東京に住む意味が薄れる?
独立研究者/パブリックスピーカーの山口周は、2023年4月21日付のnoteで、パンデミックが都市に与える影響について、次のような考察を記していた。キーワードは「仮想空間へのシフト」だ。論旨の要約は以下になる。
インターネットとメールがスタンダードになった1990年代以降、人がオフィスという物理空間に集まる合理性は、そもそも希薄になっていた。
にもかかわらず、人々はコストと時間をかけて物理的に集まってから、再び仮想空間に入って仕事をするという、ややこしいことをやっていた。
今回、パンデミックによって、物理的に集まることができないという制約を強制的に突き付けられ、仮想空間へのシフトがようやく進んだ。
その結果、もし週に1~2日の出勤が社会的なスタンダードになれば、都市中心部の昼間就業人口は5分の1~5分の2となり、オフィススペースの半分以上が空き室となる。そして、都市部の不動産開発は停滞する。
その副作用として、都市への一極集中は薄れる。その結果、次のような展望が開ける。
知的生産の才能とスキルと英語さえあれば、世界中の好きなところに住みながら、もっとも高い報酬ともっとも高いやりがいを与えてくれる企業に勤めることができる時代がやってくる。その時、都市そのものの魅力が、あらためて問われることになる
(『山口周 note #008 新型コロナウィルスがもたらした都市への影響とライフスタイルの多様化について』)
実際、私が知る大手コンサルタント会社は、コロナの時期に、高額な家賃のかかる都心の超高層タワー内のオフィスを半分に縮小した。そのオフィスはもともと、複数のセキュリティゲートをはじめ、エレベーターホールや廊下といった、非生産的なスペースの割合の方が高いというバカげたものだったが。
さて、山口の予測をコロナ禍の時代が過ぎた2026年現在から振り返ってみると、どうだろうか。
リモートワークとともに、ライフスタイルの転換を先頭に立ってうながしていたIT、金融、コンサルタント、スタートアップ企業からは、オフィス回帰をうながす話が相次いだ。
グローバル企業ではAmazonのCEO、アンディ・ジャシーが全従業員に対し、2025年1月から原則週5日の出社を義務付けることを、先駆的に打ち出した。ジャシーはその理由について、対面の方が若手の育成や偶発的なコミュニケーションが図れて、イノベーションが起きやすくなり、高いレベルで組織文化も維持される、と語っている。
日本でも同時期からLINEヤフー、楽天グループ、アクセンチュアなどが、リモートワークを残しながらも、出社頻度を増やす方向に舵を切り直した。
コロナ禍の最中、2020年7月から21年2月まで、東京の人口は8カ月連続で転出超過となった。この時点で、リモートワークの促進とともに、東京に住む意味が薄れるという予測は、一時的にその通りになっていた。
しかし、2024年には転入超過が約7.9万人と大幅に回復。25年も6.5万人の転入超過と、コロナ禍以前よりも強い揺り戻しが起きている。
リアルで集まる意味は、それを失った時に、逆説的に私たちが痛感したことの一つである。ある案件について、相手が本気なのか、表面的につきあっているだけなのか、その人は信用に足るのか、口先だけで言っているのか、そういった機微に触れる判断は、対面で会ってみないと難しい。特に、円滑な人間関係が重視される企業や組織は、まだまだそのようなコミュニケーションを必要としている。
ということで、「2026年現在の時点では」という留保の下で、「昼間就業人口が大幅に減り、一極集中が薄れる」という点では、山口の予想は大きくはずれたことになる。東京が持つ企業の集積、さらに知識産業や大学などの教育機関、文化・商業の厚みは、想像を超える強さを持っていた。
もしかしたら、「知的生産の才能とスキルと英語」という能力を持つ人たちは、「世界中の好きなところに住みながら、もっとも高い報酬ともっとも高いやりがいを与えてくれる企業に勤める」という理想を手にしたかもしれない。
