世界の都市はなぜ木を植えるのか~「都市の森」減らす日本 増やす世界~ 第7回

ニューヨーク市はなぜ100万本の木を植えたのか?

大澤暁

9・11テロ攻撃後のニューヨーク市民の心を癒した“木”

 先にも述べたように、ニューヨークの100万本の植樹キャンペーンは当初はその計画の実現性が危ぶまれていたものの、終わってみれば計画よりも2年早く完了した。しかし、その道のりは順風満帆だったわけでは決してなかった。2010年には巨大な竜巻が襲い市内で3万本以上の倒木が発生した。2011年にはハリケーン「アイリーン」が直撃し、3444本の樹木が失われた。2012年にはスーパーストーム「サンディ」により1万926本がなくなった。ニューヨーク市の職員は、植樹よりも災害の復旧作業を優先的に行わなければならなかった。

 こうした困難を乗り越えて100万本の植樹を計画を前倒しにして達成できた背景には、多くの市民が協力したことがある。5万人のニューヨーカーが自宅の裏庭に木を植え、多くの市民ボランティアが植樹を手伝った。100万本の木を植えるという計画は、世代を超えて市民の間に強い共感を呼び起こした。

 ニューヨーク市で暮らしていたジンフア・トゥさんは、2015年にミリオン・ツリーズNYCのボランティア活動の様子を撮影して短編映画を作成した。「環境問題に強い関心があり、子どもたちが木を植えている様子を、ぜひ撮影したいと思ったのです」とトゥさんは当時を振り返って語る。

ジンフア・トゥさんはミリオン・ツリーズNYCの市民活動の様子を描いた短編映画を制作した(画像は作品より)

 その短編映画ではブロンクス区にあるヴァン・コートランド公園で、アフリカ系やラテン系アメリカ人が多く暮らすハーレム地区の子どもたちがスコップを手に持ち穴を掘り、木を植えている様子が映されている。その日ミリオン・ツリーズNYCのボランティアに参加した人数は約400人だったという。ミリオン・ツリーズの市民ボランティアは1日1000人を超えることも少なくなかった。ニューヨーク市よりも人口が多い東京で考えても、1000人以上のボランティアが参加するイベントはなかなかない。

「多くの人たちが自分の住む街をもっとグリーンにするために動いていました。植樹に参加した人は高揚感に包まれていたと思います」とトゥさんは言う。

 なぜミリオン・ツリーズはここまで多くのニューヨーク市民の共感を呼び、動かしたのだろうか? 生態系学者のナディナ・ガレ博士は、その背景に2001年9月11日に起きた同時多発テロ攻撃事件の存在を指摘する。

「ワールドトレードセンター跡地が、愛する人を失った人々が悲劇を偲ぶことができる追悼公園として整備された際、設計者たちはその中心にカレリーナシを移植した。その木は瓦礫の中から発見されたもので、ほぼ焼失していたものの、まだ生命の兆しを見せていた。 作業員たちは10年かけてその木を回復させ、新しい枝を伸ばし、春には花を咲かせるようになった。高さは8フィート(約2.4m)から30フィート(約9.1m)以上に成長した。節くれだった切り株から枝を伸ばす『サバイバー・ツリー』は、あの日多くのニューヨーカーが経験したのと同じことを経験したのだ。瓦礫の中でひどく焼け焦げたにもかかわらず、驚くべき回復力を示し、翌シーズンには新たな芽を吹き出した。 あの攻撃の生存者の一人は、『(この木は)人間の精神が忍耐し、立ち直る力を持っていることを、私たち全員に思い出させてくれる』と振り返った」(『The Nature of Our Cities: Harnessing the Power of the Natural World to Survive a Changing Planet』)

9.11テロ事件で崩壊したワールドトレードセンター跡地(グラウンド・ゼロ)に植えられたサバイバー・ツリー(写真:Mike W.  CC BY-SA 2.0

 ブルームバーグ氏がニューヨーク市の市長に就任したのは、2001年の同時多発テロ攻撃事件のわずか3ヵ月後のことで、ワールドトレードセンター付近ではまだ煙が立ち上っていたという。ニューヨーク市民はテロ事件の後、近所の公園でろうそくを灯し、メッセージを書き、花や旗を供え、互いに慰め合った。精神的に強いダメージを受けたニューヨーク市民にとって、公園や街路の木々は心を癒すものとして、大きな意味を持ち始めたとガレ博士はいう。

 木を見たり触れたりすることは精神的なストレスを軽減する効果があることが科学的に実証されている。テロ攻撃事件の直後に市長に就任したブルームバーグ氏にとって、瓦礫の山と化したダウンタウンの物理的な復興とともに、ニューヨーク市民の精神的な復興も至上命題だったはずだ。ブルームバーグ氏がどれだけ意図していたかはわからないが、9・11で受けた心の傷をニューヨーク市民は「100万本の植樹」を通じて癒していったのではないだろうか。

