高額療養費beyond 分断を越える社会保障 第2回

特定疾病患者にも負担増を強いるのか? 資料を読み解き財務省の思惑を探る

西村章

高額療養費制度利用の当事者でもあるジャーナリストの西村章氏が、決して終わったわけでも解決したわけでもない、この制度の〈見直し〉問題を追う連載の第2回。前回は2025年末に始まる〈見直し〉の議論を追うとともに、著者自身もはまった制度の陥穽が紹介された。今回も引き続き、現行の議論の問題点を徹底的に検証する。資料から明らかになる財務省の次なる思惑とは……?

より負担の大きい2027年8月からの引き上げ

 高額療養費制度の〈見直し〉そのものに話を戻そう。政府が「2年間のパッケージで実施する」と主張している引き上げのうち、2年目の2027年8月1日からの自己負担上限額と引き上げ幅は以下のとおりだ。

[表1:2027年8月からの高額療養費自己負担上限額]

各所得区分ごとの1ヶ月あたり自己負担上限額。従来の5区分のうち、旧区分アから旧区分エまでの所得階層はそれぞれ3つに細分化し、住民税非課税の旧区分オと合わせて全13区分になる。この新13区分の前年(2026年8月実施分)からの引き上げ率は0パーセントから約28パーセントまでと様々で、現行制度からの引き上げ率は最大で37パーセント超となる(図版作成:MOTHER)。

 ドラスティックな制度変更、という意味では今年8月の引き上げよりも、この2027年引き上げ分のほうが高額療養費制度利用者には大きなインパクトをもたらすだろう。所得区分が現行の5から13へ細分化されることに伴い、引き上げが発生しない人や大きな引き上げになる人(最大で前年比28パーセント超)など、所得によって様々な違いが発生する。さらに現行制度からの引き上げ幅を見ると、最大で37パーセントを超える所得区分もある。こうやって見てみると、総じて制度利用者にかなり厳しい引き上げになっていることがより明確に理解できるだろう。

 この2年越しの自己負担引き上げによって、社会保険料が軽減される金額は1人あたり1ヶ月約116円で、これを指して国会などで「ペットボトル1本分」と皮肉られていたことは、何度も述べたとおりだ。また、これも前連載で昨年来何度も指摘してきたことだが、1ヶ月あたりペットボトル1本分の社会保険料を軽減するために高額療養費利用者の負担を最大で月額38パーセント引き上げる、という政府の手法(健康な現役世代から疾患やケガの治療が必要な現役世代へのコストシフティング)が、はたして社会的に公正なものなのかどうか、ということの判断は、当記事をお読みいただいている諸兄姉の判断にあらためて委ねることにしたい。

 要するに、今回の引き上げは「現役世代の社会保険料負担はもはや限界」だけれども、疾患やケガで高額療養費制度を利用する人の自己負担はまだ限界ではない、という判断に基づく政策といっていいだろう。政府の政策が本当にEBPM(Evidence-Based Policy Making:客観的・科学的根拠に基づく政策立案)に基づいて形成されているのであれば、社会全体の厚生を上げる手段として疾患当事者の治療費負担を引き上げることが正当な手段だ、という論拠になるデータや論文等がきっとあるのだろう。そのような統計資料や論文は寡聞にして目にしたことがないのだが、もしご存じの方がいれば、ぜひとも編集部もしくは筆者宛にご教示をお願いしたい。

「特定疾病」にも〈見直し〉が……?

