睡眠を哲学する 第7回

穴だらけの意識―18世紀の哲学者たちによる睡眠論

伊藤潤一郎

「啓蒙と理性」の世紀における睡眠論

 18世紀の西洋哲学といえば、「啓蒙と理性」の世紀というイメージが一般的だろう。カントが『啓蒙とは何か』で「自分の理性を使う勇気をもて」と言ったように、18世紀の哲学を特徴づけているのは、なによりも理性への信頼である。「理性」という言葉はなかなか掴みどころのないものだが、18世紀の哲学における理性とは、簡潔にいってしまえば「吟味する能力」のことだ。あらゆるものを理性の光に照らして吟味し、悪しき因習を排するという批判精神こそ啓蒙思想の核心にほかならない。

 このような批判のまなざしが社会や文化へ向かうと、旧弊を乗り越えて、正しい知識にもとづくよりよい社会を目指す進歩思想となってゆく。とはいえ、21世紀を生きる人間の眼からすると、「進歩」などもはや真剣に受け取るに値しない言葉に思えるだろう。気候変動や終わる気配すら見えない戦争を目の当たりにしている現在、よほど楽天的なひとでないかぎり、人類が進歩しているとは思えないはずだ。しかし、「進歩」という考え方を現実にそぐわないものとして捨て去るにしても、理性による批判力まで放り出してしまってよいのだろうか。

 たしかに20世紀以降の哲学は、ホルクハイマーとアドルノによる『啓蒙の弁証法』をはじめ、啓蒙という発想自体に対して鋭い批判を向けてきた。だが、18世紀の哲学者たち自身の著作をしっかり読んでみれば、現在の眼からみても非常にアクチュアルな議論が展開されているのもまた事実なのだ。それは、この時代の哲学者たちの睡眠論をみるだけでもすぐにわかる。18世紀の哲学者たちが書き残した睡眠論は、現代にまで通じる重要なポイントを指摘しており、とりわけディドロとカントの睡眠論は非常に刺激的である。理性を信頼する時代である以上、18世紀もまた前回見たデカルトと同じように、眠りと覚醒をきっぱりと区別するような睡眠論が主流となりそうに思えるが、このような予想はディドロとカントにおいてよい意味で裏切られるのだ。早速ディドロから見ていき、今回は18世紀から19世紀への移行期を生きたメーヌ・ド・ビランの睡眠論までを追っていきたい。

2.ディドロ『ダランベールの夢』

 ディドロ(1713‐1784)といえば、ダランベールとともに『百科全書』を編纂して人類の知の集大成を試みたことで有名だろう。高校の世界史の教科書でもそのように紹介されているはずだが、『百科全書』以外の著作をひとつでも読んでみればわかるように、実際のディドロは、そのような教科書的なイメージからはほど遠い、とても複雑で多面的な哲学者だといえる。

 たとえば、これから見ていく『ダランベールの夢』もそうなのだが、ディドロが書くものには、対話篇や断章といった文学的な形式のものが多い。つまり、いま私たちが「哲学書」としてイメージするものとはかなり異なる書き方がされているのだ。試しに同時代人であるカント(1724-1804)が書いたものと比べてみると、両者のスタイルの差は一目瞭然である。『純粋理性批判』をはじめとするカントの著作からは、体系的な哲学を構築しようという意志がひしひしと感じられるが、ディドロが書いたものからはそのような意志はほとんど感じられない。カントのような書き方こそ哲学書だと考えるひとからすると、ディドロの書くものはあまりにも文学的に見えるだろう。

 しかし、だからこそおもしろい(と私は思う)。たとえば、睡眠論が展開されている『ダランベールの夢』は、ダランベールとド・レスピナス、そしてボルドゥーという三人のディドロの同時代人たちによる架空の対話作品である。つまり、対話の中身はフィクションなのだが、登場する三人はすべて実在する人物ということだ。

 これはなかなか危うい手法である。現代のテレビドラマなどでは、モデルとなる人物が現実にいたとしても、フィクション作品であれば名前を少しだけ変える場合が多い(朝ドラを思い出していただきたい)。さらに、「この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません」といった但し書きを最後につけるのがお決まりとなっている。フィクションと現実の境界線をはっきりさせることで、トラブルを未然に防ごうというわけだが、『ダランベールの夢』はそのような境界線をあえて曖昧にして書かれている。それにより、虚実皮膜のおもしろさが生まれていることはまちがいない(登場人物たちをよく知っていた当時の読者ならば、より一層そのおもしろさを感じられたはずだ)。

