【福祉排外主義】社会保障をめぐる議論に見られる、「排除」の論理を徹底追及!
西村章高額療養費制度利用の当事者でもあるジャーナリストの西村章氏が、決して終わったわけでも解決したわけでもない、この制度の〈見直し〉問題を追う連載の第3回。8月1日の制度変更のニュースは、世間の注目を一定程度集めた。しかし、このニュースに対する反応を見ると、「排外主義」的思考が姿を覗かせる……。
8月1日に高額療養費制度の自己負担上限額が引き上げられてから、ほぼ1ヶ月が経過した。引き上げの具体的な内容は当連載の第1回や第2回で詳細に解説したとおりだが、テレビや新聞などのマスメディアでも引き上げ直後に概要はいくつか報道された。
それらのニュースのいくつかは大手ポータルサイトにもフィードされ、多数のユーザーがコメントを寄せた。たとえば、朝日新聞は8月1日の紙面記事で第2面の全体を割いて大きく報道した。デジタル版では、全体解説や専門家インタビューなどの数本にわけて、有料記事として公開している。これらの記事では、全国がん患者団体連合会理事長の天野慎介氏や看護師でもあるファイナンシャルプランナー黒田ちはる氏らのコメントを織り込み、立教大学の安藤道人教授による解説、日本福祉大元学長の二木立氏へのインタビューなど、盛りだくさんな内容だ。また、論調は総じて引き上げに批判的だ。Yahoo!ニュースなどポータルサイトへの転載では、上記有料記事のごく大まかな概要のみが無料で配信された。
また、日曜午前放送のTBS『サンデーモーニング』では、8月2日の番組で4分45秒ほどの時間枠を使って高額療養費の引き上げを解説するコーナーを設けた。Yahoo!ニュースではそのコーナーを切り出した映像と、概要の文字起こしがニュース記事として配信された。
これらのYahoo!ニュース記事はたくさんの人々に読まれたようで、多くのユーザーコメントが寄せられている。意見は様々だが、ざっと見たところ、なかには今回の自己負担上限額引き上げに賛成する声もあるものの、全体としては引き上げを行った政府への批判や反対意見のほうが多いように見える。だが、これらのコメントを読み込んでいくと、引き上げに対する賛否とは別の評価軸の意見が一定の割合で存在していることにも気づく。
高額療養費制度に絡めた生活保護バッシング
たとえば、サンデーモーニング記事に対するコメントには以下のようなものがある。
「高額療養費制度を見直して、制度を維持しようという考えは理解できますが、一方で、生活保護制度についても見直しが必要なのではないでしょうか。制度が手厚すぎて、頑張って働いて納税している人にばかり負担がかかるのはおかしい気がします。医療費の負担を納税者に求める前に、まずはそういった優遇されている制度の適正化や見直しを先にするべきじゃないでしょうか。(後略)」
(xrc********氏による投稿)
記事公開後24時間で、このコメントに対する「共感した」のクリックが2.4万件、「なるほど」には624件と、コメント主と同様の意見を持つ人はかなり多いことがわかる。一方で、このコメント主への反対意見を表す「うーん」へのクリックは1333件。否定的意見よりも、圧倒的に共感と納得を示す反応のほうが多い。生活保護受給者を標的にして攻撃する傾向は、上記朝日新聞概要記事に対する以下のコメントからも見て取ることができる。
「社会保障の安定継続のためには必要なことだと思う。併せて、低所得者や生活補助受給世帯の無料化は直ちにやめるべき。無料だから際限なく使う。無料だから不要かもしれないが、とりあえず使ってみる。無料だから2重3重に薬処方を受け不正販売する悪人もいる。(中略)少額でも利用時には料金を徴収すればこのような悪い使い方は防げると思う。」
(wes*****氏による投稿)
このコメントへの「共感した」は5730件、「なるほど」は173件であるのに対して、「うーん」は1209件。やはり、同意や共感を示すクリックのほうが圧倒的に多い。
上記のふたつのコメントは、まず今回の引き上げに軽く賛同したうえで、制度維持のためにはむしろ生活保護受給者の医療扶助を厳格化するべきだと提案している構造が共通している。自己負担上限額引き上げの是非よりも、生活保護制度のありかたについて自説を開陳することにむしろ力点を置いているようにも見える。Yahoo!ニュースには排外的な主張が集まりやすいことが以前からよく指摘されるが、今回もその傾向があらわれているといえそうだ。