 今回の月額上限引き上げに関連して、高額療養費にかかわるもうひとつのトピックを紹介しておきたい。「特定疾病制度」の自己負担〈見直し〉を財務省が主張していることは、6月に公開した全国がん患者団体連合会理事長・天野慎介氏との対談で触れたとおりだ。この問題について、財務省はその後も新たな動きを見せている。世間ではあまり注目されていないようだが、重要な事柄なのであらためて注意を喚起しておきたい。

 まずはこの制度について簡単に説明をしておこう。ここで言う「特定疾病」とは血友病、HIV、人工透析を必要とする腎疾患のことで、これらの治療は高額療養費制度の多数回該当のなかでも「特例措置」として月額の自己負担が1万円(高所得者の場合は2万円)に抑えられている。上記対談で天野氏が言及していたのは、2026年4月28日に行われた財政制度等審議会の財政制度分科会で配布された資料の中に「特定の疾病についてのみ自己負担限度額を大きく抑制していることについて、見直しの必要性も含め検討していくべき」と主張するもの(同資料P33)が入っていたことを指している。

[図1:財務省「持続可能な社会保障制度の構築(財政各論Ⅱ)」資料より]

上記対談で天野氏が指摘しているとおり、この資料がいう「公平性」「見直し」は患者負担額の軽減ではなく、引き上げを意味している。また、右下の円グラフで「当事者の多くも医療費負担の分かち合い、支え合いの在り方に対し問題意識を持っている」という部分も、患者自身が引き上げに賛成しているとミスリードするための意図的曲解と思われる。

この資料が配付された会議は財務省ウェブサイトで議事要旨が公開されているのみで、その議事要旨でも特定疾病に関する言及はないため、どこまで真剣に議論されたのかは判断できない。過去に行われた財政制度分科会の資料や議事録などを見てみても、特定疾病の自己負担限度額に関する記録がないことから、この4月28日の会議でいきなり登場してきたようにも見える。

 財政審の資料としては唐突に見えるこの登場だが、じつは厚労省では特定疾病が話題に上がったことがある。その舞台になったのは、高額療養費制度の〈見直し〉が2025年3月に一時凍結された後に、その議論を行う組織として招集された「高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」だ。

 2025年12月8日に行われた第7回の専門委員会では、当日の会議に欠席をした菊池馨実(よしみ)委員(早稲田大学理事・法学学術院教授)が自分の意見を述べる資料を提出していた。そこには、「高額長期疾病(特定疾病)に係る特例も含めた形で負担と給付の在り方を考えることが、受療機会の実質的平等を図り、負担能力に応じた負担という全世代型社会保障の理念を推進するうえでも必要と考えられる」等の、特定疾病の自己負担〈見直し〉を示唆する言及があった。また、この日に厚労省事務局が示した「高額療養費制度の見直しの基本的な考え方(案)」(とりまとめの叩き台)にも「制度創設以降、疾病構造や治療の在り方が大きく変化していることを踏まえると、高額療養費制度における特定疾病に係る特例の在り方についても検討が必要という指摘があった』という一文が、当日欠席の菊池委員の提案とまるで軌を一にするように、、、、、、、、、、、、盛り込まれていた。

 上述のとおり、菊池氏はこの日の会議に欠席していたため、なぜこの提出資料で唐突にも見える特定疾病への言及を行ったのかという真意は不明だ。一方、厚労省事務局が「高額療養費制度の見直しの基本的な考え方(案)」に、これもまた唐突に見える特定疾病に関する記載をしたことついては、複数の委員から「この専門委員会で過去に議論になったとは承知していない」(天野慎介委員)「論点であるかのように提示することには反対」(同)「どのような内容なのか、どのような方向なのか理解できず困惑している」(大黒宏司委員)「当事者の意見も聞いておらず、この委員会でも具体的に議論していないので、文章は削除したほうがいい」(袖井孝子委員)などの反対意見が相次いだ。その結果、次回の専門委員会(12月15日)で修正案として厚労省が示した「高額療養費制度の見直しの基本的な考え方」ではこの一文が削除された。このときの一連の経緯は、第7回専門委員会の議事録ですべて公開されている。