 しかし、当然と言うべきか、実名で登場した本人たちからディドロは猛烈な抗議を受けることとなる。とりわけ性に関する話題がかなり直截的に語られている箇所をめぐって、ド・レスピナスが激怒し、ダランベールも批判の輪に加わった結果、ディドロはこの自信作の原稿を焼却処分せざるをえなくなってしまった。もちろん、いま私たちが『ダランベールの夢』を読むことができているように、のちにこの対話篇は別のコピーをもとに復活するのだが、実在の人物による架空の対話というスタイルは、やはり当時からしても危うい書き方だったのだ。とはいえ、この騒動を見るだけでも、ディドロという哲学者が一般的な「啓蒙」のイメージからはみ出るとても興味深い存在に思えてくるだろう。

 余談めいてしまうが、現在のコンプライアンス社会は、「フィクションはフィクション、現実は現実」という鉄則を貫徹することによって、ある意味ではフィクションの力を削いでしまっているのかもしれない。『ダランベールの夢』が示しているように、フィクションと現実の境界が曖昧になるとき、現実の平穏さは打ち破られる。しかし、危機管理が徹底された現在の社会は、このような波乱が発生することを蛇蝎のごとく忌み嫌っている。いま私たちが生きているのは、フィクションによって現実や日常が揺さぶられる可能性を徹底的に排除した世界なのだ。

 しかし、歴史を振り返ってみれば、そもそもプラトンの対話篇のほとんどは、ソクラテスという実在の人物が、架空の対話を繰り広げるものだった。そう考えると、哲学の原動力のひとつは、虚構と現実をないまぜにするところにあるといえるだろう。そして、ここが重要なところだが、「虚構と現実」は「夢と覚醒」とも言い換えられる。実際、『ダランベールの夢』で語られている睡眠論が問うているのは、まさに夢と覚醒のあわいなのである。

3.睡眠と覚醒は二項対立か?―ディドロの睡眠論

 『ダランベールの夢』の議論を理解するために、まずはディドロが人体をどのようなモデルで捉えていたかを見ておこう。ディドロによれば、人間の神経網は蜘蛛の巣のようなものとしてイメージできる。網目状に広がった巣の中心には、全体を統合し制御する存在として蜘蛛=脳が鎮座している。机の角に足をぶつけたときに痛みを感じるのは、巣のどこかが揺さぶられたときに、蜘蛛がすぐにそれを感知できるのと同じということだ。

 もちろんこれは覚醒時についての説明だが、では睡眠時はどうなるのだろうか。ディドロの説明によると、睡眠とは神経網がある種の麻痺状態になることであり、外からの刺激を受け取れなくなることだという。対話篇である『ダランベールの夢』に比べて、より簡潔にディドロによる睡眠の定義が記されている『生理学要綱』という著作でこの点を確認しておこう。

睡眠は一種の麻痺状態であって、しばしば神経の網全体を中断する。〔…〕睡眠状態において動物は感じないし、動かないし、考えない。しかし生きている。あるいは考え、感じ、動いても、彼を動かしているのは対象が存在するゆえではなく、それは無意志的に彼を支配している内部諸器官の自然発生的な運動のためである。

(『生理学要綱』小場瀬卓三 訳、『ディドロ著作集第2巻』、法政大学出版局、1980年)

 睡眠時には外界からの刺激がシャットアウトされる。では、蜘蛛の巣にまったく何の動きもなくなるかというと、そうではない。外界から隔絶された神経網のなかでは、覚醒時には生じないような運動が自然に発生するという。ディドロによれば、この運動こそ私たちが夢を見る原因にほかならない。目覚めているときには、中心にいて巣の全体に神経を張り巡らせていた蜘蛛も、眠ってしまうと巣の隅々にまで注意を向けることができなくなる。そのような主人不在の状態で末端の神経が興奮をはじめると、興奮は制御されないまま無秩序な夢と化すというわけだ。

 『ダランベールの夢』ではこのような夢の発生原理が説明されたうえで、興味深いことに、話題は夢と覚醒が識別できないということへと移ってゆく。そこで医師のボルドゥーがダランベールに向けて放った言葉を読んでみたい。数学者ダランベールが毎日どのような生活をしていたかを描き出す一節である。

〔あなたは〕深い瞑想にふけり、眼を開いたままで夢を見、行動しようとする意志なしに行動して、生涯の三分の二を過してこられた〔…〕。瞑想の途中では、朝、眼が覚めるやいなや、前の日に没頭しておいでになった着想に再び心を奪われて、あなたは、着物を着られ、食卓につかれ、瞑想され、図形を引かれ、計算を続けられ、夕食をとられ、図形の組合せをまた始められ、ときにはその組合わせを検証するために食卓をたたれ、他人に話しかけられ、召使に命令を与えられ、夜食をとられ、横になられ、ちっとも意志を働かせずに眠りにつかれたのです。

