2人のピアノ先生から学んだ「ジャズの真実」
今回は基礎練やジャズを聴くときに最低限知っておきたい知識などを解説する回にしましょう。
本題に入る前に、僕が実際に体験したレッスンのエピソードを。
僕の先生、アーロン‧ゴールドバーグに「君は歌手だろう? 歌ってフレーズを覚えたらいい」と言われたことがあります。マイルス‧デイヴィスの「ストレイト‧ノー‧チェイサー」の中でレッド‧ガーランドが弾いている有名なソロを、耳で聴き取り譜面に書いて彼に見せた時のことです。
その場でアーロンはそれを取り上げてゴミ箱に捨てたんです。どういうことか️? つまりジャズのフレーズ、特にインプロビゼーション(即興演奏)で弾かれているフレーズの中には、音符にできないノリや響きのものが多いので、それをいちいち「レッド·ガーランドの弾く『ストレイト·ノー·チェイサー』のソロ譜面」として書き記すことは所詮不可能なのです。
ここに”ジャズの本質”があります。せっかく魅力のあるジャズフレーズを自分の耳で味わって真似して毎日歌い覚えて身につけていくことこそが楽しいのに、どうして君はその過程を譜面に書こうとするんだい? って言いたかったのだと思います。
僕は歌をやめてニューヨークに来ているんだ、そして僕は音楽をトランスクライブ(耳コピして譜面に記す)ができるんだ、と勇んで楽譜を持って行ったわけですが、残念ながらそこにジャズの本質はなかったのです。
アーロンは「君のことを知りたい」と言うので、YouTubeで見つけた横浜スタジアムで「軍配はどっちにあがる」を歌っている映像をソファに座りながら一緒に鑑賞しました。すると見終わってアーロンが「これを出来る人がなぜジャズをわざわざ習うんだい?」と言いました。
つまり自作自演でパフォームする力があるのに、なぜそれをジャズに活かそうとしないのか? ということです。僕がジャズ理論をまだ知らなかったのを彼はよく分かっていましたから、歌えるのであればジャズフレーズを声に出し歌って覚えると体得できるのに、というアドバイスだったのです。
ジャズに関わり始めると大抵ボタンのかけ違えのように、どんどんこの本質から離れていってしまうのは、文章や譜面におこすなど、知識としてのジャズを頭に叩き込む方法と本当のジャズを学ぶ方法が違うからなんです。
もう1人、ジュニア‧マンスというブルースを得意としたレジェンドのジャズピアニストにも僕はピアノを習っていました。授業の内容は、僕に演奏させてそれを彼が聴いて自分も弾きたくなれば弾いて、それを今度は僕がマネて弾くというものです。で、これだ! と習いたいフレーズがジュニアから出てくると、僕がピアノに近づいて凝視するので彼はそこで止まり、もう一度そのフレーズを弾く。僕は鍵盤の上を目視し、必死に目と耳でフレーズを記憶します。でも追いつかないので、携帯の録音機能で記録するしかないのです。この手順を毎回踏んでいました。
アーロンはハーバード大も出ているいわば洗練された「知的ジャズ」、ジュニアは叩き上げの「オールドスクールジャズ」。全く両極端に位置する先生たちに学んだのは、ジャズは耳で聴いて、歌って覚えていくものだという真実でした。
プロフィール
(おおえ せんり)
1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。