ある日、いきなり大腸がんと診断され、オストメイトになった39歳のライターが綴る日々。笑いながら泣けて、泣きながら学べる新感覚の闘病エッセイ。
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今日は、先々週に遊んだ友だちと、またしても新宿へ。目指すは伊勢丹新宿本店、1、2階の化粧品フロア。友だちはヘアメイクを生業としているので、一緒に伊勢丹へ行くと豪快な買いっぷりが見られて楽しい。今日もグロスを2本とアイシャドウを2つ、チークを4つくらい買っていた。わたしはSNIDELのハイライトと、SHISEIDOの単色アイシャドウを買った。
タッチアップしてもらって気になったのは、LUNASOLのプランプメロウリップス サテン01。SHISEIDOのグロスも可愛かったな〜。でも、口は1つしかないというのに、口紅やらグロスやらはもう20本以上も持っているので、購入は自粛。口紅を買う前に、口を増やさなければならない。肛門を増やしている場合ではない。
それにしても、伊勢丹って本当にパワースポット。「えっ、可愛い!」って30回、いや50回は言った気がする。友だちも言っていたから、合計すれば100可愛いは超えただろう。えっ、可愛い。はい、可愛い。「可愛い」の大盤振る舞い。2024年分の「可愛い」を放出した。これを書いている今となっては、もはや「可愛い」がゲシュタルト崩壊を起こしている。思えば、入院してから真っ先に思い浮かんだやりたいことも「クレ・ド・ポー ボーテのパウダーをタッチアップしたい」だった。我ながら、一番に考えることがそれなの? とは思ったけれど、これは「やりたいことがほかにない」みたいなネガティブな話ではなくて、もしかすると、わたしは自分で思っている以上に美容やコスメの類が好きなのかもしれない。
結局、3時間半も伊勢丹の1、2階を歩き回ったので、ふたりともぐったりして「じゃ、また……」と言葉数も少なめに解散した。本当に、伊勢丹には「可愛い」が詰まっている。ついでに、地下1階には「おいしい」も詰まっている。2階より上に何があるのかは、実はあまりよくわかっていない。わたしはまだ伊勢丹で行けるフロアは限られていて、それはなぜなら「手が届くものがないから怖い」という単純極まりない理由ゆえなのだけれど、同時に「いつか伊勢丹で洋服やバッグを買ったるぞ」というささやかな夢も持っている。
しかし「まだ」とは言ったものの、別に、我が物顔で伊勢丹全館を闊歩できるような人生プランなどは、微塵も持ち合わせていない。ただでさえ夢のまた夢なのに、その夢はがんになっていっそう遠のいた気すらする。それでも、昔はショッピングモールでもどこでも「何かお探しですか?」と声をかけられるたびにドキドキしていたような自分が、今となっては新宿の伊勢丹で堂々と歩けるフロアがあるというだけで、なんだかちょっぴり誇らしい気持ちになる。それは誰かへの自慢にはなり得ない、単なる自己満足に過ぎないけれど。でも、わたしはそうやって自分の心をニヤリとさせながら生きていきたい。生きる理由なんて、くだらなくたって、自己満足だっていい。伊勢丹で買い物をするということは、わたしにとって、きっと東京での自立した生活の具現化なのだと思う。一応お伝えしておきますが、伊勢丹からお金などは1円たりとももらっていません。むしろ、散財させていただいているばかりです。
よし、決めた。この抗がん剤治療が無事に終わったら、伊勢丹に行って1日で3万円分のコスメを買おう。それまでは、コスメではなく抗がん剤のための資金として、3週間ごとに3万円をフルベットしたいと思います! えーん! お金ないよ〜! 次の通院治療は7月9日!
(毎週金曜更新♡次回は3月7日公開)
プロフィール
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ライター
1985年生、都内在住。2024年5月にステージⅢcの大腸がん(S状結腸がん)が判明し、現在は標準治療にて抗がん剤治療中。また、一時的ストーマを有するオストメイトとして生活している。日本酒と寿司とマクドナルドのポテトが好き。早くこのあたりに著書を書き連ねたい。