大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 Vol.5

いろんなミュージシャンの心の中にあるジャズ

大江千里

坂本龍一との出会い

坂本龍一さんとニューヨークの某所でバッタリお会いしたことがあります。2020年、新型コロナのまっただなかだったと思います。亡くなられる3年ほど前のことです。今となってそれは僕にとって貴重な思い出となっています。坂本さんとジャズの話をしたのです。

僕は大村憲司さんプロデュースのアルバム『WAKU WAKU』で1983年にポップスのシンガーソングライターとしてデビューをしました。憲司さんが坂本さんと音楽活動を一緒にして親しかったこともあり、NHKのラジオ番組「サウンドストリート」に、憲司さんと一緒にお邪魔したのが坂本さんとの最初の出会いになります。

その後「月刊カドカワ」全盛期の80年代の終わりに、「カドカワの人に電話番号を聞いたんだ」と、僕の自宅に電話をいただきました。薬師丸ひろ子さんに提供する曲の歌詞を僕に書いて欲しいという発注でした。その曲は「ふたりの宇宙」という楽曲になりました。

教授(僕の中ではいつもこう呼んでいますので以後はこの呼び方で)はその後NYに渡ります。僕も数年後にNYでアパートを借りて日本と行ったり来たりの生活を始めます。そんなある日、イーストビレッジを歩いていて、教授がコインパーキングにコインを入れているところに出くわすのです。

「大江です。坂本さんですよね。お久しぶりです。今僕はNYに住んでいるんです」

まだ漠然とNYにきたばかりの僕は教授にそう言いました。

「え? 大江ってあの大江千里? うそだ。大江千里はそんなに髭面じゃないもの」

となかなか信じてもらえず、しばらく押し問答が続きやっと理解してもらった途端に、

「今、『シェルタリング·スカイ』が出来たところなんだけれど聞いてくれないかなあ?」

というお誘いをもらったのです。そんなの断る理由がありません。ドキドキしながらついて行って早速大音量で聴かせていただきました。壮大な旋律、どこか乾いたイメージの音楽、映画がどんな内容かはわからないけれど、いくつもの誤解ですれ違っていく人たちの数奇な運命のようなものを感じました。

途中、スタンダード曲「Never Let Me Go」が思い浮かぶような転調を繰り返すパートがジャズっぽいと思い、引き込まれているうちに突き上げるような弦の低音の応酬で涙があふれ落ちてしまいました。

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プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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