(ディドロ『ダランベールの夢 他四篇』新村猛 訳、岩波文庫、1958年)

 数学者であるダランベールが、日々どれほど研究に没頭していたかがわかるだろう。日本語の表現でいえば「寝食を忘れて」研究に熱中していると言われるところかもしれないが、ディドロがおもしろいのは、ダランベールのそのような姿を「眼を開いたままで夢を見ている」と形容しているところだ。

 この印象的な言葉からわかるように、『ダランベールの夢』で論じられる眠りは、一般に考えられているよりもはるかに広い。ディドロが考える「眠り」には、毎晩ベッドに横たわって意識を完全に喪失している時間だけでなく、何かに夢中になっているような状態まで含まれているのだ。「夢中」という言葉がいみじくも言い当てているように、覚醒していても夢の中にいるような時間が人間にはある。そのような時間もまた広い意味での「眠り」だとディドロは考えているのである。

 ふつう私たちは「睡眠」について考えるとき、睡眠とは正反対の状態として「覚醒」を想定するだろう。つまり、〈睡眠/覚醒〉という二項対立を作って睡眠を考えてしまう。しかし、ディドロのように考えるならば、睡眠と覚醒のあいだに引かれる境界線は、白と黒を分けるようなはっきりとしたものにはけっしてならない。むしろ、人間は深い眠りと完全な覚醒のあいだに広がる茫漠とした領域を生きることができるのである。

 目覚めてはいるが眠っているような状態、眠りと覚醒のあいだに広がるどちらとも言えないグラデーション。ディドロが描き出したこのような「あわい」の領域は、じつは私たちにとって非常に身近な経験だろう。たとえば、日中にボーっとしてしまうときや、眠気に襲われながら身体の動きにまかせてルーティンをこなしているとき、私たちは白とも黒ともつかないグレーな意識を生きている。つまりディドロの睡眠論は、〈睡眠/覚醒〉という二項対立に陥ることなく、そのあいだに生きる人間の姿を描きだすものだといえる。そして、これと同じ方向を向いているのがルソーなのだが、このディドロより一歳年長の哲学者には連載の最後のほうで登場してもらうことにして、今回は先ほど名前を出したディドロのもうひとりの同時代人であるカントが眠りについてどう考えていたかを見ておこう。

4.再生産と死―カント『人間学』の睡眠論(1)

 カントといえば、『純粋理性批判』や『実践理性批判』、『判断力批判』に見られるような抽象的で極度に形式化された哲学を展開したひとというイメージが強いだろうが、そのような哲学者が打って変わって人間の日常生活や実践的な知識についてふんだんに語っているのが『実用的見地における人間学』である(以下、『人間学』)。そこでは、人間の名誉欲から占い師の能力、個人の気質や男女の性格、さらには人相術までが縦横無尽に論じられている。なにか眠りについてもおもしろいことが書かれているのではないかと期待して『人間学』を開いてみると、カントもまたディドロと同じく覚醒しながら眠っているような状態に注目していることに気がつく。そして、『人間学』における眠りについての記述は、短いながらも睡眠についての基本的な論点を網羅するものになっており、カントがいかに身近な現象にも鋭い観察を向けていたかが感じられる。ここではカントの睡眠論をいくつかのポイントに分けて読み解いてみよう。

 まずカントは、眠りを「再生産」と「死」という観点から定義している。非常に典型的な睡眠についての理解だが、基本をあらためて確認するためにもカント自身の言葉を引用しておきたい。

睡眠とは外的知覚能力のすべてと、とりわけ随意志的な運動との中休みであるが、これはすべての動物と、さらに植物にとってさえも(植物を動物に類比させていえば)、覚醒時に消費した力を再び貯えるために必要なものと思われる。しかしまさにこのことはまた夢の場合にもいえそうであって、つまり生命力が睡眠中に夢によって常に生き生きと養われているのでないとすると生命力は弱まってしまうに違いなく、だからこれ以上ないというほどの熟睡は、同時に死の様相を帯びているに違いない。

(『実用的見地における人間学』渋谷治美 訳、『カント全集15』、岩波書店、2003年)

 カントによれば、睡眠とは明日生きる力を回復する再生産活動である。身体をもった生き物であるかぎり、消費したエネルギーを回復し、疲れを解消しなければ、次の日も活動を継続することはできない。肉食動物に比べて眠る時間が短いシマウマなどの草食動物であっても、睡眠時間がゼロの動物がいないことを考えれば、睡眠という再生産活動は生物にとって欠くことのできないものだといえよう。

