みじめな苦しみとしての労働
「労働は恥ではなく、働かないことこそが恥なのだ」――。裁判官に賄賂を送って父親の遺産を独り占めしようとしたニートの弟に、兄はそう説教しました。兄の名はヘーシオドス。紀元前8世紀・古代ギリシャの詩人です[^1]。
「労働は恥ではない」という言葉自体は理解できるものの、現代でこんなお説教を聞くことはまずありません。逆に言えば、古代ギリシャでは、わざわざ「労働は恥ではない」と言わなければならないような状況だったのです。古代ギリシャにおける労働とは、どのようなものだったのでしょうか。
前回紹介したアンティパトロスの詩では、水車のおかげで「ふたたびやっと」労働から解放された「いにしえの暮らしを楽しめる」とうたわれていました。古代ギリシャ人にとっての「いにしえ」とはいつでしょうか? それは、鉄器が発明される以前の時代のことです。人類が「AIが無い時代は良かった」と嘆く前、「インターネットが」「テレビが」よりもずっと前、古代ギリシャ人もまた「鉄が無い時代は良かった」と嘆いていたのです。
ルネサンス時代のヨーロッパ人は、文化華やかなりし古代ギリシャを「黄金時代」と呼びました。しかし実際の古代ギリシャの人々は、自分たちが黄金時代どころか逆に最も悲惨な時代を生きていると考えていました。「黄金の時代」は遥か昔に過ぎ去り、「白銀の時代」「青銅の時代」「英雄の時代」を経て、自分たちがいま生きている時代を最低最悪の「鉄の時代」と呼んでいました。「昔はよかった」と思ってしまうのは、現代人もルネサンス時代のヨーロッパ人も古代ギリシャ人も同じのようです。
ヘーシオドスによれば、クロノスが支配していた黄金の時代では「豊沃な耕地はひとりでに、溢れるほどの豊かな稔りをもたらし、人は幸せに満ち足りて心静かに、気の向くにまかせて田畑の世話をして」いました。アンティパトロスが夢見ていたのはこの時代の暮らしです。
しかし時代が下るにつれて人間の暮らしは悪化してみじめなものになっていきました。クロノスの子であるゼウスが新たな支配者となり黄金の時代が終わって以降、人間は愚かさ・傲慢さ・闘争心――つまり人間らしさ――を発揮し ては 神の怒りに触れ、滅亡と新生を繰り返しています。紀元前12世紀ごろの鉄器の普及により幕を開けた鉄の時代は「昼も夜も労役と苦悩に苛まれ」、「父は子と、子は父と心が通わず、客は主人と、友は友と折りあわず」、「親が年をとれば、たちまちこれを冷遇し、悪罵を放って謗るように」なり、「正義は力にありとする輩で、互いにその国を侵」し、「悪事を働く者、暴力をふるう者を重んずるようになる」。つまり、最悪の時代でした。ヘーシオドスは嘆きます。「かくなればわしはもう、第五の〔鉄の時代の〕種族とともに生きたくはない」。
古代ギリシャ人がそうした悲惨さを、当時の新しい技術だった「鉄」に象徴させたのは十分な理由があったと思います。たとえば戦争に鉄の武器が導入されたことで、それ以前よりもずっと悲惨な殺し合いが起こりました。あるいは重たい鉄の鍬は、木や石の鍬よりずっと広く深く耕せるようになった分、より激しく身体を疲れさせたでしょう。
「インターネットのおかげでいつでもどこでも働けるようになったのは便利だが、いつでもどこでも働かされるようになってしまったのは困る」ということをしばしば聞きます。技術が労働を快適にしてくれる反面、人間を疲弊させもする、という矛盾した関係は、この時代にすでに始まっていたのです。
ほかにも、古代ギリシャ人が労働をいかに苦しいものと考えていたかは、プロメテウスの神話からも理解できます。凍える人間たちのためにプロメテウスが神々のもとから知恵の象徴である火を盗み出したことに怒ったゼウスは、人間界にパンドラの箱を送り込みました。開け放たれたパンドラの箱からはあらゆる災厄や病気にくわえて、労働を撒き散らしました。それから人間は苦しみながら働かなければ生きていけなくなったとされています。この神話からもわかるように、古代ギリシャ人にとって労働とは、かつて人類が犯した罪に対する神からの罰だと捉えられていたのです。それは彼らの「こんなに苦しいことをしなければならないのは、何か大きな罪への罰に違いない」という切実な心情のあらわれであったように思われます。
