秩父宮ラグビー場と神宮球場を入れ替える“真の目的”
神宮外苑再開発で多くの樹木が伐られることになるのは、秩父宮ラグビー場と神宮球場の位置を入れ替えて建て替えるという、玉突き式の開発を行うからだ。これはなぜ必要なのだろうか?
再開発事業者は老朽化やバリアフリー対策のため、秩父宮ラグビー場と神宮球場の建て替えは不可避。スポーツ競技を中断させずに建て替えを行うためには、秩父宮ラグビー場と神宮球場の場所を入れ替えることは不可欠だと主張している。
一方、平尾氏は秩父宮ラグビー場を移転して建て替えるのではなく、現地で改修すべきだと主張する。建築の専門家でつくる「新建築家技術者集団」の東京支部も、現地での改修は可能だと言う。一級建築士の柳澤泰博氏は、2010年に日建設計が行った耐震診断の評価報告書をもとに「適切な部分的耐震補強を施せば、これからも十分に使用できる耐震化が可能」だという意見書を2024年2月に発表した。「メインスタンドの建築は1976年9月完成で築47年であり、適切な改修は十分に可能。現施設の構成形態、敷地状況などから、スペースはあり、既存メインスタンドの構成が単純明快であることから、増築やバックヤードの充実、設備施設の更新、バリアフリー化など、十分に対応が可能」だという。神宮球場も同様に現地改修が可能であると、新建築家技術者集団は主張する。

両者の意見は平行線をたどっている。しかし過去の資料を読み解くと、実はこのスポーツ施設を入れ替えて建て替えるというスキームには、どうやら「別の目的」があったことがわかってくる。
第3回の連載記事で見たように、萩生田光一氏や森喜朗氏などの政治家と東京都は、2012年頃に神宮外苑再開発計画の根回しを行っていた。その際にはすでにラグビー場と野球場の場所を入れ替えて、建て替えるという現在の計画の素案はできていた。
議事内容のメモによると、萩生田氏が秩父宮ラグビー場を運営する日本スポーツ振興センターに働きかけを行うとしていることから、当時日本スポーツ振興センターはまだ事業に参画していなかった。また、森喜朗氏との面会で東京都の幹部が「明治神宮の協力が必要」と言っていることから、神宮球場を運営する明治神宮も計画に参加していなかった。つまり、日本スポーツ振興センターや明治神宮が主体となって、この再開発事業は立ち上げられたのではないということだ。
では、萩生田氏や森氏、東京都幹部は、場所を入れ替えて建て替えることに、なぜこだわっていたのか――。2012年5月15日の森喜朗氏と東京都幹部の面会資料に、その答えが明確に書いてある。
都幹部の安井氏は神宮球場とラグビー場の敷地の入れ替えの利点として、第一に「明治神宮所有地の商業的な利用増進」をあげている。「建て替えによる競技の中断回避」ということも話に出ているが、その後に「青山通り沿道の民間再開発の動向」や「外苑前駅地下道の延長可能性」も話されていることから、神宮外苑エリアの商業的な開発の可能性を主に模索していたと考えるべきであろう。

では、明治神宮球場と秩父宮ラグビー場の敷地を入れ替えることによって、なぜ明治神宮の所有地の商業的な利用増進が見込めるのだろうか? 神宮外苑のあるエリアに少しでも土地勘のある人ならば、すぐにその理由がわかるだろう。
地図でその場所を見てみよう。秩父宮ラグビー場は、青山通りや外苑前駅からほど近い、港区の一等地にある。秩父宮ラグビー場のHPには、東京メトロ銀座線の外苑前駅からは徒歩5分、銀座線や都営大江戸線が乗り入れる青山一丁目駅からも徒歩10分の好立地にある。さらに人や車が多く行き来する青山通りからも近く、商業地として開発を行うには絶好の場所にあるといえるだろう。

一方で、明治神宮が所有する土地はどんな場所にあるだろうか? これも地図を見れば一目瞭然だ。秩父宮ラグビー場に比べると、駅からも主要道路からも非常に遠い。土地の交換が行われ、現在は新秩父宮ラグビー場が建設されている、神宮第二球場や建国記念文庫の杜(ともに元は明治神宮の所有地)は、どの駅からも離れていてアクセスが非常にしづらい。商業地として活用するのは、かなり難しい場所だ。
つまり、国が所有する秩父宮ラグビー場と宗教法人明治神宮が所有する神宮第二球場、建国記念文庫の土地を入れ替えることによって、神宮外苑の土地の商業的な利用増進が見込めるようになる。これが神宮外苑再開発の最大の狙いなのである。
秩父宮ラグビー場の跡地に何が建設されるかを見れば、その事情はさらによく理解できるだろう。再開発後の計画図を見てみよう。ラグビー場の跡地の外苑駅から最も近い場所には、高さ185mの商業施設を含む超高層ビルや、野球場に併設した地上14階建ての高級ホテルが建てられることになる。更に、これはラグビー場跡地ではないが、現在の秩父宮ラグビー場に隣接して建っている伊藤忠商事のビルも再開発にともなう容積率の移転によって、2倍以上の高さ190mのビルに変貌する。
神宮外苑のなかでも最も旨味のある秩父宮ラグビー場の土地に巨大なビルを建てて、ビジネスやショッピング、レジャーなど商業的利用を行うことが再開発の要であることが、この計画図を見れば一目瞭然だ。スポーツ施設の話ばかりが報道では取り上げられるが、神宮外苑再開発できる建物の約8割は民間の収益施設なのである。スポーツ施設はわずか2割に過ぎない。

