これも何度か書いていることですが、オリンピック連覇を果たしても、プロに転向することもなく、次のシーズンを休養にあてることもなく競技生活を続行してくれているスケーターは、私がフィギュアスケートを見始めた1980年からは羽生結弦だけです。そのこと自体、フィギュアスケート好きとして、これ以上ないほど感謝しています。しかし、同時に私はこう感じてもいました。
「いま、競技生活を続けてくれていること自体、ものすごく有難いことなのだから、羽生結弦がいつ競技生活に幕を引こうと、仮に『そのとき』がわりと早くにやってきたとしても、ただただ感謝の気持ちだけを持っていよう」
もちろん、その思いは今でも変わりません。変わりませんが、今日のショートプログラムを見た後で、「もしかしたら、『そのとき』はもう少し先の話になるのかもしれない」という希望が私の中で生まれたのも、事実なのです。
勝負することが何よりも好き。どんなに「勝ち」を積み重ねても、勝負好きな面が摩耗しない……。それはアスリートにとって、もっとも大切な精神面の才能かもしれません。羽生結弦の中には、「オリンピック連覇」という大偉業を成し遂げた後でも、眠らせることのできない「何か」がある。それを感じ取ることができた、今日のショートプログラム。私にとっても新しい感受性が刺激された試合になりました。
ショートプログラム後の記者会見で、羽生は、
「悔しい気持ちでいっぱい。一生懸命にできること、やれることを積み上げていきたい」
とはっきり口にし、
「強い選手と戦うことはやっぱり楽しい。それがいちばん『スケートがもっとうまくなりたい』というモチベーションになる」
と語っていたそうです。
フリーは3月23日に開催されます。中1日で、羽生結弦はどのように覚醒をしていくのか。それが今から楽しみでなりません。それは、私にとっても「新しい楽しみ」なのです。
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『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。