ニューヨークから世界の都市に広がる植樹ムーブメント

 ニューヨーク市のミリオン・ツリーズの成功は、世界中の都市に大きな影響を与えた。坂本龍一氏が手紙で書いたように「NY 市に追随するように」、様々な都市や国家が植樹キャ
ンペーンを行っている。

 例えばイギリスのサウスヨークシャー州では「市長のミリオン・ツリーズ・プロジェクト」が2024年に立ち上がった。これは地域住民の数にあたる140万本の木を植えるという試みで、2026年4月には50万本の植樹を達成した。

 南アフリカ政府の森林・漁業・環境省は2025年に「気候変動と戦うためのミリオン・ツリーズ・キャンペーン」を行った。これは政府が企業や学校、宗教団体、地域首長などと連携して、9月24日の「遺産の日」に100万本の木を植えることを目指したキャンペーンで、結果として約130万本の木が1日で植えられた。

南アフリカでも100万本の植樹キャンペーンが行われた(写真:南アフリカ共和国 森林・漁業・環境省© Tshegofatso Ndhlovu)

 このように世界中に植樹の動きが広がっていることについて、ミリオン・ツリーズNYCを指揮したアダム・フリード氏はワクワクする光景だと話す

「ご存知のように、都市間では昔から、互いに交流し、アイデアを共有し、優れたアイデアを取り入れることが盛んに行われてきました。私たちが大規模な植樹キャンペーンを試みた最初の都市ではありませんし、最後になることもないでしょう。私はよく冗談で、最高のアイデアは他から『盗んだ』のだと言っています。私たちはそれらを改良し、それから、他の都市がそのアイデアを取り入れて、私たちを追い越そうとする。これは本当に健全なことだと思いますし、都市の持つ前向きな波及効果、そして1つのアイデアがいかにしてイノベーションの火付け役となり得るかを示していると思います」

 フリード氏は多くの都市で樹木が減り、樹冠被覆率も減少していると考えられる日本に対して次のようにアドバイスする。

「木々が都市のガスや電気やブロードバンドと同様に重要なインフラであり、多大な恩恵をもたらすものであることを認識すべきです。木々が都市にとって不可欠なインフラであり、不可欠な存在であることを認識し、それに注意を払い、その数を把握し、追跡することが重要だと思います。多くの都市では、植樹する数よりも多くの木を伐採してしまっていることがよくあります。これはシカゴも直面している課題ですが、樹冠被覆率を高めるためには、計画的かつ意図的に取り組まなければなりません。そして、住民が市内の自然インフラの恩恵を確実に受けられるようにすることです。私は、都市に自然を取り入れ、支援し、育むことを支持しています。活気にあふれ、成長し続けるグローバル都市であるためには、豊かな自然があり、住民がその恩恵を受けられるようにすることが不可欠だからです。それを実現できる都市は、今後も成長を続け、繁栄していくと思います」

 はからずもアダム・フリード氏が提言したことは、この連載の第1回で紹介した台湾の頼清徳(ライ・チントー)総統が打ち出した、樹木を電力や水道と同等に重要な“国家インフラ”として扱うという方針と共通していた。日本で政治家や役人に「街路樹は電気やガス、水道と同じように生きていく上で欠かせない重要なインフラだ。だから、なくすな」と言ったら、おそらくまともに取り合ってくれないだろう。ちょっと頭がおかしいやつだと笑われるかもしれない。しかし、世界のリーダーの間では、このような認識がごく普通のものとして広がっているのだ。急激に変化する気候と同じように、都市のインフラについての考え方も大きく変わっている。日本の政治家や役人は、まったくそこについていけていないのではないだろうか。もしかしたら頭がおかしいのは、私たち日本の人々の方なのかもしれないのだ。

参考資料

Centre For Public Impact  MillionTreesNYC: planting and tending the urban forest

Nadina Galle(2024)『The Nature of Our Cities: Harnessing the Power of the Natural World to Survive a Changing Planet』Mariner Books

1 2 3
 第6回

プロフィール

大澤暁

(おおさわ さとる)

テレビ東京で「WBS(ワールド・ビジネス・サテライト)」など報道番組の記者・ディレクターを担当。現在はジャーナリストとして活動。明治神宮外苑の再開発に近隣住民として反対し、新宿区に対する樹木伐採許可取り下げ訴訟の原告団長を務める。X(旧Twitter)フォロワー3.9万人「ミド建築・都市観測所」(https://x.com/Mid_observatory)を運営。早稲田大学第二文学部卒、京都大学公共政策大学院卒。1983年生まれ。

プラスをSNSでも