被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世 第1回

私にばっかり背負わせないで

小山 美砂(こやま みさ)

「被爆二世」と呼ばれる人たちがいる。両親またはそのどちらかが広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者で、1946年6月以降に生まれた。
 メディアでは、平和運動や体験伝承の担い手として取り上げられることが多い。原爆放射線の遺伝的影響が確定しない中で、「援護」を求めて運動を続ける人もいる。
 私は6年前から新聞記者として、そして現在はフリーランスの立場で、広島市を拠点に原爆被害の取材を続けている。だが、「被爆二世」という言葉の前では、立ち尽くしてしまうような気がしてきた。
 なぜなら「被爆二世」と一言でいっても、その人生や価値観はひとくくりにはできないからだ。
 差別、病気への不安、親の介護、そして平和への思い……被爆者の子どもとして歩んできた人生はさまざまだ。日米共同で運営する放射線影響研究所(放影研)は、被爆二世への健康影響を調べるゲノム解析に乗り出す方針を打ち出している。遺伝的影響のリスクについては、特に受け止め方がそれぞれだろうと思う。
 彼らの存在は人間が原爆を生き延び、命をつなげた証だ。しかし、終戦から80年を目前とする今でも「被爆二世」をどう捉えるか、というテーマは課題として残されている。
 私は、一人ひとりの「被爆二世」の話に耳を傾け、この問題を解きほぐして考えてみたいと思った。原爆と切り離せないルーツを聞き取ることで、原爆が次世代にもたらしたものは何か、知りたいと思った。
 本連載では、「被爆者が感じてきた出産や子どもへの不安」ではなく、「被爆二世‟自身”が歩んできた半生」に焦点を当てる。彼らは何を感じ、訴え、それに対して国はどう答えてきたのだろうか。被爆二世が生きた戦後にスポットを当てることで、核被害の本質に迫ってみたい。

「もやもやしてるんですよ、被爆二世として」

「原爆ドームを見た瞬間、『ただいま』って思ったの。今年もやって来ましたよ、って。父と対話しているような気持ちだった」

磯部典子さん=2023年8月6日、広島市内で山田尚弘撮影

 2023年8月6日、夕刻。広島市に流れる6本の川のうちのひとつ、京橋川のほとりに立った磯部典子さんは、そう言って柔らかく笑った。静岡県磐田市に暮らす彼女にとって、広島は特別な場所だ。父の杉山秀夫さんが1945年のあの日、米軍が投下した原子爆弾の被害を受けた場所だからである。そして毎年8月6日の「原爆の日」には、市内の平和記念公園で開かれる原爆死没者追悼のための式典に参列し、その後、原水爆禁止を訴える団体の集会に加わっている。全国各地から集まる被爆者や遺族、市民とともに行動する、年に一度の特別な日だ。

 静岡県内で被爆者組織を発足させた父は、核廃絶を訴える運動のことを「公の仕事」と表現していた。典子さんは幼い頃から「杉山秀夫の娘」として、あるいは「被爆二世」として、父と行動を共にした。最後にふたりで広島に来たのは2008年の夏。85歳の秀夫さんが座る車いすを押しながら、親子で原爆ドームをながめた。その2年後に秀夫さんは旅立ったが、典子さんはそれからも広島に通い続けている。

 この日も早朝から式典や集会に参加していた彼女と、秀夫さんが被爆後に逃れたこの川で落ち合った。「お疲れでしょう」と私が声をかけると、典子さんは「全然」と大きく口をあけて笑った。

「父が車いすに乗ってでも毎年来たがった理由がわかるよ。ここで仲間と会って、核兵器をなくすためにがんばろうって、元気をつけるんだね。それで七夕みたいにまた来年会おうねって、約束して帰っていく」

 親子でこの日を大切にしてきた典子さんらしい、素敵な表現だと思った。

 だから、こんな言葉が続いたのは意外だった。

「本人が明るく、前向きに取り組むのがいいんだよね。私自身を振り返ってみると、義務感とか『やらされ感』とかね、そういうのが確かにあったですよ。なんで私がやらなきゃいかんのとか、そんな風に思ったことがある」

 父と二人三脚で歩んできた典子さん。だがその胸中には「なんで私がやらなきゃいかんの」という、被爆者の子どもとして――「被爆二世」として、背負わされてきたものがあるのだと知り、驚いた。

「もやもやしてるんですよ、被爆二世として。被爆者との違いはあると思うけれど、二世が味わった苦しみもそれなりにある」

 それから典子さんは、被爆二世としての半生を語り始めた。

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被爆者の子どもに生まれて ルポ 被爆二世

広島・長崎に投下された原子爆弾の被害者を親にもつ「被爆二世」。彼らの存在は人間が原爆を生き延び、命をつなげた証でもある。終戦から80年を目前とする今、その一人ひとりの話に耳を傾け、被爆二世“自身”が生きた戦後に焦点をあてる。気鋭のジャーナリスト、小山美砂による渾身の最新ルポ!

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「黒い雨」訴訟

プロフィール

小山 美砂(こやま みさ)

ジャーナリスト

1994年生まれ。2017年、毎日新聞に入社し、希望した広島支局へ配属。被爆者や原発関連訴訟の他、2019年以降は原爆投下後に降った「黒い雨」に関する取材に注力した。2022年7月、「黒い雨被爆者」が切り捨てられてきた戦後を記録したノンフィクション『「黒い雨」訴訟』(集英社新書)を刊行し、優れたジャーナリズム作品を顕彰する第66回JCJ賞を受賞した。大阪社会部を経て、2023年からフリー。広島を拠点に、原爆被害の取材を続けている。

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