しかし、それはどんな状況にも適応できる力を持った一部の能動的な人たちのものであり、都市で「仮想空間へのシフト」が進んだことは、圧倒的多数のライフスタイルを変えることにはならなかった。リモートワークと、働き方・仕事観の多様化は確かに進んだものの、オオバコに暮らし、オオバコに揺られて通勤し、オオバコで働くというオオバコ信仰は、本質的には変わらなかったのだ。もちろん、そこにはオオバコモデルを基本とした、日本独特の労働・雇用制度というものが底に横たわるのであるが。
かくして現在、東京への一極集中はますます進み、都市・東京はさらに強固な物理的空間へと、逆ベクトルにトランスフォームした。
ただし、山口が提示した「都市そのものの魅力が問われる時代になる」ということだけは、当時も、現在も確かな論点であることは間違いない。
都市の「つまらなさ」を乗り越えるために
ここでいくつかの都市の写真を見てほしい。



大学や大学院で都市論の講義を行う時、私は学生たちにこれらの写真を見せて、「ここはどこでしょう?」というクイズを出している。日本人、外国人問わず、よく返ってくる答えが「上海ですか?」である。
しかし、写真のアングルを変えたり、ズームアウトしたりすると、クライスラー・ビルディングやグリニッジ王立海軍大学校、東京駅丸の内駅舎などのシンボル建築が出てきて、「ああ、ロンドンだった」「東京だった」と、みんながざわめく。



日本では岩手県であろうと、岐阜県であろうと、新幹線の駅前はみな同じ眺めになっているが、そのような同質性のプレッシャーは、雑然とした超高層タワーの林立と、時折混じる奇抜な建築とともに、いまや世界の都市に蔓延している。それは、都市エンジニアリングの勝利ともいえるものであろうが、同質性が都市の魅力かといえば、最適化が大好きな都市工学のエンジニアだって、それは違うと否定するだろう。
イギリスの建築デザイナー、トーマス・ヘザウィックは、ニューヨークの水上公園「リトルアイランド」、ロンドン・キングスクロスの再開発「コール・ドロップス・ヤード」、シリコンバレーのグーグル新社屋「Google Bay View」などを手がけた、世界中でひっぱりだこの奇才だ。東京では麻布台ヒルズ低層部の、ぐにゃりとした格子の屋根。あれがヘザウィックの手によるものである。
都市が見る悪夢にも思える麻布台ヒルズのあの屋根は、賛否はあるものの、AI時代のトロフィー的シンボルであり、彼が21世紀の先頭を走るデザイナーであることは、疑いようがない。
そのヘザウィックは、著書『HUMANISE 建築で人間味のある都市をつくる』(草思社、2025年)で、ドイツ、ロシア、アルゼンチン、シンガポール、ケニア……と、世界中の都市の写真を並べて、その見分けのつかなさに絶望しながら、「つまらなさの大惨事が起きている」と、彼一流の問題提起を行っている。
ヘザウィックは、「つまらなさ」の要因として、次の7点を挙げる。
1.平らすぎる
2.地味すぎる
3.直線的すぎる
4.ピカピカすぎる
5.単調すぎる
6.個性がなさすぎる
7.真面目過ぎる
まさにその通り。
そして彼は、そのつまらなさを乗り越えるために、次の基準を都市デザインに持ち込め、と強く主張する。
1.退屈でないこと:
ガラスの箱のような外観、平坦なファサード(表面)、無表情な全体が「退屈のパンデミック」を起こし、それが人間の感情や健康にも悪影響を与えている。通り過ぎる間、その建物を見続けたくなるかどうかを、もっと意識するべきだ。
2.「40メートル、20メートル、2メートル」のルール:
それぞれの距離から見た時に、視覚的に耐えうる建築であるか。そのことを重視する、彼ならではのユニークな基準がこのルールだ。
40メートルは、俯瞰した時に調和のとれた都市景観かどうか。
20メートルは、街路から見た時に、面白いと思えるデザインかどうか。
そして、2メートルという至近距離で見た時に、細部への驚きがあるかどうか。
