クトゥルー神話の創造者──ラヴクラフト翻訳奇譚── 第一回

題名のつけ方とインスマスの「影」について

南條竹則

 漫画にアニメ、SF小説、映画、ボードゲームに至るまで、様々なジャンルにモチーフを提供し続けるクトゥルー神話。完全に架空の世界でありながら、まったく独自であるが故に今も確固たる地位を占める、その体系の創造者がH・P・ラヴクラフトだ。
 本連載の著者である南條竹則氏は、これまで五冊が刊行された新潮文庫の大好評シリーズである、ラヴクラフト傑作選を翻訳した。独自の世界観は勿論のこと、多様な語彙、音声体系、タイトルなど、日本語への翻訳がとりわけ困難な作品群と、訳者はどのように対峙し、複雑怪奇な文章へと分け入ったのか。
 クトゥルーファン必読、マニアも唸るラヴクラフト翻訳論。

序

 わたしが初めてハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説に接したのは、創元推理文庫で最初に出た大西尹明訳『ラヴクラフト傑作集(Howard Philips Lovecraft、1890-1937)』によってだった。その時は中学二年生で、同じ東京創元社の『怪奇小説傑作集』も『ポオ全集』もまだ読んでいなかったと思う。

 忘れもしない。わたしは当時、平野威馬雄氏が主宰する「お化けを守る会」に入っていて(最年少会員だ!)、その例会が北松戸のお寺で開かれ、くだんの文庫本をポケットに入れて行った。

 会が始まったのは午後四時頃だったかと思うが、わたしは定刻よりも一時間くらい早く着いてしまい、時間をつぶすために寺の近所を散歩した。すぐそばに畑があり、葱坊主が並んでいたのを思い出す。わたしは笹藪の崖をおりて公園のベンチに腰かけ、ポケットから本を取り出して、「インスマウスの影」*を読んだ。

 その時の明るい陽射しと、ゼイドック爺さんが沖の岩礁をチラチラ見ながら次第に狂乱してゆく場面とが、記憶の中で結びついている。

 HPL氏との出会いは圧倒的な体験で、邪神教徒となり了
おお
せたわたしは、学校の友達をつかまえては「ラヴクラフト、ラヴクラフト」と叫んだ。

 そんな友達の一人にT君がいた。

 彼は美術部の部長だったが、ほかに部員がいたのかどうか知らない。文化祭の時、美術室へ行くと、壁にT君の作とおぼしい絵が一、二枚かかっているくらいで、寂しいことこの上ない。「おまえも何か描け」とT君がいう。わたしは四百字詰原稿用紙に「壁の中の鼠」のラスト──狂った主人公が息子の友達を貪り喰う場面を鉛筆で殴り書きし、本文をうろおぼえで引用して、壁に貼ってもらった。

 見物に来た中年の女性が部屋の中をぐるっとまわってから、「しっかりした作品もありますのね」とT君に感想を述べたが、もちろん、わたしの作品のことではなかった。

 そんな風だったから、高校に入って、創土社から『ラヴクラフト全集』が出ることを知った時は狂喜した。興奮のあまり創土社に葉書を出したら、PR誌に読者の声として載せられた。

 『幻想文学怪人偉人列伝』の著者・礒崎純一氏は、わたしがとうになくしてしまったそのPR誌を持っていて、彼の本に引用している。

 ニクラシイですな。なんという企画をたてるんです。あきれ返ってものも言えない。ホフマンを買わせ、ジャン=パウルを買わせ、そのうえまたラヴクラフト! おお、ポセイドン、願わくばわが足を書店より遠のけたまえ!

(『幻想文学怪人偉人列伝』筑摩書房、191頁)

 当節流行
はや
りの「黒歴史」という言葉は、こういうことに当てはまるのだろう。

 その後、早稲田大学の幻想文学会というサークルに入って、「幻想文学」誌の編集部に入りびたっていた頃、国書刊行会が『定本ラヴクラフト全集』を出すことになり、翻訳者を募集した。応募者は試しに散文詩「忘却よりEx Oblivione」を訳して提出せよという。わたしもやってみたところ合格し、「祝祭」など二、三の短篇と詩の一部の訳を割り当てられた。

 しかし、小説は良いけれども、詩を訳す自信はさらさらない。そこでわたしなどよりも日本語の素養がある倉阪鬼一郎氏に頼んで、共訳した。わたしが第一稿を作り、倉阪氏が手を入れ、決定稿に近いものをわたしの家に持ってきて、ちゃぶ台で白ワインを飲みながら一緒に推敲したのである。ただし、「荒
あれ紙
し
」というエリオットのパロディーだけは、作品の性質上、わたし一人で翻訳した。

 歳月はめぐり、還暦をすぎたかすぎないかの頃、新潮社から翻訳の依頼を受けた。新潮文庫でラヴクラフトの傑作集を出したいという。

 最初は一巻だけのつもりで「ダンウィッチの怪」などの名作を訳したところ、存外好評を得たので続巻を出しつづけ、結局、この夏に出た『未知なるカダスを夢に求めて』で都合五冊になった。