「ミスリード」を促す財務省の資料

 今年4月の財務省資料に話を戻す。ここで財務省が主張している内容は、筆者との上記対談で天野氏が指摘しているとおり、「透析患者さんの負担を、多数回該当の金額を支払っている人の負担に合わせないと不公平ですよね」という論旨だ。図3の右下にある「人工透析患者に対する意識調査の結果」という部分では、「当事者の多くも、医療費負担の分かち合い・支え合いの在り方に対し問題意識を持っている」と太字で強調し、その論拠として「透析医療費を誰がどの程度負担するべきか」という問いに対する回答「少し考える必要がある(54.4パーセント)」「大いに考える必要がある(20.4パーセント)」を円グラフで示している。財務省資料のこの部分を読む限りでは、「もう少し患者負担を増やしたほうがいいのではないか」と、多数の透析患者自身が考えているアンケート結果のようにも読めてしまう。

 上記財務省資料には、このアンケートの出典が公益社団法人日本透析医会・実態調査検討ワーキンググループ「2021年度血液透析患者実態調査報告書」であることが示されている。そこで、この報告書にも目を通してみた。すると、医療費負担に関するアンケート結果については、以下のように記されていた。

[図2:「2021年度血液透析患者実態調査報告書」(P44)より]

2022年9月2日に公開されたこの報告書内では、透析を行う医療機関までの通院交通費や自宅透析にかかる費用の大きさ、透析時間の長さなど、患者負担のさまざまな問題や課題が紹介されている。分析対象患者は7461人(男性66.2パーセント,女性33.8パーセント)。

報告書を最初から読み進んでいくと、財務省資料の示唆とは異なって、多くの透析患者が経済的な負担の重さを訴えていることが明確に見て取れる。上で紹介した「少し考える必要がある」「大いに考える必要がある」という回答については、治療に必要な負担(公費/保険/自己負担)を患者自身が認識して熟慮する必要がある、という意味であることもわかる。さらに、報告書のまとめ(P45)には、「医療費の自己負担が透析患者の生活を直接的に圧迫している可能性が高いことから,負担軽減のための早急な対策が必要である」という見解も記されている。

つまり、この報告書から読み取れることは、透析治療当事者にかかる様々な負担(医療費、通院の交通費、治療回数や時間)の重さであって、財務省資料が記すような「特定の疾病についてのみ自己負担限度額を大きく抑制していることについて、見直しの必要性を含めて検討していくべき」ことの論拠になるようなものではまったくない。まるで患者自身が自己負担引き上げに賛成しているかのようにミスリードさせる、しかも、「問題意識を持っていることがうかがえる」という婉曲表現をあえて用いる財務省の資料引用は、きわめて悪質で姑息な方法というほかない。

 財務省のこの特定疾病制度に関する姿勢は、同省が「骨太の方針」に向けて提言する6月26日の建議「人口減少と不確実性の時代における国力の強化と財政運営」にも盛り込まれた。そこでは、特定疾病についてわざわざ項目を設け、以下のように記している。

[図3:2026年6月財務省建議(P68)より

文章の内容は4月の財政審資料を要約したもの。文末の[資料Ⅲ―2-6]は、その財政審資料を指している。また、このページの欄外註では、2021年度血液透析患者実態調査報告書を紹介し、「当事者の多くも、医療費負担の分かち合い・支え合いの在り方に対し問題意識を持っていることがうかがえる」と財政審資料と同様にミスリードを誘っている。

 この建議でも、前記の対談で天野氏が指摘していた「他疾患の患者との公平性」という文言が登場している。それにしても本当に不思議なのだが、じっさいに様々な疾患治療で高額療養費制度の多数回該当を利用している人々が「人工透析患者や血友病の人は月額1万円でずるい。彼らの自己負担をもっと引き上げるべきだ」と考えるものだろうか。

 治療をしながら生活してゆくことの大変さ、そして「諸外国と比べてもこのような恵まれている制度を擁している国はほとんどな」いという厚労省の自画自賛(「高額療養費の見直しの基本的な考え方」P2L17)に反して、じつは高額療養費制度の自己負担額が非常に高額であることを誰よりもよく知っているのは、多数回該当の利用者たちだ。そんな多数回該当利用者が、「人工透析患者は自分たちのようにもっと経済的に苦しい思いをするべきだ」と主張するとは、とても考えにくい(もちろん、なかにはそういう人が多少はいるかもしれないことは否定しないけれども)。多数回該当の金額を16年以上延々と支払い続けてきた自分自身のことを振り返っても、透析患者の自己負担が月額1万円ですんでいることをずるいと思ったことは一度もない。むしろ考えが及ぶのは、特定疾病患者の特例措置をまるで財源のブルーオーシャンであるかのように見なし、ここからさらに金を搾り取れると目をつけた財務省の冷血さのほうだ。