このように排外感情を煽ろうとする極端な意見の投稿の陰には、SNS上で分断を煽る情報操作で社会の不安定化を裏から画策するという「認知戦」の可能性も、近年は疑う余地があるのかもしれない。が、今回の考察ではその要素には踏み込まない。
話を戻そう。
生活保護制度には、医療扶助や住宅扶助、介護扶助など様々な扶助がある。だが、いずれの扶助も上のコメント主が「手厚すぎ」と主張するほど充分なものではないことは、過去にも様々な報道などで何度となく指摘・検証されてきた。具体例はここであらためて示すまでもないだろう。
参考までに、今年5月15日に厚労省が発表した資料(『医療扶助・健康管理支援等に関する資料集』)によると、2015年度から2024年度までの10年で生活保護の医療扶助費は1.78兆円から1.87兆円へと900億円増加している。10年間の伸び率は約5.06パーセントだ。一方で、同期間の国民医療費は42.4兆円から48.8兆円へと6.4兆円増加。こちらは10年で15.09パーセントの伸び率だ。これらの伸び率を比較すると、国民医療費に比べて医療費扶助は増加が穏やかに見える。では、実際に各年の生活保護医療扶助が国民医療費全体に占める割合を見てみると、はたしてどうだろう。
2015年の医療費扶助(1.78兆円)は、国民医療費(42.4兆円)の4.20パーセントに相当する。2024年の医療費扶助(1.87兆円)は、国民医療費(48.8兆円)に対して3.83パーセント。比較すると、10年前よりも0.37パーセントポイントの減少になっている。国民医療費全体に占める医療費扶助の割合は10年間で減少している、ということだ。伸び率の比較でも各年度の割合で見ても、生活保護の医療費扶助は国民医療費の圧迫要因にはなっていないことは、以上の数値からもよくわかる。
つまり、上記のコメント主が主張するような「頑張って働いて納税している人にばかり負担がかかる」のは、事実誤認もしくは誤情報による思い込みで、実態はまったくそうではない、ということだ。
また、生活保護期間は基本的に健康保険の加入からはずれるため、受給者は福祉事務所から医療券を発行されて指定医療機関で受診する(生活保護受給者が被用者保険に加入している場合もあるが、加入率は2.4パーセント)。医療費は国や自治体が負担するが、たとえば入院時の日用品リース料や差額ベッド代など、医療保険制度がカバーしないものは生活保護受給者の場合でも基本的に全額自己負担になる。生活保護受給者は医療費が何もかも無料になるわけではない、ということだ。
とはいえ、診察代が無料になることを利用して何度も受診したり、薬を多剤処方されるなどの事例はもちろんゼロではない。上で紹介した厚労省資料『医療扶助・健康管理支援等に関する資料集』でも、頻回受診や医薬品の適正使用に向けた継続的な取り組みが説明されている。それによると、たとえば2024年は頻回受診指導対象者1639人のうち、791人が適正な受診日数に改善したと報告されている。したがって、上記コメントの「無料だから際限なく使う」「2重3重に薬処方を受け不正販売する悪人もいる」という非難は、実際に存在するかもしれないいくつかの例を、あたかも全体の傾向であるかのように語る詭弁術といっていい。 関係者の地道で粘り強い取り組みや受給者たち自身の改善努力を見ずに、一部の事例を取り上げて乱暴な一般化をすることは生活保護受給者に対する中傷行為でもあり、ただでさえ捕捉率が低い日本の生活保護に対する偏見やスティグマ(負の烙印)化をさらに強化しかねないという意味でも、これらのコメントが非常に悪質な言説であることは指摘しておきたい。
「外国人」や」「移民」に対する差別も
さらには、上記『サンデーモーニング』Yahoo!ニュース記事へのコメントでは、このような意見もあった。
「病院で、見かける外国人の患者が増えた。日本語が分からないから、家族(外国人)が付き添っていることも珍しくない。街では、子連れの外国人や妊婦の外国人をよく見かける。どうみても観光客ではない。外国人が無料で子供を出産したり、健康保険を格安で利用したりしている一方で、私達日本人の負担が増えるのは納得できない」
(ほりでぃ氏による投稿)
このコメントに対する「共感した」は1.4万、「なるほど」は210、「うーん」は672、と、これも共感を示す割合が圧倒的に多い。「どうみても観光客ではない」という根拠がなさそうな決めつけや「健康保険を格安で利用したりしている」という偏見の多い主張だが、上の朝日新聞記事に対する意見でも同様のものがある。