労働を罰としてとらえる見方は、言葉の面からも確かめることができます。古代ギリシャにはわれわれが言うような、農業・工業・商業といった種々の活動を一括りに示す「労働」という言葉は存在しませんでした。最も近い意味で使われていたのは「ポノスponos」という単語です。しかしこれは単に「労苦」を意味しており、その結果なにか有用なものを生み出すかどうかに関係なく使われていました[^2]。現代人であれば「労働」とか「仕事」とか呼ぶような行いも、そのような言葉によって語られていたのです[^3]。
職人はろくでなしだ
個人的体験において苦しさとして捉えられていた労働は、社会的な評判もまた悲惨なものでした。
ソクラテスの弟子・クセノポンが伝えるソクラテスの言葉に「いわゆる職人の手仕事はあらゆる場所で非難されており、当然ながら都市ではきわめて悪い評判を得ている」というものがあります[^4]。その理由として第一に「手仕事は労働者にも管理者にもじっと屋内で座っていることを強制するだけでなく、しばしば一日中を火のそばで過ごさせることで、彼らの体を完全に蝕んでしまう」ため「魂もまたいちじるしく病んでしまう」ことを挙げています。そして第二に「友人や都市に関わるための余暇がないこと」が職人を「友人としても、祖国を守る兵士としても不適格」にしてしまうと、ソクラテスは主張しました。
手仕事への批判はソクラテスのみの考えではなく、当時のギリシャの少なくとも知識人のあいだでは一般的な考えだったようです。現代では、努力の果てに身につけた技術を用いて素晴らしい作品を作った職人は称賛されて然るべきだと考えられています。しかし古代ギリシャでは作品が称賛されることはあっても、それを作った職人が尊敬されることはめったにありませんでした。優れた作品によって賞賛されるのは、依頼主だったのです。職人が行っているのは、労働というよりも顧客の要求を叶えるための奉仕=サービスであり、彼らはそのための単なる道具や媒介者とみなされていました[^5]。
作り上げられた作品が何でありどれほど素晴らしいかは、職人=道具よりむしろ使用者の方がよく知っていると考えられていたのです。アリストテレスは「舵は大工よりも舵取りが、御馳走は料理人よりもお客がいっそうよく判断する」ように、「仕事についてただその作者だけが判断するのでもなく、また彼が一番善く判断するのでもない」と言っています[^6]。
職人は市民であってはならない
職人は名誉も閑暇も健康も損なうために、およそ人間=自由市民には相応しからぬ行いとされ、道具=奴隷の仕事として割り振られました。そうした仕事をこなす奴隷をアリストテレスは「生ある所有物」、「生活のための道具」と呼んでいます[^7]。
職人=奴隷は人間ではなく道具なのだから、自由と権利をもつ市民ではありえません。プラトンは、彼が理想とする国家の「市民は誰ひとりとして、職人の仕事に従事してはなりません」と言いました[^8]。アリストテレスも同様に「最も立派な国政を持つ国〔…〕においては、国民は俗業民〔職人〕的な生活も商業的な生活も送ってはならない〔…〕また最善な国の国民になろうとする者は実際農耕者であってもならない」と主張しています[^9]。
プラトンはその理由を、クセノポンの描いたソクラテスと同様の論理で「市民たるものは国家公共の秩序を確保し維持するという、十分な仕事を持っており、それは多くの訓練と、同時に多くの勉学も必要とし、片手間に行うことを許さないものだから」と説明しました。
現代の視点からすれば、国家の仕事とそれ以外の仕事の区別にこうまでこだわるほうが不可解です。国家のために働く市民も、職人も、農家も、いずれも優劣なく大切な仕事をしているではないか、と。しかし古代ギリシャにおいて国家公共の仕事以外は、はっきりと劣った行いとして位置づけられていました。
そこには古代ギリシャの人間と幸福についての考え方が大きく関係しています。幸福とは何でしょうか? アリストテレスによれば人間はつねに「目的のためにだれもがそれ以外のことを為して」います[^10]。お金を稼ぐために労働する、モテるためにダイエットをする、病気を治すために薬を飲む……。ではお金を稼いだりモテようとしたり病気を治したりするのはなぜか? お金を稼ぐのはあれを買いたいし老後の備えも欲しいから。ではそれを買いたかったり老後に備えたいのはなぜか?――と問いを重ねた先にあるのが「人間が到達しうる最高の善」としての幸福です。幸福は究極的な目的であって手段になることはありません。「幸福になるためにお金を稼ぐ」人はいても、「お金を稼ぐために幸福になる」人はいません。