 ともあれ、建議はあくまでもその段階での財務省最大限の要求で、かなり厳しい内容のものでもあえて盛り込むことがある、という。実際に、この建議後、7月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針)では、特定疾病に関する財務省の提言は採用されておらず、ひと言も言及してない。

 さらに、7月16日の参議院厚生労働委員会では、山内かなこ議員(立憲)がこの件について質問で取り上げた際に、上野賢一郎厚労相は「厚生労働省としては現時点でその見直しは考えておりません」「仮にそういったこと(特例措置〈見直し〉の提案)があった場合にはですね、当然、患者団体の皆さん等のご意見も踏まえて、という形になろうかという風に考えております」と答弁している。これはつまり、厚労省としては当面の間、財務省の提言を「前向きに」受け止めるつもりはない、という意思表示だと理解していいだろう。

 この質疑応答で上野厚労相が「患者団体の皆さん」という当事者たちも、今回の財務省提言には明確な反対意志を表明している。

 一般社団法人全国腎臓病協議会が7月15日に発表した『高額療養費制度における長期高額疾病に係る特例の見直しに関する意見書』では、財務省が都合良くミスリード的に引用した上記紹介のアンケート結果について、「この回答は、透析医療費や制度の持続可能性について患者も関心を持ち、考えていく必要があるとの認識を示したものであり、特定疾病制度における自己負担限度額の引上げへの賛意や容認を示すものではありません」と、財務省の解釈を全面否定。さらに、「特定疾病制度の自己負担限度額の見直しは、医療保険制度内の問題にとどまらず、関連する公費負担医療や自治体の医療費助成制度にも影響し得ます。そのため、患者の受療継続への影響や関連制度との関係を十分に検証しないまま、自己負担限度額の引上げありきで結論づけるべきではありません」と、財務省の姿勢に釘を刺している。

 また、日本難病・疾病団体協議会は、7月24日に『特定疾病に係る自己負担限度額見直しの検討について』という声明を発表。その中では、「長期にわたり治療が必要な患者の就労状況をはじめとする生活実態等を考慮しないまま、負担増を前提とした検討を行うことは、患者や家族の不安を増大させるだけでなく、社会保障の根幹である『生存権の保障』を損なう恐れがあることを大変危惧しています」「『病気や障害による障壁をなくし、一人ひとりが人間としての尊厳が大切にされる社会』を願う弊会として、当事者の声に真摯に耳を傾け、患者が安心して治療を受け続けられる制度の維持継続のための慎重かつ丁寧な検討がなされることを求めます」と、財務省が目指そうとしている方向の誤りを糺している。

 このように当事者団体からの反対意見が相次ぎ、今回の「骨太」には記載がなく厚労省も財務省の提言をかわしているからといって、しかし、安心してしまうのは早計だ。公費支出を絞る候補として財務省が特定疾病に目をつけたことは間違いなく、これからも様々な形で手を替え品を替え、特定疾病の特例措置をはじめ、高額療養費全般の自己負担引き上げを、隙があれば「提言」してくることは充分に考えられる。今後の財政審の動きや、12月に公開される2027年度予算案に向けた財務省建議の内容にも、我々は注意を怠らず気を配っておく必要があるだろう。

 第1回
高額療養費beyond 分断を越える社会保障

高額療養費制度利用の当事者でもあるジャーナリストの西村章氏が、決して終わったわけでも解決したわけでもない、この制度の〈見直し〉問題を追う。

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プロフィール

西村章

(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞・第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)、『MotoGP 最速ライダーの肖像』、『スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか』(集英社新書)など。自己免疫疾患の治療で2009年から高額療養費制度を継続利用中。

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