そして、ペアのフリーの後におこなわれた、男子シングルのショートプログラム。先ほど見終わったばかりですが、「これだけは今日中に書き記しておきたい」と思い、帰宅してすぐにパソコンに向かっています。
4か月ぶりの実践復帰となった羽生結弦は、冒頭の4回転サルコーが2回転になるミスがあり、全体の3位でショートプログラムを終えました。
会場では、演技直後から得点が出る前までの間、大型スクリーンにその選手の演技のリプレイがスローで流れます。そして、演技のフィニッシュの様子を映してから、キス&クライに座る選手とコーチの姿に切り替わるパターンが非常に多いのです。
羽生結弦の演技終了時のリプレイは、羽生の表情がかなりアップになって映されていました。その表情は、私が見る限り、明確に「くやしさ」や「怒り」をたたえたものでした。もちろん、これは自分自身に対するくやしさや怒りでしょう。
そして私にとっては、その「怒り」が何よりも印象的だったのです。
私は以前、「この世界選手権で、私にとっても『新しい形の幸福』が見つかるだろう」と書いています。逆説的に聞こえてしまうかもしれませんが、私は羽生の「怒り」に、驚きと同時にちょっと新鮮な感動を覚えたのです。
「ああ、羽生結弦というスケーターは、これだけの結果を残してもなお、競技の世界ですべてを出し尽くさずにはいられないのだ」
と感じ入った、と言いますか……。それはもしかしたら、「幸せ」に近い感覚だったかもしれません。
2012年に世界選手権に初出場した羽生結弦は、すでにフィギュアスケートの世界ではベテランともいえる存在です。それだけのベテランで、かつ「すべてのタイトルを手にした」と言ってもいい実績がありながら、まだ新人のような向上心や闘争心を持っている。私はそこに感動し、思ったのです。
「まだまだ、続けてくれるんじゃないか」
と。
『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。