「移民がたった3ヶ月の納税で、保険適用&高額療養費制度を利用出来てしまう現制度こそ、即廃止すべきだと思う。何十年も納税してきた国民と、たった数ヶ月納税しただけの移民が同じ医療を享受出来てしまう現状は到底納得出来ない。移民はせめて10年以上の納税者を対象とし、それまでの間は自費か自分達で民間保険に加入すべきだと思う。そして高額療養費制度は対象外にして欲しい(後略)」
(cfi********氏による投稿)
こちらへの「共感した」は1014件、「なるほど」は27件、「うーん」は51件、とやはり多くのユーザーから肯定的に受け取られていることがわかる。


上記ふたつのコメントに共通するのは、「外国人」や「移民」(コメント主の定義内容は不明)に対する排外的な感情だ。これらの主張は、「本来なら〈我々〉のみが恩恵を享受するはずの社会保険や高額療養費制度を、〈彼ら〉が悪用あるいは不当に便乗しているために自分たちの権益が蝕まれ、あろうことか必要以上の負担まで押しつけられている」という被害者感情に根ざしているのだろう(これらの主張内容の間違いにはいちいち踏み込まないが、事実に基づいた実態やデータを知りたい場合は『移民政策データバンク』などを適宜参照されたい)。
このように、社会保障や福祉サービスは自国民のみが享受できる権利で、それ以外の住民は制度から排除するべきだという主張を福祉ショービニズム(chauvinism:排外主義)という。欧州諸国では、このような排外的主張は20世紀終盤に台頭し、社会問題として認識されてきたようだ。近年でも、フランスの国民連合やドイツAfD(ドイツのための選択肢)、イギリスのリフォームUKなど、極右と言われる政党はおしなべて福祉ショービニズム的な主張を打ち出している。日本でも、昨年の参議院選挙などを思い起こせばわかるように、国政選挙で排外的な施政を前面に押し出す極右政党は一定の支持を集めるようになっている。
だが、このように排外的な感情を露わにするのは、なにも上記の排外主義政党や、ここまで紹介してきたYahoo!ニュースの匿名コメント主のような人たちに限らない。一連の高額療養費〈見直し〉の端緒になった当初案が国会で議論され、メディアを賑わせていた2025年2月には、「手取りを増やす」主張で支持を伸ばしていた国民民主党党首の玉木雄一郎氏が、テレビ番組やX(旧Twitter)で以下のような発言をして物議を醸した。
「外国人やその扶養家族が、わずか90日の滞在で数千万円相当の高額療養費制度を受けられる現在の仕組みは、より厳格な適用となるよう、制度を見直すべき」「社会保険料は、原則、日本人の病気や怪我のために使われるべき」
これらの発言は当時の新聞などでも大きく取り上げられ、SNS上でも大炎上したので、ご記憶の方もいるだろう。
念のため、玉木氏発言の誤りを簡単に指摘しておくと、就労や留学で3ヶ月を超えて日本に在留する外国人には国民健康保険への加入が義務づけられている。企業に就労する場合なら、その企業の健保に加入することになる。社会保険を支払っている者は、当然ながら、全員に高額療養費制度が適用される。
この玉木氏発言を伝えた朝日新聞は、2025年3月17日の記事で、「厚生労働省によると、2022年3月~23年2月の高額療養費制度の支給総額(9606億円)のうち、受給資格をもつ中長期在留者ら外国人への支給額の割合は1.15%(111億円)で、国保に加入している外国人の割合の3.6%よりもさらに低い」「国保加入後1年以内の外国人を対象に、不適正な利用が疑われる事案を自治体が入国管理局(現・出入国在留管理庁)に通知する制度を18年に厚労省が開始し、(中略)18年1月~23年5月に計34件の通知があり、調査の結果、在留資格の取り消しや給付費の返還を求めた事例はなかった」と検証し、玉木氏の発言が事実に基づかないものであったことを伝えている。
ただし、玉木氏自身はこの記事で指摘された自身の間違いを現在に至るまで認めておらず、発言の撤回や謝罪もしていない。一連の批判や炎上騒動が収束した後にも、「高額療養費制度の不適切利用などについては、国が実態調査を行い、しかるべき是正措置を講じるべきだ」(2025年4月14日のX投稿より)「外国人の医療費未払い、国保保険料未納問題とともに、高額療養制度の不適切利用についても実態把握をした上で、運用改善を行うべきだ」(2025年6月5日のX投稿より)と、統計的な根拠がないこと指摘された自説を改める気配がなく、再三の主張を続けている。


