被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世 第7回

「寝た子」を起こすな

戦後史③
小山 美砂(こやま みさ)

 被爆者の子どもとしてうまれた「被爆二世」は、どのように戦後を生き抜いてきたのだろうか――本連載では当事者の語りに耳を傾けるとともに、文献資料も参照しながらその歩みをたどっている。
 前回は、被爆二世と社会の変遷を辿る中で、被爆者を親に持つ子どもたちの「白血病」や「病死」を伝える新聞記事が1960~70年代に相次いだことを伝えた。
 センセーショナルな報じ方に対する批判的な見方もある一方で、「被爆二世の救済のために」、あえて公表に踏み切った遺族もいた。その思いに応えるように、被爆者の子どもたちを支える親世代の動きがうまれてゆく。今回は、彼らの思いと当時の市民運動に着目したい。

いち早く声を上げた静岡

 被爆二世の健康問題が1960~70年代にかけてクローズアップされる中、市民運動の側にも動きがあった。親世代から被爆二世への対策を求める声が高まってきたのだ。

 いち早く要求に反映させたのは、静岡県原水爆被害者の会だった。

 同会については本連載の第1回「私にばっかり背負わせないで」でも紹介したが、広島で被爆した杉山秀夫さんが1959年7月に結成した組織である。県内に暮らす被爆者たちの健康や生活実態を調べて会報を発行するなど、精力的な活動を展開していた。

 同会が1962年11月に刊行した『静岡県原水爆被害者白書』の中に、「要求 被爆者の子供にも手帳を交付せよ」との項目がある。

 そこには、県内150人の被爆者を調査した結果が掲載されていた。「異常児」を抱えるのは7世帯12人、早産を経験したのは7世帯10人、流産が8世帯12人、死亡が11世帯15人いたとして、「現在、これら被爆者の二世には何の保護もないのです」と指摘。そして、
「戦争の結果、暗い運命を背負つて生れた子供達をどうしたらよいでしようか?」と投げかけていた。

 同会が要求している「手帳」とは、被爆者健康手帳のことを指している。

 国による被爆者への援護施策は、1957年に「原爆医療法」が制定されたことをもって始まった。審査基準を満たした人を「被爆者」と認定して手帳を交付し、無料の健康診断を給付した。現在は、1994年に成立した「被爆者援護法」の下で、医療費助成や各種手当の支給も含め、幅広い医療保障が実施されている。

 ところが、「被爆二世」は手帳の交付対象には含まれていない。国による健康診断は実施されているものの、「調査事業」と銘打った単年度の予算措置で、被爆者援護法に基づくものではないのである。病気になった時に支援を受けられるような国の制度も、存在しない。現在にいたるまで、何の〈援護〉も認められていないのが実情なのだ。

 こうした中で静岡県の被爆者団体は、被爆者援護の草創期にいち早く、「被爆二世への援護」を求めて声を上げたことになる。

「要求」とあわせて掲載された「二世に対する訴え」には、病気のわが子を抱えて苦悩する被爆者の声がつづられている。

「二四年生れの長男、白血病にて東大に通院中、費用がかかり大変、なんとかならないか」

「三人の子供がみな耳が奇形にて心配し、どうしても原爆の影響としか」

「広島での軍人被爆者の長男(昭和24年生れ)慢性リンパ白血病にて脾臓腫を併発し、東大清水外科に五十日間入院治療、入院前白血球一五、〇〇〇現在二、七〇〇。一たん家へ帰り通院するも往復が大変、交通費もかゝる。何とか出来ないか」

 被爆者自身も病を抱える中での出産、子育てだったと思われる。満足に働けない人もいただろうし、決して楽な暮らしとはいえないはずだった。かさむ医療費に交通費、そして募っていく原爆への不安――白書につづられていたのは、親としての切実な訴えだった。白書の刊行時点では、最も年長の被爆二世でもまだ16歳だ。そのため、同会が被爆二世への手帳を要求したのも、親の気持ちを反映させたものだと思われる。

日本被団協の要求「影響が絶無でない以上は……」

 被爆者団体の全国組織で、2024年のノーベル平和賞に選ばれた「日本原水爆被害者団体協議会」(日本被団協)は、子どもの問題をどのように受け止めていたのだろうか。日本被団協と日本被団協史編集委員会がまとめた、本巻と別巻からなる『ふたたび被爆者をつくるな 日本被団協50年史』(あけび書房、2009年)を開いてみよう。

 着目したのは、結成から10年後の1966年に発行された冊子『原爆被害の特質と「被爆者援護法」の要求』だ。表紙に赤い折り鶴のイラストが描かれていることから、『つるパンフ』と呼ばれている。被爆者援護法に求める13項目を初めて書き記したことが特徴で、この中で「被爆二世」についても盛り込まれた。被団協としても、重要なイシューとして考えていたことがうかがえる。