 それらを翻訳している間にラヴクラフトとその作品について考えたことが、いろいろある。本連載では、筆の向くままにそれを綴ってゆこうと思う。


 本稿の前半はKADOKAWAの雑誌「怪と幽」vol. 022に掲載した「HPL氏との出会い」を加筆修正したものである。

* 大西訳の表記による。


「白い類人猿」

 ラヴクラフトの初期の短篇に「故アーサー・ジャーミンとその家系に関する事実」というのがある。原語は「Facts Concerning the Late Arthur Jermyn and His Family」――最近のアニメのタイトルなどならともかく、当時の小説の題としてはいかにも長い。しかし、長いことには理由があった。

 この話の主人公アーサー・ジャーミンは英国の准男爵で、オックスフォード大学を首席で出、アフリカの民俗学の研究に打ち込む。詩人肌の繊細な人だが、その風貌は、顔つきといい、手の長さといい、異様だった。

 彼の家系には、そうした異貌の持主が他にもいた。

 五代前の先祖ウェイド・ジャーミンはコンゴ一帯を探検し、ポルトガル系と称する妻と息子を連れ帰った。この妻は誰も顔を見たことがなく、その後、夫に同行してアフリカへ行き、帰らなかった。

 二人の間の息子フィリップは容貌も振舞いも尋常でなく、船員となったが、船がコンゴ沖に停泊している時、行方不明になった。その息子ロバートは普通の顔形で、やはり民俗学の研究をするが、狂って自分の息子たちを殺してしまう。

 殺された息子の一人ネヴィルの息子アルフレッドはサーカスでゴリラの調教をし、そのゴリラと格闘して殺される。アーサーはこの人の子供だった。

 アーサーが研究するコンゴには、こんな言い伝えがあった。

 ジャングルにかつて謎の石造都市があり、そこを築いたと思われる白い類人猿が棲んでいた。類人猿の王女は西から来た白い神の妻となり、息子が生まれると立ち去ったが、その後戻って来た。王女が死ぬと、夫は亡骸をミイラにして石造りの墓所に葬った云々。

 そのミイラとおぼしきものが発見され、コンゴからアーサー・ジャーミンのもとへ送られる。ところが、それを見たアーサーは油をかぶって焼身自殺する。

 ミイラが身におびていた金のロケットにはジャーミン家の紋章が入っていたのだった──

 この作品では、アーサー・ジャーミンが「白い類人猿」の血を引いているという事実が、一族に関係する諸々の事実によって暗示され、最後の最後に種明かしされる。だから、わざともってまわった題名をつけたのである。

 これは最初同人誌に本来の題名で発表されたが、その後、「ウィアード・テイルズ」誌に掲載された時、当時の編集者エドウィン・ベアードは、題名を「白い類人猿The White Ape」という身もフタもないものに変えてしまった。

 そのことを事前に知らされたラヴクラフトは困惑し、ベアード宛の手紙(一九二四年二月三日付)にこう書いた──

 しかし、あの非ラヴクラフト的な表題が私にいかなる憂愁の感情を与えたかを考えると、私は最初の決意に戻りつつあります。すなわち、私のつける題名は、物語と切り離せないものと考えてもらわねばならず、題名をそのままにしないならば、作品全体を不採用としてもらわねばならない、ということです。

 右の一例を見ても、ラヴクラフトが作品の題名に深く意を用いる作家だったことがわかる。

「Fungi」とは何ぞや?

 ソネット集「Fungi from Yuggoth」の題にも、そんな彼の凝
こ
り性がにじみ出ている。

 これはまた、じつにおかしな題名だ。

 英語の「fungi」は「fungus」の複数形で、ラテン語の第二変化名詞「fungus」に由来し、キノコ、カビなどの菌類を意味する。そして「Yuggoth(ユゴスの表記が一般的だが、今はユッグゴトフとしておく)」は星の名だから、「Fungi from Yuggoth」は「ユッグゴトフ星から(来た)菌類」ということになろう。それなら、キノコやカビを題材にした詩集なのかというと、そうではないから翻訳者は考え込んでしまう(ちなみに、題名を亀井勝行訳は「ヨゴス星より」、森瀬繚訳は「ユゴスよりの真菌
きのこ
」としている)。

 くだんの詩集で実際に「fungi」が出てくるのは、ソネット第十四番「Star‐Winds」だけだ。

This is the hour when moonstruck poets know
What fungi sprout in Yuggoth, and what scents
And tints of flowers fill Nithon’s continents,
Such as in no poor earthly garden blow.
この時刻、月に打たれた詩人たちは知る──
ユッグゴトフにいかなるfungiが生えるか、そして
哀れな地球の庭には咲かぬ花々の
いかなる香りと色がニトンの大陸を満たすかを。

 御覧の通り、原文に「What fungi sprout」とあり、「sprout」という動詞は、植物の芽や葉っぱ、つぼみ、花などが「出る」意味で使われるから、ここにいう「fungi」はカビというよりもキノコだろう(粘菌でもいいかもしれないが)。

 またラヴクラフトは「ウィアード・テイルズ」の編集者ライトへの手紙(一九二七年一月十五日付)で、自分の詩についてこう述べている。

 さて──ここにあなたのために手で摘んだ十のFungiがあります──願わくは、これらが貴誌の表紙の間に花咲く不浄なる庭園を、然るべき病的さで飾らんことを。

 原文には「手で摘んだhand-picked」とあるから、やはりキノコであることがはっきりする(カビは手で摘まないだろう)。しかし、キノコを題材にしたのでない詩までもキノコと呼ぶのはなぜなのか?