これらの投稿で玉木氏が何度も強調する外国人の医療費未払いや国保未納問題の具体的対応や対策などについては、厚生労働省保険局国民健康保険課が作成した資料で詳細なデータとともに説明が行われている。また、福岡資麿厚労相(当時)も記者会見で「医療費や高額療養費制度におきまして、外国人の割合が高いということはないと認識をしております」「令和4年度の国民健康保険料の未納額につきましては、外国人に限らず全体で1457億円でありまして、外国人の未納額が年間4000億円という情報は当方の認識とは異なっております」「生活保護についても、その取扱いは、外国人に対する保護において何ら変わるものではありません。ですから、外国人を優先しているということはありません」等の公式発言をしていることも付記しておく(2025年7月15日閣議後記者会見)。
以上の様々な資料やデータが示すとおり、医療保険や高額療養費制度、生活保護の利用実態は、一部で流布される福祉ショービニズム的な言説とはまったく異なっている。また最近では、永住許可申請や在留資格更新手数料の大幅な引き上げを政府が発表したことなどに伴い、SNSを通じて一部でふたたび排外的な動きが高まる傾向もあるようだ。上記で示すとおり、外国人の社会保障にまつわるデマにはまったく根拠がないことは、この場でもあらためて強調をしておきたい。
日本型福祉排外主義は誰を「排除」するのか
このように、福祉ショービニズム的主張が〈我々〉の外へ排除しようとする〈彼ら〉は、外国人や移民に設定されるのが一般的だ。だが、これまで見てきたように、日本の場合はそのような対象に加えて、高齢者や生活保護受給者にも「批判」の矛先が向かうことが少なくない。
次に紹介するTBS『サンデーモーニング』のYahoo!ニュースに対するコメントと返信は、その意味で象徴的だ。

元のコメントでは、政府の引き上げに対して反対意見を強く主張する一方で、「高齢者のサロン化や必要以上の薬の過剰供給のようないわゆる無駄遣い」と高齢者に問題の原因があるかのような指摘もしている。それに対して、返信者は自分もその年齢層に近いことを述べたうえで、「本当に治療が必要で通院してるだけ」と高齢者を擁護し、自分たちが本来享受できるはずの医療資源を蝕んでいるのは「治療のためだけに日本に来ている外国人」や「必要以上に子どもの薬をもらうと言うお母さん」なのだ、と主張する。一方で、この返答者は「医療は必要な人が受けることが出来るものである」と正論も述べている。両コメントとも、正論と偏見や排外的主張がパッチワークのように混じり合っている。そのような矛盾が本人の中でどのように同居し整合しているのかは知りようもないが、匿名発言とはそういうものかもしれないし、もっといえば人間の感情というもの自体がそもそも矛盾のかたまりで出来上がっているのだろう。
ともあれ、ここまで見てきたことからもわかるとおり、欧州社会の福祉ショービニズムが一般的に「自国民」対「自国民の社会保障制度や福祉資源に不当にタダ乗りする移民・外国人」という、〈我々〉vs〈彼ら〉のわかりやすい対立構図を取るのに対して、日本の場合は、「社会保険料を納付して制度の構築維持に貢献している現役世代の〈我々〉」に対して、「その制度にタダ乗りして社会保障資源を蝕む外国人/移民/高齢者/生活保護受給者」等の様々な〈彼ら〉が排除対象に押し込められてしまうようだ。そんな対立状況を作ってしまう遠因のひとつは、同じ社会に暮らして支え合う者同士という当事者性や連帯感を醸成しにくい、複雑で分立した日本の健康保険制度にもあるように思える(著者と文筆家の綿野恵太氏による対談も参照)。
次回以降では、そのような排外思想の温床にもなりかねない危うさを併せ持つ日本の健康保険制度の現状や、分断を乗り越えてゆくための方法について、高齢者の医療保険と高額療養費制度を切り口にして考察を進めてゆきたい。
プロフィール

(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞・第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『MotoGP 最速ライダーの肖像』、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』(集英社新書)など。自己免疫疾患の治療で2009年から高額療養費制度を継続利用中。






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