 本文では、放射線の遺伝的影響がどの程度あるかについては正確に把握されていないとしつつ、次のように述べていた。

「しかし二世に対する遺伝的影響が絶無であることが証明されない以上、親の原爆被爆と関係ないと証明できる場合を除き、二世の身体異常についても被爆者としての医療保障が与えられるべきである」

 この記述は重要だ。

 厚生労働省は「遺伝的影響があるという科学的知見は得られていない」(2005年6月3日、第162回国会答弁書第22号)として、被爆二世への援護を拒んでいる。これに対して『つるパンフ』は、遺伝的影響の証明を根拠として医療保障を始めるのではなく、「影響が絶無であることが証明されない」、つまり、影響が否定できない限りは補償するべきだと訴えているのだ。

 被爆者の場合も、何の病気を患っていなかったとしても、あるいは抱える病気と原爆の因果関係を証明せずとも、一定の基準を満たせば手帳が交付されている。これは、原爆放射線の影響が未解明であることも踏まえ、被爆者が抱える「不安」を医療保障によって取り除こうという考え方に基づくものだ。

 影響があることの高度な立証を求めるのではなく、「否定できない」被害を広く救う――『つるパンフ』の記述も、この理念に通じるものだ。科学的な結論も出ず、考え方が割れるイシューに対しても、説得力があるだろう。

胎内被爆者・被爆二世を守る会

 より積極的に、被爆二世を支える動きがうまれてきたのは広島だった。

『つるパンフ』が発行されたのと同じ1966年、「胎内被爆者・被爆二世を守る会」が発足した。私が調べたところ、名称に「被爆二世」を冠した初めての団体である。実態調査と彼らの生活援助、国家による保障の実現を求めることが活動の柱だった。

『おこりじぞう』などの作品で知られる児童文学作家の山口勇子さんは、会の中心を担う一人だった。会の定期刊行物『広島はたたかう』の第一集(1966年)に、彼女の揺るぎない意志がつづられている。

「被爆二世ということばそのもの、病的なイメージをもっている。被爆者は病気になりやすい弱い体だ、その子どもも弱い、だから、そっとしておいてあげるほうがよい」という意見にもぶつかりました。善意の人々さえそういった意見を持っている場合が多いのです。核政策を進めようとする側、それを止めさせようとする側、そっとしておくことによって、どっちの側がほくそ笑むのでしょうか。そっとしておいて、問題は解決するのでしょうか。

 すべての被爆者が被爆二世を支える動きを肯定していたわけではない。「そっとしておいたほうがいい」というのは、この後も、そして現在に至るまで聞かれる言葉だ。触れることで、潜在していた不安を引き起こすおそれもあるのだから、「寝た子を起こすな」ともささやかれる。山口さんが指摘するように、それは「善意」から出てくる言葉だと私も思う。

 しかし、彼女は「そっとしておく」ことは問題を解決しないばかりか、核政策を進める動きを下支えすることになると指摘する。遺伝的影響が「ない」方が、そちら側にとっては好都合なはずだ。逆に遺伝的影響が「ある」と証明された場合には、核開発に反対する声が上がるだろう。

 そっとしておくべきか否か。核に反対するならばその答えは自明のはずだ、と彼女の文章は迫ってくる。

 さらに、被爆者の子どもが病気を患う割合がたとえ少ないものであったとしても、「ひとりでも異常の出た場合、私たちはどんなに救援しても、救援しすぎるということはない」とも書き記した。

 核という大きなものに対抗する視点と、一人ひとりの小さな声を拾い上げていくヒューマニズムの立場と。この2つの柱が、被爆二世を「守る」最初期の活動を支えていた。

 では、こうした親たちの訴えに対して、被爆地の行政はどう応えたのだろうか――。

(次回は12月18日更新予定です)

 第6回
被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世

広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者を親にもつ「被爆二世」。彼らの存在は人間が原爆を生き延び、命をつなげた証でもある。終戦から80年を目前とする今、その一人ひとりの話に耳を傾け、被爆二世“自身”が生きた戦後に焦点をあてる。気鋭のジャーナリスト、小山美砂による渾身の最新ルポ!

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プロフィール

小山 美砂(こやま みさ)

ジャーナリスト

1994年生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の他、2019年以降は原爆投下後に降った「黒い雨」に関する取材に注力した。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録したノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行し、優れたジャーナリズム作品を顕彰する第66回JCJ賞を受賞した。大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に、原爆被害の取材を続けている。

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