建築は、それらの多層スケールで人を惹きつけるべきであり、遠景だけ、あるいは近景だけで終わっていてはダメなのである。この基準はそのまま、巨大開発へのアンチテーゼになっている。
3.感情を生み出すこと:
建築とは「感情装置」である。都市や建築の機能という時に、私たちはどうしても鉄道、道路、ビルといった鉄とコンクリートの塊をイメージしてしまうが、ヘザウィックは「人間の感情を喜ばせること」も、都市と建築の大きな機能だと主張する。ゆえに、そこには驚き、好奇心、安心、遊び心、愛着が生じなければならない。
4.人間のスケールであること:
長すぎる平らな壁、巨大なガラス面、単調なパターンの繰り返しで作られた街区には、人の息吹や痕跡が感じられない。そのようなまちづくりを批判し、小さな曲がり角、偶然の発見、さまざまなファサード、歩きたくなる密度といったものを手放すな、という。
5.「デートテスト」に耐えうるか?:
そこに実利的な目的がなくても、デートで行きたいと思うか?――という視点で、街や場所の価値を図る。それが、ヘザウィックの提唱する「デートテスト」。情緒にもとづいた、目的のない滞在価値という、効率とは反対からの問いかけだ。
このようにヘザウィックは、人間の感情を喚起することを、耐火性や耐震性と同じく、建築の「機能」として定義する。これらの物差しで評価したら、東京はGPCIランキングのように世界2位にランクされるだろうか、と好奇心が湧いてくる。
さらにヘザウィックは、建築や都市開発に携わる者は、その街が「1000年残る」という前提で仕事に取り組めと、檄を飛ばす。
100年ではなく1000年。
一見、誇大妄想的な時間軸に思えるが、わが日本の京都だって1000年以上の歴史を持つ。都市は、長い時間に耐えてこそ都市となるのである。
世界の中心都市となる原理
そのような時間軸からの評価は、フランスの経済学者・思想家で、欧州復興開発銀行の初代総裁を務めたジャック・アタリが、繰り返し提言してきたものでもある。前掲の『変われ! 東京』で、隈と私はアタリの『21世紀の歴史』(作品社、2008年)にある「世界中心都市」という概念から、東京を眺めてみた。
アタリは都市の発祥を、13世紀、ヨーロッパに資本主義が発現した時点に置いている。その中で、各世紀に都市を発展させた人々が集まった場所を、「世界中心都市(中心都市)」と呼んでいる。アタリの言葉を借りると、中心都市とは「クリエイター階級が新しさ、発見への情熱を燃やす場所」のことになる。
その「クリエイター階級」とは、海運業者、起業家、商人、技術者、金融業者、芸術家、知識人ら、各時代に都市が発展する原理を体現した人たちのことだ。
13~14世紀のブルージュから始まり、以後、ヴェネツィア(14~16世紀)、アントワープ(16世紀)、ジェノヴァ(16~17世紀)、アムステルダム(17~18世紀)、ロンドン(18~19世紀)、ボストン(19~20世紀)、ニューヨーク(20世紀)、ロサンゼルス(20世紀~)と、中心都市は歴史の中で変遷を遂げてきた。
過去を概観すると、都市の変遷は決して戦争などの暴力や攻撃によって起きたわけではないことが分かる。それは常にテクノロジーの変化と一体であり、それまでの中心都市とは違った、経済・文化の成長原理を持った都市が現れた時に、主役の交代は起きる。
実は20世紀後半の1980年代、中心都市の軸がニューヨークからロサンゼルスに移る前のタイミングで、東京は中心都市になるチャンスがあった、とアタリはいう。日本のバブル前夜とバブルの時期である。当時、バブル経済の大元となった東京の地価はすさまじい高騰ぶりで、東京23区の土地をすべて売れば、アメリカ全土が買えるといった試算まで登場していた。
しかし、世界制覇ができるほどのお金を手にしていた東京は、そのチャンスを逃した。
