話は戻って2020年のコロナ禍
「35年ぶりくらいかな?」
久しぶりに教授に再会した夜にLINEがきました。
「シェリタリング·スカイの音が出来た時にNYの道端で偶然に会ってそのまま仕事場にお邪魔しました! ぼく的には100年ぶりに感じます! 嬉しいです」(以下、やり取りは原文ママ)
と返事をしました。すると教授は、
「90年頃かな、そんなことあったっけ? 青山近辺でしょう?」。
僕は「青山でなくNY」だとその時の様子を必死に伝えるのですが、教授はとてもフラットに「そうだっけ?」と不思議そうでした。
「大江君はいつNYへ来たの?、元々どういうジャズが好きでそうなったの?子供の頃からビバップを聴いていたとか?」
僕は坂本龍一という人にデビューして間もない頃に出会って、その8年ほど後に一緒に作詞というお仕事をさせていただいて、さらには偶然にNYの街角で再会したのです。これが「運命」でなくてなんなのでしょう。おっしゃるようにそれから30年が流れました。そんな思いを込めて書きました。
「初めて15歳で聴いたのがクリスコナーのBest、アントニオカルロスジョビンのstone(本当はstone flower)、ビルエバンス、セロニアスモンク、ギルエバンス、そしてレッドガーランドです。bebopは音大(ニュースクール)で叩き込まれました!」
思いの丈を文字に叩きつけるようにして。
教授 「ビバップはNYに来てからかあ。でも比較的古典的なものを聴いてきたんだね。」
僕 「はい、ジャケ買いで手当たり次第聴いてました。マイルス(マイルスデイビス)も最初に聴いたのがtutuでした。」
教授 「tutuは嫌い。やはり60年代のクインテットが最高だと思うけど、on the corner以降のビートモノもとてもいいよね。tutu はなあ、🤣」
僕 「そうですね。石岡瑛子さんのカバーに惹かれたんです。作品は60年台のcool jazzの誕生、miles ahead, Kind of Blueあたりは最高です。」
教授 「あのカバーはいいな。」
教授 「ピアニストは誰が好きなの?」
僕 「はい!^^ 」
僕 「ピアニストはビルエバンスがラベルっぽくて好きです!Cedar Waltonなんかのラテンが少し入った曲にも影響受けてます。」
僕 「曲ごとにいろんなピアニストが好きです。左手のコンピングはハンクジョーンズの影響受けました。」
教授 「ラベルのような和声が好きなのね?ぼくもビルエバンスが一番好きかな。グルーブもはんぱないね。」
僕 「はい!^^ 美しいものは力をくれます!この週末はチェットベイカーを聴いてます!」
教授 「ぐっーーーー」
ここでやりとりは終わります。僕たちはこの会話を2時間くらいかけてしていました。今思うととてもほんわかしていて、ジャズの素敵さを友達みたいにエンドレスに話せて楽しい時間だったのですが、実は再会した場所で僕はお酒を少し嗜んでいたので寝床でうつらうつらしながらの会話でした。
だから文字を打って教授に送信してすぐに自分は眠ってしまい、しばらくして手元でブルブルって携帯が震えるので、パッと起きてみると教授から返信が来ていて、それを読んで座り直して、一生懸命に指打ちで文字を入れて返信して、送ってしまうとまた少し夢心地で寝てしまって、しばらくすると再びブルブルって携帯が震える、そんな感じでした。なんか心地よい長いジャズの曲のインプロビゼーションやトレードをやっているようなグルーヴ感でした。
その後しばらくしてから自著『マンハッタンに陽はまた昇る 60歳から始まる青春グラフィテイ』を出版する時に、ふと教授に帯を書いていただけないかなと思いつきました。依頼すると、大変な中だったはずなのに早速ラインでのセッション会話の続きのような、
「ジャズは知的で俗っぽくてなんでも取り込む革新的な音楽だと僕は思います。君はどう思いますか? 坂本龍一(音楽家)」
こんな言葉が届きました。
僕はこれを読んで、35年前にNYのスタジオで涙をこぼした理由、その後NYに移住し生活する中、孤独と向き合う瞬間のこと、人種のこと、貧富の差、理不尽な軋轢など、悔しさや不安で落ち潰されそうになる現実にふと立ち止まり、前へも後ろへもいけなくなる瞬間がある自分と、この言葉を重ね合わせました。
いっぱいの音楽がこの街にあふれていて、世界中から集まった人の心を支えています。ジャズってそんなさまざまな音楽のいいところを取り入れて、しかも今もちょっとずつ変化し続けている。NYの街そのもののような音楽なんだなあと思いました。
名サックスプレイヤーであり作曲家のウェイン・ショーターの言葉にこういうフレーズがあります。
「ジャズっていう言葉の意味するところは、ノーカテゴリーってことだよ!」
お二人の言葉はどこか似ています。優しくてオープンで、僕の心に深く刺さった大切な宝物です。
プロフィール
(おおえ せんり)
1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。