では究極の目的である幸福=「人間が到達しうる最高の善」とは具体的に何なのでしょうか? アリストテレスはそれを、人間に特有の徳(アレテー)に基づく生、つまり知恵に基づいた理論的な学問活動(観想的生活)だと言います[^11]。なぜならそれこそが、人間の持ちうる徳のうち最も優れた「知恵」を発揮する活動であり、純粋な快楽を与えてくれるもので、人が目的として求める閑暇や平和な状態の、さらに先の目的としてふさわしいからです。つまりアリストテレスは「哲学者の生活こそが最善にして最も幸福な生き方だ」と言っているわけです。我田引水の感もありますが、自身の主張と生き方が一貫して筋が通っているとも言えます。
人間には暇と奴隷が必要だ
人間の徳を発揮する生活を送るためには、閑暇が必要不可欠です[^12]。仕事で毎日クタクタになっている人には、何が正しく何が間違っているかを判断するだけの余裕も、学んで判断力を身につけるだけの余裕もない。だからこそ人間=自由市民はそのような仕事を避け、道具=奴隷にやらせなければならないのです。
アリストテレスによれば、この世界において優れたものが劣ったものを支配するのは双方にとって自然の秩序に沿うだけでなく有益でもあります[^13]。家畜と人間の関係と同じように、理性が感情を放し飼いにしておくことは、理性・感情双方にとって不幸な結果を招くでしょう。
そして、人間には理性を使いこなせる優れた者と、自分自身では理性を使いこなせないが他人の理性を理解することはできる程度に劣った者がいるため、前者は自由人である主人に、後者は奴隷になるべきであるとアリストテレスは主張します。そのような奴隷たちは自由人たちの「生活必需品のために肉体をもって貢献」します。奴隷は家畜と違って他者の理性を理解する能力がありますが、結局自分自身の理性を役立てていないため、「有用さという点では〔家畜と奴隷のあいだに〕大した相違は存しない」とまで言い切ります。
アリストテレスは観想的生活を最高の善に位置づけましたが、これは永遠の知に近づこうと試みる、神の領域に近い場所での行いです。しかし人間であるからには、人間の領域での活動もしなければなりません。まず第一に「閑暇を持つことは、収入があるのでなければ不可能である」[^14]。そして第二に人間は理性と言葉を用いて共同生活を行うことができる唯一のポリス的(国家的・社会的)動物であり、最も善い動物にもなりうるが、逆にポリスの法や裁判が存在しなければ最も悪い動物になってしまう[^15]。だからこそ人間は知識を持つだけでなく、議会や裁判などで国家のために知性を用いて実践(プラクシス)[^16]をしなければならない。それこそが人間=自由市民にふさわしい唯一の仕事である、とアリストテレスは主張しました[^17]。
民主制国家であるアテナイの裁判によって無実の罪を着せられて処刑されたソクラテスの弟子であるプラトンも、秩序の維持という観点から奴隷制を国家に不可欠なものと考えていました。
プラトンにとって「国民の魂はすっかり軟らかく敏感になって、ほんのちょっとでも抑圧が課せられると、もう腹を立てて我慢ができないようになる」民主制―つまりだいたい今の民主主義国家です―はまったく望ましいものではありませんでした[^18]。
プラトンは、徳や能力を持つ少数の者と多数の無能な大衆が平等な権利を持つ民主制を「悪平等」と見なします。なぜならそうした体制下では、徳を持つ者が支配する国家では尊敬されずに政治に参加できないような「演説し行動し、〔…〕違った意見を述べる者を許さない」ような指導者が、理性よりも欲望に支配されやすい民衆へ、「敵」とされる財産所有者から奪い取った富を分け与え、多数の民衆からの支持をとりつけて僭主(独裁者)となり、最終的にすべての人を奴隷状態に置いてしまうからです[^19]。現代のわれわれにとっても他人事とは思えない危惧です。
そのためプラトンにとって奴隷と主人の身分に明確な線を引き、徳と余暇を持つ市民だけが権利を持つことは、人間の善き生が可能な社会のために必須の条件でした。