その時、日本企業がやっていたことは、ニューヨークのロックフェラーセンターや、カリフォルニアのペブルビーチ・ゴルフコース、ハワイの名門ホテルなどをトロフィーのように買い漁ること。新たな経済と文化の成長原理を作り出す、という中心都市の原理とは正反対の旧い価値、しかも自国ではなく、他国が作った新自由主義という価値に寄生して、金儲けをすることだった。
その後、バブル崩壊により、いったん日本企業のものになったトロフィー不動産は、多くの損失を抱えて再び売却される。何とも格好のつかない成り行きを経て、日本は失われた30年に突入していく。もしかしたら、コロナ後の東京に出現した数々の巨大再開発は、かつての大失敗のトラウマを乗り超えようとする、デベロッパーたちの怨念のたまものかもしれない。
これまで述べた通り、GPCIの経済パワーに始まり、GLIの住みやすさ、ヘザウィックの「デートテスト」、アタリの世界中心都市まで、都市を図る指標はさまざまにある。が、私が東京に託す願いはただ一つ、『変われ! 東京』に記した通り、「自由で、ゆるくて、閉じない都市」であることだ。
同書の最後に、隈と私は東京が魅力的な都市であるための、いくつかのキーワードを抽出した。
そのうちの一つは「歴史」。土地の来歴に敬意を払い、再開発にあたっても、歴史的な建物や景観、モチーフを生かすこと。
もう一つは「地元」。これは大企業、中小企業、個人を問わず、その土地に自社の存在や個人の人生がきちんと紐づいていることを指す。地元を持てば、その持続的な発展が当事者としてより身近で切実なテーマになるし、投機ブームを起こして短期で売り抜けよう、などという発想はそうそう湧いてこない。
これから歩いていく場所は、渋谷は東急、池袋は豊島区、谷根千は住民というように、その土地と深い関係を持つ主体が、都市づくりに関与しているところばかりだ。それぞれ企業、行政、住民と、主体としての性質は異なるものの、それら多様なあり方が混在しているところに東京のポテンシャルがある。その意味で、東京は閉じていないし、人々は誰かに強制されることなく、自分に合った場所を選ぶ自由がある。ただし、自由には作用と反作用が、開放には希望と絶望の両面が、必ず付いてくる。それらは、いったいどのようなものなのか――。
前段はこのくらいにして、都市の現場を歩きながら、それらを具体的に紐解いていこう。
(第2回「シブヤ」は11月下旬公開予定です)

麻布台ヒルズ、高輪ゲートシティ、渋谷サクラテラス……コロナで止まった時間が動き出すとともに、TOKYOでは“100年に1度”の“魔改造”(大再開発ラッシュ)が進行中だ。 超高層ビル=金融商品となる21世紀資本主義の中で、私たちは格差の拡大、価値観の画一化、個人への抑圧という脅威に、都市を通じてさらされている。グローバルな競争に遅れず、個人の自由を確保するというアクロバットを、TOKYOは演じることができるか。 そのための思考と方策について、渋谷、池袋、谷根千、下北沢、丸の内など、TOKYOのシンボルエリアを踏査しながら解き明かしていく。 隈研吾、永山祐子など名だたる建築家からの信頼が厚く、時代の最先端にいる人物の取材を数多く行い、都市再生の研究者でもあるジャーナリストが、「新しいTOKYO」のあり方を問う。
プロフィール

ジャーナリスト・都市研究者
1960年、東京都生まれ。東京女子大学文理学部卒業。慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。英ケンブリッジ大学客員研究員。時代の先端を行く各界の人物インタビュー、都市開発、ライフスタイルを幅広く取材。著書に『新・都市論TOKYO』『変われ!東京 自由で、ゆるくて、閉じない都市』(いずれも隈研吾と共著、集英社新書)、『観光亡国論』(アレックス・カーと共著、中公新書ラクレ)、『書店再興 まちの本屋さんのゲームチェンジのために』(日経BP)など。
清野 由美(きよの・ゆみ)





内藤正典×久志本裕子
猪股東吾× 奇妙礼太郎
市川亨×横山勲
成田龍一×長瀬海
小山美砂×小山田浩子
アレックス・カー