【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第7回

ステイホーム ~内の世界②~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる
黒田映李

世界中が新型コロナウイルスに翻弄され続けるなか、気づけば終わりに差しかかりつつある2020年。今なお正常化からは程遠い日々が続く一方で、近所への買い物でさえ自粛を促され「不要不急の外出」を控えた4~5月は既に、記憶の後景へと退きつつある。未だ収束しないコロナ禍の延長線上に、Go To キャンペーンが喧伝される現在もまた存在するのだと考えれば、違和感は一層深まるばかりだろう。

去る5月、ゴールデンウィークが明け緊急事態宣言は延長された。その時に我々は何を思ったのであったか。ピアニストが瑞々しいタッチで綴った当時の日常から、その移ろいに思いを馳せる。

 

「1、ストームグラスと、ガジュマル」

 

 部屋の中には、静かに変化するものが二つある。

 

 19世紀のヨーロッパで航海士達が使っていたという、ストームグラス。天気予報の道具だそうだ。

 樟脳、硝酸カリウム、塩化アンモニウムをエタノールに溶かしたものが雫型のガラスの中に詰められていて、そこに出現する結晶の形で天気を予想することができる…と、されている。

 晴れの日は結晶が沈んで、さらさらとガラス底に敷かれている。

 嵐の日は、ふきのとうの様な結晶がふわふわと咲いてくる。

 

 他にも暑い日寒い日、雨や雪の日が来ることを予測して変化するが、結晶の変化を楽しんだ先にお天気が現れるので、時系列を揃えて観察することは日記でも付けていない限り難しい。

 

 ストームグラスはとても繊細なもののようで、置き場所を変えるとその環境に馴染むまでに一週間ほどかかり、その間、結晶は沈黙している。

 “ステイホーム”下で盛大な模様替えが行われ、居場所を変えることとなった我が家のストームグラス。昨日、とても久しぶりに結晶を形づくり始めた。

 

 

 粉砂糖のようにさらさらと結晶が敷き詰められている底から、サトウキビのような長身の結晶が数本、生えている。

 

 …明日の天気予報は、夏日のような晴れだそうだ。

 

 

 

 ガジュマル(観葉植物)も最近、お引っ越しをした。

 演奏会で頂いた時はきれいな模様入りガラスに収まっていたが、葉っぱの伸びは元気よく留まることを知らず、ガラスの入れ物は住みかとして小さくなってしまった。

 

 ふくよかな女性が片手を伸ばしているような形をしている、気根。そこから帽子の様に日傘の様に、緑色の葉っぱを方々に纏っている。その横にあるドラセナは株が小さいけれど、ガジュマルに負けじと踏ん張って育っている。

 

 これをプレゼントくださった方へは、写真と共に成長記録をお送りしている。やりとりの中でこの鉢に、“みどりちゃん”という名前が定着した。

 

 

 「よおおおく耳を澄ませてみい、花は人にお話ししよるんぞ。花の声が聴こえたら上等じゃ。」

 

 祖父は植物を育て、愛でることが上手だった。

 

 月下美人や蘭を咲かせた時は満面の笑みと共に側に呼ばれて、いつもより長めに目を凝らし耳を澄ませて、観察する時間を共有した。

 

 …開いた花の近くに耳を当てて、音のない声を聴く。

 

 うまくいかないもどかしさと、なんとなく何かが通じるような不思議な感覚を心の引き出しから出してきて、恐る恐る、でも観葉植物だからと大胆に、みどりちゃんには接してみている。

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【短期連載】ある音楽家の

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

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