古代ギリシャにおいてはそのような正当化の下に、自由な人間には不相応であるとみなされた労働が、主に戦争捕虜もしくは奴隷貿易によって入手された奴隷によって賄われていました[^20]。この構図は現代の「先進国」が、現地の人々にとって魅力が低いけれども必要な労働を、「途上国」からの外国人労働者によって賄っている状況を彷彿とさせます。
奴隷はもういない、のか?
以上のような古代ギリシャの奴隷肯定論は、現代の価値観からみれば全く受け入れられるものではなく、当然ながら多くの批判を受けています。
遥か昔の時代を現代の倫理で悪と断じるのを差し控えるとしても、給料や働きがいなどインセンティブが与えられない労働は効率の面でも劣るという事実は、現代の資本主義社会に生きる人間なら誰しも実感をもって理解しています。しかし意外なことに、奴隷が自由人よりずっと低い生産力しかもたないと初めて明らかにされたのは、産業革命さなかの18世紀末になってからのことです[^21]。その新事実は古代ギリシャの市民にも近代植民地の農園主にも思いもよらぬことでした。
奴隷労働の効率が悪いなんてことは、古代でも確かめようと思えば確かめられたはずですし、そもそも少し考えればわかりそうなものです。しかしこれほど明白な事実が産業革命までの長い期間にわたって気にもされていなかったことは、「経済成長・技術進歩・効率化が『自然な』美徳ではない―それらはつねに実現可能でも、まして望ましいことでもなかった」ことを示しています[^22]。
人間の善き生のためには奴隷が必要不可欠だと説いたアリストテレスは、将来的に奴隷が必要なくなるかもしれないという予想を描いてもいました。「もし道具がいずれも人に命じられてか、あるいは人の意を察してか自分のなすべき仕事を完成することが出来るなら、〔…〕梭が自ら布を織り琴の撥が自ら弾ずるなら、職人の親方は下働人を必要とせず、また主人は奴隷を必要としないであろう」[^23]。われわれは今、機械によって織られた布を身にまとい、世界の名演奏を指先ひとつで聴ける道具を手にしています。アリストテレスは、まさに今の時代について書いているようです。
だから現代はアリストテレスの言った通り奴隷がいなくなったのだ――本当にそうでしょうか? アリストテレスの奴隷肯定論は、主人が生活のために肉体や精神を消耗させることなく、知恵を十全に振るうという目的の下でのみ成立する肯定論であったといえます。アリストテレスは後の世にありふれたような、主人が自分の金儲けのために奴隷を酷使する関係を肯定したわけではありませんでした。「幸運の享楽や平和な閑暇はむしろ人々を傲慢にする」ので、それを享受する人は豊富な「愛知心と節制と正義」を持たなければならない、と説いています[^24]。
つまりアリストテレスの言う奴隷でない人間とは、単に強制的に働かされずに済む人のことではなく、知恵という徳を身につけ発揮するための閑暇を持ち、それを正しく使える人のことです。そう考えるとアリストテレスの予想も、アンティパトロスの詩と同様に、現代まで永遠の夢のままであり続けているのかもしれません。
次回は古代の後編として、ローマや初期キリスト教の思想を扱います。「働かざる者食うべからず」の格言とともに、いまや資本主義勃興の原因 のひとつとしても知られるキリスト教も、最初から労働に対して肯定的だったわけではありませんでした。
(次回へつづく)
参考文献
アリストテレス(n.d.=1961)『政治学』山本光雄訳、岩波文庫
アリストテレス(n.d.=2019a)『ニコマコス倫理学(上)』渡辺邦夫・立花幸司訳、光文社古典新訳文庫
アリストテレス(n.d.=2019b)『ニコマコス倫理学(下)』渡辺邦夫・立花幸司訳、光文社古典新訳文庫
プラトン(n.d.=1976a)『国家(プラトン全集11)』藤沢令夫訳、岩波書店
プラトン(n.d.=1976b)『法律(プラトン全集13)』森進一・池田美恵・加来彰俊訳、岩波書店
ヘーシオドス(n.d.=1986)『仕事と日』松平千秋訳、岩波文庫
Applebaum, Herbert. (1992) “The Concept of Work: Ancient, Medieval, and Modern”. State University of New York Press.
