データで読む高校野球 2022 第5回

山田の力投がドラマを生んだ近江、強力打線が火を吹いた大阪桐蔭

ゴジキ

100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに感情論や印象論で語られがちである。そんな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。全6回にわたって、「春の甲子園」こと選抜高等学校野球大会(以下 センバツ)について様々な側面から分析していく。

第5回目は、3月30日(水)におこなわれたセンバツ準決勝、近江 対 浦和学院と大阪桐蔭 対 国学院久我山のポイントを解説する。

 

打撃力の近江と総合力の浦和学院の死闘

準決勝第1試合目は山田陽翔擁する近江と総合力が光る浦和学院の対決。それぞれのチームカラーがくっきり分かれた試合になった。

近江は山田が先発。浦和学院は準々決勝で疲れが見え始めていたエース宮城誇南ではなく、2回戦の和歌山東戦で1イニング投げていた背番号10の浅田康成が先発した。

 

今大会No.1右腕と言っても過言ではない山田だが、序盤は球が高めに浮いていた。そのため、低めに落ちるボールを多投する傾向が見られたものの、疲れの影響もあってか、ストレートは130km/h後半のままで変化球も高めに浮いていた。

 

ゲームが動いたのは4回表。2番の伊丹一博と3番の金田優太が連打でチャンスを作り、4番の鍋倉和弘が高めに浮いた落ちる変化球を捉えて先制タイムリーを放った。さらに、高山維月も低めの変化球をヒットにし追加点を奪う。浦和学院は山田の甘くなったボールを確実に狙うことで主導権を奪った。

 

ピンチが続いた近江だったが、サードの中瀬樹が三遊間を抜けそうなライナーをダイビングキャッチ。くわえて飛び出していた3塁ランナーをフォースアウトにするファインプレーを見せ、失点を2点にとどめた。そして4回裏は、その中瀬が早速出塁。5番の岡崎幸聖がタイムリーツーベースを放って1点を返した。

 

5回表になり、ようやく山田にもエンジンがかかり始めた。ストレートは140km/hを越え始めて、変化球も低めに落ち始めた。おそらく序盤は疲れを考慮して多少力を抜いていたのだろう。もしそうだとしたら、準決勝というプレッシャーのかかる舞台でペース配分ができる山田は相当度胸のあるピッチャーなのではないか。本調子でなくても大量失点しないというところもからも、ポテンシャルの高さをうかがえる。

 

浦和学院は、浅田が近江打線にタイミングを合わせられていたこともあり、5回裏から左腕の芳野大輝にスイッチ。しかし芳野も2アウトはとったものの、ランナー1,2塁のピンチを迎え、4番の山田にはなんとデットボールを与えてしまう。

 

当たったのは山田の足。打ちどころが悪かったのか、臨時代走を出す形で一度ベンチに下がることになる。筆者が映像から見ていても、非常に大きな音が聞こえたため、重大な怪我なのではないかと思わされる場面だった。

 

この満塁のピンチを迎えた浦和学院は芳野を下げ、準々決勝でもリリーフをした金田をマウンドに上げる。近江のバッターは4回裏にタイムリーツーベースを放った岡崎。真ん中に入った球をジャストミートされるも、運良くセンターフライになり浦和学院はピンチを切り抜けた。

近江からすると山田の状態に不安が残るなか、逆転のチャンスを生かすことができずに5回が終了し、流れをもってかれたかのようにみえた。

 

しかし、山田は足を引きずりながら、引き続きマウンドに上がった。足をかばっている影響か変化球は5回よりもキレが悪くなっていたものの、なんとか無失点に抑え、味方の援護を待った。

 

その粘りが功を奏したのか、7回裏の近江の攻撃では1番打者の津田基が好走塁を生かしたツーベースで出塁。2番の横田が堅実に犠打でつなぎ、3番の中瀬がスクイズを決め同点に追いつく。

この点の取り方にこそ、今大会の近江の強さがある。これまでの試合でも、劣勢の状況で終盤を迎えているなかで着実に点を取っていく姿勢をみせていた。どんな状況でも動揺せずに試合を運べる勝負強さが、ここでも生かされた。

 

それにくわえ、山田が足の痛みを押しながら投げている姿は観客を味方につけ、まるで近江がホームで浦和学院がアウェイかのような空気が球場を支配していた。

その球場の空気は、ジャッジにも影響を与えているようにみえた。8回表、浦和学院の1番、小林聖周が打った三遊間へのゴロは、小林の走りもあり内野安打になるかという当たりだったが、1塁塁審はアウトを宣告。

8回裏の山田の投球時には高めから落ちる変化球が、若干ストライクーゾンより上に外れてもストライクと判定される様子が見られた。もともと高校野球では、高めさら落ちる変化球が上に外れた場合ストライクになりやすいと言われていたものの、審判も球場の雰囲気に飲まれて近江寄りになっていたのではないだろうか。

山田はそうした球場の雰囲気に味方につけ、調子を取り戻していき、8回裏には145km/hを計測。9回も浦和学院打線を抑え、延長戦に突入した。

 

近江優勢のムードがありつつも、浦和学院も堅守で追加点を許さない。10回裏に1死1塁の場面で打席には4番の山田。長打が出ればサヨナラの場面で、三遊間の深い当たりをショートの大内がしっかりとさばき、併殺に打ち取る。準決勝に上がってきたチームに相応しい守備の固さが垣間みれた。

 

しかし、近江は11回裏に疲れが見え始めた金田を攻め立て、最後は山田とバッテリーを組んだ大橋大翔がサヨナラスリーランホームランを放ちゲームセット。浦和学院は結局、エースの宮城を投げさせることがなく敗戦した。

 

総合力では浦和学院が上回っていた。しかし、決勝を意識しすぎたがゆえにエース宮城を温存し、11本もヒットを打たれた金田を投げさせ続けてしまった(ちなみに1人の投手が記録した大会最多被安打は13。金田はかなり打ち込まれていたことがわかる)。

それに対して近江は、1人のエース頼りなのが不安材料だったものの、打撃陣の勝負強さと守備陣の奮起が山田の力投を盛り立て、それが球場をも味方につけた。

足を引きずる山田を投げさせた近江を手放しで称賛することも、宮城を温存した浦和学院の采配を間違いとも言い切れないが、一つだけ言えるとしたら山田の「主人公力」が決め手になった試合だった。

 

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100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。

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プロフィール

ゴジキ

野球著述家。 「REAL SPORTS」「THE DIGEST(Slugger)」 「本がすき。」「文春野球」等で、巨人軍や国際大会、高校野球の内容を中心に100本以上のコラムを執筆している。週刊プレイボーイやスポーツ報知などメディア取材多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターも担当。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『東京五輪2020 「侍ジャパン」で振り返る奇跡の大会』(インプレスICE新書)、『坂本勇人論』(インプレスICE新書)、『アンチデータベースボール データ至上主義を超えた未来の野球論』(カンゼン)。

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