世界の都市はなぜ木を植えるのか~「都市の森」減らす日本 増やす世界~ 第7回

ニューヨーク市はなぜ100万本の木を植えたのか?

大澤暁

「100万本の植樹」のきっかけとなった木の投資利益率(ROI)

 ミリオン・ツリーズNYCの初期で大きな課題となったのが、資金調達をどうするかということだったという。100万本の植樹を行うためには10年間で4億ドル(当時のレートで約469億円)をニューヨーク市の公園局が支出するということをブルームバーグ市長は提案した。これはそれまでの公園局の予算と比べると、とてつもない規模の増額だった。なぜブルームバーグ氏は、木に巨額の予算を投じることを決めたのだろうか? アダム・フリード氏は次のように話す。

「木々は都市にとって不可欠かつ極めて重要なインフラであるという認識がありました。木々なしでは、繁栄した都市にも、健全な都市にも、そして活気ある都市にもなり得ないのです。 そして、ご存知のように、それには行政の一定程度の責任ある関与が必要です。そのコミットメントを確実に果たし、都市の長期的な健全性と持続可能性のためにその投資を行う上で、ブルームバーグ市長のリーダーシップが本当に重要だったと思います。私たちの間では植樹に伴うあらゆるメリットが認識されていました。それは、都市にとって『あればいい』という程度の、いわゆる『要素』ではなかったのです。人々が住みたいと願い、人々を惹きつけることができる、競争力があり活気あふれるグローバル都市には、緑や樹木が不可欠だという認識がありました」

ミリオン・ツリーズNYCを指揮したアダム・フリード氏は木は都市に「不可欠かつ極めて重要なインフラ」と言う

 このようにニューヨーク市の幹部の間で、木は都市に「あればいい」というレベルのものでなく「不可欠かつ極めて重要なインフラ」であるという認識があった。現在の日本の国や自治体の為政者の多くの木に対する認識は、前者の「あればいい」というレベルではないだろうか。ここが日本の諸都市とニューヨークの大きな違いのように思う。

 ニューヨーク市でもかつて木に対する予算を減らしたことがあったという。人員削減が行われ、維持管理も疎かになった。そこから樹木の持つ価値が再認識され、ブルームバーグ市長時代に樹木への巨額の投資が行われた。

 樹木のもたらす価値が再認識された背景として、米国農務省によって当時開発されつつあった「STRATUM」というソフトウェアの存在があったという。STRATUMとは「Street Tree Resource Assessment Tool for Urban forest Managers」の頭文字を取った略称で、樹木の持つ以下の価値を貨幣換算して数値で示すソフトである。

  • 温度を下げ、建物のエネルギー消費を削減する効果
  • 喘息など気管支系疾患の原因となる大気汚染物質を減らす効果
  • 集中豪雨の際などに天然の雨水貯留装置として被害を減らす効果
  • 上記の3つの効果により不動産価値を高める効果

 米国農務省との共同研究でこのSTRATUMというソフトウェアを使うことで、ニューヨーク市は初めて、市内の樹木の価値を具体的な金額として算出することに成功した。その結果は驚くべきものだった。STRATUMを使って計算すると、植樹と手入れに1ドルを費やすごとに、樹木は5.60ドルの便益をもたらすという結果が得られた。つまり、株式投資でいうところの「投資利益率(ROI)」は560%という極めて高い数字であることが明らかになったのだ。

NY市は樹木が持つ環境的な価値をSTRATUMというソフトを使い金銭換算して算出した

 STRATUMを使った調査が行われた当時ニューヨーク市公園局の局長を務めていたエイドリアン・ベネペ氏によると、「樹木への投資のROIが500%を超えることが示されたとニューヨーク市の幹部に伝えると、彼らは目を輝かせて、『そのROIは素晴らしい』と称賛した」という。そして、その後程なくしてミリオン・ツリーズNYCが立ち上がった。

