのではなく、まずは定期テストを頑張って内申点を上げること。それに加えて、ポートフォリオに書けるような、高いスペックを積まなければならなくなった。さらに「大学がどんなポートフォリオを好むのか」、その情報も必要になった。母親たちが合格者のポートフォリオを見ようとする理由はそこにある。
入試コーディネーター
AO入試制度の当初の目的は「勉強だけではなく部活や生徒会、あるいはボランティア活動なども一生懸命やってくださいね。それで総合的に合格を判断します」という建前だった。ところが教育熱心な親たちは、そのためにどうすればいいかを悩み、それを狙ったビジネスも登場した。それがドラマにキーパーソンとして登場する「入試コーディネーター」である。
もちろん、入試対策やカウンセリングという業務は、市中の学習塾でもやってくれるのだが、「噂のコーディネーター」は別のところにいる。『SKYキャッスル』では、銀行のVIP会員向けにそのチャンスが与えられる形になっていたが、実際には「口コミ」がほとんだ。有名コーディネーターの多くは仮名で活動しており、ネット検索などではひっかからない。非常に限られた人の間でのみ紹介されることが多い。
「でも怖いのは、わざとハズレを掴まされることもあるんです。だから注意が必要」
そんな話を聞いて、にわかに信じられるだろうか? いくら、ライバルを蹴落とすためと言っても、そこまでする? そんな疑問を韓国の友人たちにぶつけてみると、「する人はするでしょう」とあっさり答えてくれた。それほど、おそらく日本人が考える何倍も、韓国社会における「学歴」の価値は重いのである。
だから他のことでは立派な人や、社会的な地位の高い人でも、子どもの教育となると驚くような行動をとったりもする。最近でも朴槿恵元大統領の側近であった崔順実の娘とか、あるいは文在寅大統領の側近だった曺国前法相の娘の不正入学疑惑などが話題になった。
曺前法相の場合は本人ではなく妻が、主に書類の偽造などに関わったということで、一審で有罪判決を受けた。「政治的な謀略」という説もあるが、たとえそうだとしても「不正入学問題」が利用されるというのが韓国らしい。曺前法相も妻もソウル大学出身のエリートであることから、2019年秋に疑惑が発覚した時には、「『SKYキャッスル』の続編が始まったみたい」という声をあちこちで聞いた。
「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。