カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第10回

なぜ、ドラマ『SKYキャッスル』が韓国を知るうえで重要と言われるのか?

――「上流階級の妻たち」がモンスター化する、その理由
伊東順子

「科挙制度」の伝統と平等主義

 韓国の親たちがモンスターになる理由を考えていると、日本との違いもまた浮き彫りなる。それはいくつもあるのだが、たとえば以下の例などがわかりやすい。伝統的科挙制度の「平等主義」を考えれば、当然ともいえることである。

 

  • 小学校からのエスカレート校が韓国にはない。
  • 日本の私立の医科大学のような、飛び抜けて高額の学費の大学がない。

 

 たとえば日本の最難関大学の一つの慶応大学。ここには小学校(慶応幼稚舎)からの内部進学というルートがあるし、最近では早稲田大学なども付属校からの内部進学が増えているという。韓国にはこの内部進学という制度がない。

 「SKY」の一角である、高麗大学と延世大学はよく早慶にたとえられるが、両校には付属高校も附属中学もない。したがって「下からエスカレート式に上がってくる」ということはできない。

 そして「私立の医科大学がない」ということ。日本には●●医科大学という医学部や歯学部に特化した私立大学が各地にある。その中には「医者の子どもぐらいしか通えない」とよく言われるほど学費が高い学校もあり、事実、医師の子弟が多く通っていたりもする。しかし、韓国にはこれはない。

 医学部は国立にしろ私立にしろ総合大学の中にあり、また授業料なども他の学部と大きな差はない。つまり「学費が高いから」を理由に、私大医学部をあきらめる必要はなく、そのために日本以上に倍率が上がり、狭き門が形成される。よって、韓国では医者の子も医者になれない。とにかく大学入試においては「機会均等」、「フェアな競争」が大前提とされている。

 日本人の中には韓国の受験熱の高さを見て、「日本はまだ平和ですよね」と思う人もいるようだ。たしかに大学受験に限れば、韓国の方が熾烈な戦いであることは間違いない。ただ、どちらがフェアか? といった場合は注意が必要だ。

 少なくとも韓国には、日本のようなエスカレー式の名門校や高額な学費の私大医学部など、いわば「特権層向けの受験制度」的なものはない。特権層という言い方に問題であれば、経済的な理由による「足切り」制度がないと言えばいいだろうか。また日本の都会のような熾烈な中学受験はないし、そこから東大にごっそり入れるような中高一貫の進学校もない。

 ちなみに韓国に限らず、日本のような内部進学制度を持つ学校は、他の国でもほとんど聞かない。韓国の教育制度は確かに問題が多いが、日本も「うちは安心」というようなものでもない。日本も他国から見たら、実に異様なことも多いのだ。その中でも、特に異常なのはそのジェンダーバランスである。ここ数年来、東京大学の入学者は8割が男子学生というが、これは欧米はもちろん、東アジア諸国のトップ大学ではありえない。韓国のソウル大学でも4割強が女子学生、英米や中国のトップ校は女子学生の方が多くなっている。

 以前、『82年生まれ、キム・ジヨン』について書いた時に、「日本の地方都市には未だに女の子は地元の大学に行けという人がいる」と書いたことがある。それを韓国の女性が聞いたら驚くだろう、と。先日、『ドラゴン桜』という日本のドラマを偶然見たら、そこにも「女の子に大学なんか……」と発言するお父さんが出ていた。少なくとも韓国では、そこらへんの問題はクリアされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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