 みなさんはもうおわかりでしょう。

 英語で「Greek Anthology」といえば、古代ギリシアの詩の有名な集成を指す。「anthology」という言葉はもともと「花を集めること」という意味のギリシア語だ。詩を花に、詩集を花束や花冠に見立てるのは、古代以来ヨーロッパ文学の伝統だった。

 日本でも「Greek Anthology」をしばしば「ギリシア詞華集」と訳すし、西洋古典学の泰斗・呉茂一は自ら訳したギリシア詩のアンソロジーを『花冠』とした。近いところでは、沓掛良彦氏の訳した古代ギリシア詩集は『ピエリアの薔薇』と題されている。ちなみに、これは詩集でなく物語集だが、ラフカディオ・ハーンに『飛花落葉集Stray Leaves from Strange Literature』がある。

 ラヴクラフトは自分の詩が怪奇なものをテーマとしているので、ひとひねりして花ならぬキノコと洒落たのだろう。わたしはこの詩集を訳さなかったけれど、もし何かの間違いで訳す羽目になったら「ユッグゴトフ菌類譜」とでもしようかと考えている。

文中に組み込まれた題名

 ラヴクラフトの作品を訳していると、時々小説の題名が文中の一節から取られている(あるいは文中に組み込まれている)ことに気づく。

 例を挙げてみよう。以下は「戸口にいたもの」の冒頭だ──

 私が一番の親友六発の銃弾を撃ち込んだのは本当だ。しかし、この一文によって、彼の殺害者でないことを明らかにできると思う。初めのうち私は狂人と呼ばれるだろう――アーカム療養所の個室で私が撃った男よりも狂っていると。あとになって読者のうちの何人かはそれぞれの陳述を吟味し、知られている事実とつき合わせ、あの恐ろしい証拠を――戸口にいたもの
・・・・・・・
を見たあとでは、あのように信じるしかなかったことを納得して下さるだろう。

(『チャールズ・デクスター・ウォード事件』新潮文庫、142頁)

 「眠りの壁の向こう」には、こんな一節がある──

 この時、私の頭脳は、外から一定の影響力が働きかけているのを意識しはじめた。考えを集中させるために目をつむると、その甲斐あって、長い間求めていた精神の言伝がついにとどいた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ことをはっきりと知った。(中略)
 「ジョー・スラーターは死んだ」眠りの壁の向こうから、魂を麻痺
しび
れさせるような声か力が伝わって来た。

(『未知なるカダスを夢に求めて』新潮文庫、42頁)

 ラヴクラフトのこうしたやり方は、本文の文脈から題名の意味を理解するのに役立つ。その顕著な例を次回御覧いただくことにしよう。

  • 本文中に引用したラヴクラフトや他の著者の作品・書簡は、とくに記さない限り、筆者自身の訳である。

 出典などに関して詳しいことは、連載最終回に明記する。

クトゥルー神話の創造者──ラヴクラフト翻訳奇譚──

 漫画にアニメ、SF小説、映画、ボードゲームに至るまで、様々なジャンルにモチーフを提供し続けるクトゥルー神話。完全に架空の世界でありながら、まったく独自であるが故に今も確固たる地位を占める、その体系の創造者がH・P・ラヴクラフトだ。  本連載の著者である南條竹則氏は、これまで五冊が刊行された新潮文庫の大好評シリーズである、ラヴクラフト傑作選を翻訳した。独自の世界観は勿論のこと、多様な語彙、音声体系、タイトルなど、日本語への翻訳がとりわけ困難な作品群と、訳者はどのように対峙し、複雑怪奇な文章へと分け入ったのか。  クトゥルーファン必読、マニアも唸るラヴクラフト翻訳論。

プロフィール

南條竹則

1958年東京生まれ。作家。東京大学大学院英語英文学修士課程修了。学習院大学講師。『酒仙』(新潮社)で第5回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。他の著書に『吾輩は猫画家である ルイス・ウェイン伝』、『人生はうしろ向きに』(集英社新書)、『ドリトル先生アフリカへ行く』(集英社)、『怪奇三昧 英国恐怖小説の世界』(小学館)、『中華料理秘話 泥鰌地獄と龍虎鳳』(ちくま文庫)など。訳書に『タブスおばあさんと三匹のおはなし』(集英社)など多数。

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