 ブルームバーグ氏は大手投資銀行のソロモン・ブラザーズに勤めたのち、1980年代に通信会社ブルームバーグを設立し、ウォール街の企業へ金融情報端末を販売して巨万の富を築いた人物だ。ブルームバーグ氏は企業の経営幹部や銀行家といったROIに敏感な人材をニューヨーク市の要職に登用していた。ブルームバーグ氏が巨額の予算を投じて「ミリオン・ツリーズ」を行おうと決めた背景には、STRATUMにより算出されたROIの数字があっただろう。

 ブルームバーグ氏は「ミリオン・ツリーズ」で50万本目の木が植えられた際の記念式典のスピーチで、次のように話している。

「私たちは真の都市の森(アーバン・フォレスト)を造成しており、『100万本の木』という目標を達成するまで、この取り組みを止めません。私たちニューヨーカーは木を愛しています。なぜなら、木は本当に多くのものを与えてくれるからです。 木々は空気をきれいにし、喘息のような病気を引き起こす汚染物質を減らすのに役立ちます。木陰を増やし、街を涼しく保ち、エネルギー消費を抑えるのにも役立ちます。そしてもちろん、美しい街並みをつくり出し、私たちの街を世界一住みやすく、働きやすい場所にしてくれます。自宅をお持ちの方にとっては、家の価値を高めることにもつながります。木々は本当に多くのものを与えてくれます。その見返りに、木々が求めるものは本当にわずかです」

 樹木の持つ価値をお金に換算して示すことで、その価値が明確に認識され、木への投資が促されたということは、いかにも資本主義国アメリカらしい出来事だろう。ニューヨーク市はこの樹木の価値をお金で示すという取り組みをその後も進めている。

 STRATUMを発展させて米国農務省がつくったi-Treeというソフトウェアを使って、2016年にはニューヨーク市は市内にあるすべての街路樹の金銭的な価値をインターネット上で1本ごとに見ることができる「ニューヨーク・シティ・ツリー・マップ」を立ち上げた。

 この地図ではニューヨーク市の5つの行政区にある約89万3000本の街路樹1本1本のエコロジカル・ベネフィット(環境的な利益)は数字で示される。

 例えばマンハッタンのブロードウェイにある幹の直径10インチ(約25cm)のイチョウの木のエコロジカル・ベネフィットを試しに見てみると、年間で遮断される雨水が468ガロン(約1772ℓ)で、それにより削減される雨水処理費用が4.63ドル、節約されるエネルギーが477kWhで60.27ドル、除去される大気汚染物質が1ポンド(約454g)で4.3ドル、合計でこの1本の樹木から年間69.95ドルの環境利益が得られると算出されている。

2016年にニューヨーク市が立ち上げた「ツリー・マップ」では全ての木の環境利益がお金に換算されて見られる

 それがニューヨーク市全体の街路樹になると、遮断される雨水が12億5372万7366ガロン(約47億4587万ℓ)となり約1241万ドル(現在のレートで約19億1471万円※以下同)、節約されるエネルギーは7億5349万6575kWhで約9512万ドル(約146億7587万円)、除去される大気汚染物質は142万7374ポンド(64万7446kg)で約746万ドル(約11億5099万円)。合計で年間約1億1985万ドル(約184億9142万円)の環境的な利益をもたらしていると説明されている。市民はこうした説明を見れば、非常に多くの環境的な価値を生んでいる「重要なインフラ」であるという認識を持ち、樹木に対して多くの予算(税金)を投じることを厭わないだろう。

 これは日本にとっても示唆に富む話ではないだろうか。これまでこの連載で見てきたように、日本の都市では樹木や緑地はお金を生まないものとして、排除されてきた。しかしニューヨークでは、樹木や緑地が持つ大きな価値が金銭的に示されて、積極的に投資がなされ、増えていっている。資本主義社会のなかで金にならないものは排除される命運にあるが、その金銭的な価値が示されれば、逆にそれは投資の対象となり増えていくのである。

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 第6回

プロフィール

大澤暁

(おおさわ さとる)

テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。

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