大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 Vol.5

いろんなミュージシャンの心の中にあるジャズ

大江千里

森山良子のジャズとの再会

今回の最後は、森山良子さんとのエピソードを。子供の頃にジャズに触れて、毎日英語の歌詞を歯を磨くように口ずさんでいたのに、フォークシンガーとしてデビューして認知されキャリアを積み上げられた良子さん。

そんな彼女とジャズボーカルアルバムを作ろうという企画が持ち上がりました。ジャズ風に作ったトラックに、「歌って、はい終わり」ではなく、NYに来てジャズの素敵に触れませんか? と提案をさせていただいたところ、「ぜひやりたいわ」と仕事の合間を縫って東京とNYの行ったり来たりを始められました。

「父がジャズトランペッターでアメリカに住んでいたから、よくジャズのレコードをかけていて、小さな私はそれを耳で覚えて歌っていたの。するとね、父がね、良子いらっしゃいって、呼ぶの。英語の発音が違っているところを矯正してくれるのね。もっとジャズのことを教えてくれればよかったのにね!」

そんなふうに言って笑う彼女は、この原稿を書いている日の朝、2回目の短期留学を終えて、JFK空港から日本へ帰国の途に着きました。出国ゲート潜りながら長いメールが良子さんから来ました。

「ジャズには誰も知らない私がいる。声の出し方、スケール、モード色々違いはあっても、楽しい。そして私はその方向へ向かうのだ。みんなが納得するジャズを作り上げるのだという気持ちに気づくと涙が溢れてきます。」(以下、やり取りは原文ママ)

ずっと好きで歌詞カードを見なくても歌えるスタンダードがいっぱいで、でもそれは心の中に大事にしまっていたという良子さん。

ジャズのドアを開けたらそこにはいっぱいの不思議が詰まっていて、一個一個戸惑いながらもその都度クリアされて、どんどん僕が作った曲のフレーズをオーセンティックにグレードアップして歌ってくださいました。

インプロビゼーションのコツや、息継ぎなどのアメリカで生まれたジャズの呼吸感、グルーヴ感を教えてくれる2人の先生と良子さんのレッスンは、僕にとっても目から鱗の連続のようでした。

「パーフェクトなんてあり得ないけれど、いつも何かに向かって精進していきたい。小さい時からJazzシンガーになりたいと思って居た夢が叶う、予感。結構歳とったけどね、未だ大丈夫。大江千里さんが声を掛けてくれて、ボロボロになりかけた子供の頃の夢の実現への道が始まり、毎日が嬉しく楽しくて、、、、」

送る相手がいなくて息子の直太朗さんへパッションのままに送ったメールを、「今の気持ちだから知って欲しいの」と僕にも転送してくださったのです。

いろんなミュージシャンの心の中にあるジャズ、それはきっといくつになっても色褪せない音楽の原風景なのだと思います。

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プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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