「明治神宮外苑ららぽーと計画」――建築エコノミストの森山高至氏は、2022年に再開発事業者がHPに掲載した再開発後のイメージパースに対して、SNSでそう投稿した。神宮外苑にららぽーとが実際にできるわけではなく、再開発の代表施工者である三井不動産が展開する商業施設がららぽーとなので、そう発信しただけだという。実際に雑誌の取材に対して三井不動産自身も、神宮外苑でららぽーとを建設する予定はないと否定している。そしてショッピングモール風の商業施設を描いた再開発後のイメージパースはその後HPから消された。しかしこれまで見てきたように、神宮外苑の土地の商業的利用を促進することが、再開発計画の最大の目的であることをふまえると、「明治神宮外苑ららぽーと計画」とはこの再開発の本質を良く表すネーミングかもしれない。

しかし、なぜこのような巨大な建物が神宮外苑に建てられるのだろうか? それは規制緩和や容積率移転といった、いくつもの都市計画テクニックを使って可能になっている。
まず連載の第2回記事で見たように、神宮外苑はもともと風致地区条例で高さ15m以上の建物は建てられなかったが、それを緩和した風致地区のS地域というカテゴリーを作り、それに変更することで15mの高さ規制を突破した。
それでも神宮外苑には、高層ビルは建てられなかった。風致地区に加えて「都市計画公園」という“二重の網”で守られていたからだ。
都市計画公園の地域には基本的に、スポーツ施設や動物園、美術館、休憩所など、公園に関係する建物しか造ることができない。しかし、東京都は「公園まちづくり制度」という制度を2013年に策定。これを使って秩父宮ラグビー場は「公園として未供用」であるとして、約3.4ヘクタールの土地を都市計画公園から外して公園と関係のない建物も造れるようにしたのだ。
2025年7月に「神宮外苑地区再開発の再考を願う建築・造園・都市計画・環境の専門家有志」(代表:糸長浩司 元日本大学教授)は、秩父宮ラグビー場への公園まちづくり制度の適用はおかしいとして、文科大臣に秩父宮ラグビー場と明治神宮の土地を交換する財産処分を認めないよう求める要請書を、420名の専門家の署名とともに提出した。
専門家有志が最も疑問視したのが、秩父宮ラグビー場は「公園として未供用」であるという点だ。東京都は、現在の秩父宮ラグビー場はフェンスで囲われており、試合がある時以外は市民に日常的に開放されているオープンスペースがないとして未供用であるという。
しかし、日本スポーツ振興センターは、2021年に発表した事業実施方針で、「秩父宮ラグビー場は戦後間もない昭和 22 年に建設され、『長く我が国のラグビーの聖地として親しまれてきた』と、市民が親しめる公園としての機能を果たしてきた」と述べており、未供用ではないと専門家有志は主張。文科省に国民に対して説明するように求めた。
また、仮にフェンスがあって公園として未供用であるならば、フェンスを取り払うなどして、オープンな形に整備すれば良いだけのように思える。それを議会で議論することもなく、東京都の独断でいきなり公園でなくしてしまうというのは、あまりにも乱暴で、知事の裁量権の逸脱であるというのが専門家グループの主張だった。
専門家グループは文科大臣に要請書に対する回答を求めたが応答はなく、要請書を提出した翌月に文科大臣は財産処分の認可を下した。
しかし、この2つだけでも神宮外苑に200m近い超高層ビルは建てられなかった。さらに使われたのが容積率移転という技である。神宮外苑を「容積率適正分配型再開発地区計画」の区域として、再開発地区内のスポーツ施設や緑地、広場の使っていない容積率を、外苑駅周辺に建てられる超高層ビルに移転してしまったのだ。
例えば、神宮外苑では容積率200%が認められているが、新秩父宮ラグビー場や新神宮球場の容積率は150%となり50%余るため、その容積率を超高層ビルに移転する。緑地や広場は容積率50%(これ以上低く容積率を設定できない)として、余りの150%を超高層ビルに移転する。その結果、もともと容積率が200%だった場所に4.5倍の容積率900%の高さ185mの超高層ビルが建てられるようになった。また、伊藤忠商事ビルにも容積率が移転され、現行の容積率600%から倍近い1150%となり、高さ190mのビル建設が可能となった。

都市計画が専門の東京大学名誉教授の大方潤一郎氏は「神宮外苑には200%の容積率は認められているが、それを使ってビルを建てようとしても、都市計画公園であるので許可されない。ここは公園なので開発の権利はゼロに近い場所。その容積率を、余っているから移転してしまおうというのは不適切ではないか」と批判する。
さらに、容積移転制度とはそもそも緑地や歴史的建造物を開発や再開発から守るためにつくられたものであると大方氏は指摘する。「神宮外苑の場合でも、神宮球場やラグビー場を歴史的建造物として保全したり、建国記念文庫の杜を保全するために容積移転制度を使うのであれば、本来の使い方といえるが、歴史のあるラグビー場や神宮球場を取り壊し、建国記念文庫の杜や、ラグビー場前の銀杏並木どの樹齢百年超の多数の樹木を伐って、建物や施設を新設する事業であるにもかかわらず、使わずに余った容積を超高層オフィスビル開発の敷地に移転して、そちらで使うというのは、適切な地区計画の使い方といえるのか」と大方氏は疑問を呈す。
神宮外苑の再開発エリアの容積率が寄せ集められて、地価が最も高い外苑駅の周辺に移転されることによって、莫大な不動産収益が見込まれる。都市計画の魔法によって無から有を生む、この土地の錬金術を実現することこそが、神宮外苑再開発の真の目的なのである。そして、この錬金術を行うために、神宮外苑の木々が犠牲になっているのだ。
プロフィール

(おおさわ さとる)
テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。
大澤暁





井田奈穂×中村敏子
星野博美
速水健朗×角由紀子

亀石倫子×ダースレイダー