Derry, Thomas Kingston and Trevor Illtyd Williams (1960) “A short history of technology: From the earliest times to A.D. 1900” Oxford at the Clarendon Press.
Finley, Moses Israel. ([1973]1985) “The Ancient Economy”. University of California Press.
Vernant, Jean-Pierre. ([1965]2006) “Myth and Thought Among the Greeks”. Zone Books.
Xenophon. (n.d.=1970) “Oeconomicus” Leo Strauss, Xenophon’s Socratic discourse: an interpretation of the Oeconomicus. With a new, literal translation of the Oeconomicus by Carnes Lord. Cornell University Press.
注
[^1]: ヘーシオドス (n.d.=1986)
[^2]: Vernant ([1965]2006) §11
[^3]: 他にはヘーシオドスが言及したような農業に代表される「エルゴンergon」という単語もある。古代ギリシャにおいて農業は、商業や職人仕事とは逆に、ヘーシオドスのみならずプラトン・アリストテレスの時代に至るまで一貫して高く評価されていた。しかし『仕事と日』が農業暦であると同時に神事の手順書としても読みうるように、エルゴンは人間の領域で行う「労働」というより、儀式を正しく行うことで収穫がもたらされることを祈る、人と神々との交流として理解されていた(Vernant [1965]2006 §11)。
[^4]: Xenophon (n.d.=1970) §4
[^5]: Applebaum (1992) §1.2
[^6]: アリストテレス n.d.=1961 §3.11
[^7]: アリストテレス (n.d.=1961) §1.4
[^8]: プラトン (n.d.=1976b) §8.10
[^9]: アリストテレス (n.d.=1961) §7.9
[^10]: アリストテレス (n.d.=2019a) §1.7
[^11]: アリストテレス (n.d.=2019b) §10.7-8
[^12]: アリストテレス (n.d.=1961) §7.9
[^13]: アリストテレス (n.d.=1961) §3.6
[^14]: アリストテレス n.d.=1961 §4.6
[^15]: アリストテレス n.d.=1961 §1.2
[^16]: アーレントによる労働・仕事・活動の三分類はアリストテレスを参照しつつも異なるが、アリストテレスの「実践」とアーレントの「活動」はほぼ対応している。
[^17]: アリストテレス (n.d.=2019b) §10.8
[^18]: プラトン (n.d.=1976a) §8.14
[^19]: プラトン (n.d.=1976a) §8.15
[^20]: Applebaum (1992) §1.2
[^21]: Derry and Williams (1960) §8
[^22]: Finley ([1973]1985) §3
[^23]: アリストテレス (n.d.=1961) §1.4
[^24]: アリストテレス n.d.=1961 §7.15
プロフィール

あいかわけい 生活保護受給者。30代、無職、職歴無し。不登校による高校中退後、大学で社会学・哲学に没頭するも留年を重ね除籍。古代哲学から現代社会論までを横断する、歴史に根ざした生活の思想を展開している。note(https://note.com/kei_aikawa)においても、本連載を補足する記事を執筆している。


相川計





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