ガザの声を聴け! 第36回

ガザ、崩壊寸前

清田明宏
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状況が極めて悪い。医療事業が崩壊寸前だ。ガザは2014年夏の戦争で壊滅的な被害を受けたが、あれから4年。状況は悪化する一途だが、今それがさらなる急激な危機を迎えている。

 

ガザを5月17日から21日までの5日間、緊急訪問した。

 

今回見た限り、今の状況は、2014年の戦争時よりひどい。2014年の戦争は50日間続き、街の多くが崩壊し、2000人を超える命が失われた。ガザに住む子供たちには、これが3回目の戦争であった。子供たちの思いと崩壊した街並みに胸が痛んだ(拙書『ガザ ――戦争しか知らないこどもたち』ポプラ社)。それよりもひどい惨状を、そして、当時よりも強い崩壊の危機を今回感じた。

 

ガザでは、3月30日の金曜日から、失われた土地への帰還を求める「帰還の大行進(英語:Great March of Return)」が始まった。これは、ガザにいるパレスチナ難民が、以前住んでいたパレスチナの地に戻る、いわゆる「帰還権」を求めたデモだ。ガザの人口は約200万人だが、パレスチナ難民は多く、全人口の7割に近い約140万人だ。彼らは、1948年の第一次中東戦争勃発までは、当時のパレスチナの地に住んでおり、戦争時にガザに避難した人たちとその子孫だ。

 

今回のデモは、難民とそれを支援する人々が、ガザとイスラエルとの間の40キロにわたる国境地帯であるガザ側の複数の場所に集まり行われた。参加者は若い男性が多いが、女性や家族づれもいた。デモ中は、社会的な活動・交流もあり、イスラエルとの国境にあるフェンスを目指して参加者が移動した。そこにイスラエル軍が実弾や催涙弾を発射したため、すでに13000人を超える負傷者が出ている。その負傷者がガザの医療を圧迫し、医療サービス、特に病院が崩壊の危機にあるのだ。

 

イスラエルは国防を国の最重要課題にしており、国境の警備・防衛には敏感だ。国境に近づくパレスチナ人に対して発砲を含む反応をすることがある。それはパレスチナ側、ガザ側の人々も熟知している。ではなぜ、それでも多くの若者がフェンスに向かったのか。デモに参加した若者に話を聞いてみた。その理由は様々だったが、その背景には崩壊しつつあるガザの惨状がある。

 

それを述べる前に、まず、私が直接関わるガザの医療サービスについて、なぜ今、崩壊の危機にあるかを述べていく。

 

今回の特徴はデモ参加者の負傷者の多さと、その重傷度にある。ガザの医療サービスが対応できる能力を完全に超えており、救える命が救えない状態が続いている。私と同時期にガザを訪問した英国の医師団が、「(この状況は)世界中の(どんなに設備が整った)どの病院でも全く対応不可能だ」と断言した。そんな崩壊の危機にガザはある。

 

今回のデモは3月30日以降毎週金曜日に行われ、米国が在イスラエル大使館をテルアビブからエルサレムに移転させた5月14日の月曜日に最大規模になった。このデモで、60人以上が死亡し、約2700人が負傷した。

 

この原稿を書いている5月末で、デモ参加者のうち死者は、総計約110人以上、負傷者は約13000人に上る。その負傷者の数と重傷度がガザの医療サービスを圧迫している。

 

負傷者1万3000人は、2014年の戦争の負傷者数より多いのだ。当時の負傷者総数は約11000人だった。今回、爆撃、空爆等といった戦闘行為はない。それでも負傷者数は、2014年より多い。これは大変なことだ。ものすごい数だ。

 

そして、今回は非常に重傷患者が多いのだ。この13000人の負傷者の中には約3500人以上の銃撃による負傷者、銃創患者がいる。私は救急医療・銃創の専門家ではないが、実際に負傷者を診るとその傷の凄まじさがわかり、手術を含めその処置がいかに大変かわかる。

 

銃創の多くは下肢にあった。イスラエル軍が、国境のフェンスに向かって押しかけるデモの参加者に対して、あえて下肢を狙って撃ったと思われる。致命傷にはならないかもしれないが、足の血管、神経、そして骨が銃撃で破壊されると、最悪、足を切断する可能性がある。将来的に非常に重い後遺症が残る。

 

正式な調査の結果を待たねばならないが、貫通性の強い通常のフルメタルジャケット(完全被甲弾)の弾丸だけでなく、特殊な弾丸が使われたのではないか、との話をガザの医療従事者から聞いた。完全被甲弾の場合、弾丸が人体を貫通する際、弾丸が入る射入口と弾丸が出ていく射出口がほぼ同径のことが多いが、今回、出口側の皮膚や筋肉等の皮下組織、骨等が大きく損傷している傷を見た。その場合、処置も複雑になり、切断の危険性を含め、後遺症は一層重くなる。

 

大勢の、そして重傷の患者が非常に短い時間で発生した。それが、ガザの医療サービスを崩壊の危機に追い込んでいる。

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ガザの声を聴け!

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

プロフィール

清田明宏
1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。
 
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