 それにもかかわらず、西洋哲学の歴史を振り返ってみても、哲学者たちは再生産活動にほとんどと言ってよいほど興味を示してこなかった。2000年を優に超える蓄積がありながら、睡眠、食、生殖といった身体と密接に関わる再生産活動が正面から扱われたことはほとんどないのである。「思考する私」については執拗なほど考えていながら、哲学者たちが「眠る私」や「食べる私」にほぼ興味を示さないのを見るにつけ、いかに哲学が偏った学問かを思い知らされる。実際のところそれはカントについても同じであり、睡眠についてそれなりの分量の言葉が費やされているテクストはこの『人間学』以外にはほとんどない。

 とはいえ、『人間学』の記述が非常に手際よく睡眠についての最大公約数的見解をまとめているのはまちがいない。カントが「再生産」の次に睡眠の特徴として挙げているのが「死」との近さだ。睡眠とは死のようなものだという考え方は、本連載の第5回でも見たように古代から連綿とつづく発想である。では、実際の死と睡眠のちがいはどこにあるのだろうか。

5.穴だらけの意識――カント『人間学』の睡眠論(2)

 カントによれば、それは夢を見るか否かにある。

自分は夢も見ないでぐっすり眠れたという人がいたら、実際にはそれは目が覚めたときに夢をまったく覚えていないといっているのと同じなのだ。妄想がめまぐるしく変転している場合はこれと同じことがたしかに覚醒時にも生じうるのであって、つまり放心状態とはそういうことであり、その場合いっとき呆然とした眼差しで一つのところに目が釘づけになっている男に、いま何を考えているのかと問えば、自分は何も考えていなかったという答えが返ってくる。もしも目が覚めるときにわれわれの記憶のうちに多くの隙間(前後を連結しているのに不注意から見落とされた中間表象)がないとするなら、われわれは次の夜、前の晩に中断した場面から再び夢を見始めることになってしまい、するとわれわれは二つの異なった世界のなかに生きているのだと妄想することにならないとも限らない。

(カント『実用的見地における人間学』)

 簡単にまとめてしまえば、カントは夢を見ない睡眠は存在しないと考えている。これは現在の科学的見地からしても正しいだろう。レム睡眠とノンレム睡眠が交互にやってくるなかで、私たちはレム睡眠のあいだは必ず夢を見るとされる。つまり、レム睡眠の時間があるかぎり、夢を見ないで眠ることはできない。カントも言うように、夢を見ていないと言うひとは、夢を覚えていないだけなのだ。レム睡眠やノンレム睡眠が発見されるのは20世紀のことであるから、当然18世紀を生きたカントはこの区別を知らなかったわけだが、にもかかわらず現代にまで通じる洞察が繰り広げられていることにはやはり驚かざるをえない。

 そしてもうひとつ注目すべきは、「夢を覚えていない睡眠」と同じような状態が覚醒時にも起きると言われていることだ。カントは「放心状態」を例に、目覚めているときであっても自分が何を考えていたか覚えていないときがあるはずだと指摘する。たしかに、ボーっとしていたときに、「いま何を考えていたの?」と問われても、ボーっとしていたとしか答えられないだろう。目覚めていても意識が「飛んで」しまっているような状態が人間には生じうるのだ。

 ふつう、人間の意識は覚醒時であればずっと持続すると思われている。今朝眠りから目覚め、今晩眠りに落ちるまでのあいだの時間の「私」は、一続きの連続するものだと一般には考えられているだろう。しかし、実際の意識はそこまでしっかりとしてはいないのではないか。カントが「放心状態」に注目しているように、私たちの覚醒時の意識とは途中で穴が開きうるものなのではないだろうか。そのような穴の時間が存在するとしたら、それは起きていながら眠っているような時間だといえる。

 子どもの頃から「ボーっとするな」とよく怒られてきた人間の実感からいえば、私の覚醒時の意識は穴だらけである。疲れて「放心状態」にあるとき、何かを考えようとしてもうまくゆかずいつのまにかボーっとしてしまっているとき、身体が覚えている習慣的行動にひたすら従っているとき、あるいはひとつのことに熱中しすぎて時間を忘れるとき。このような大小さまざまな穴が私の意識には開いている。じつのところ睡眠とはそのなかの最も大きな穴にすぎないのかもしれない。そうだとすれば、私たちが信じている〈睡眠/覚醒〉という区別は揺らぎ、「目覚めながら眠っている」という一見すると矛盾した状態を真剣に考えなければならなくなるだろう。

 カントの功績は、この両義的で曖昧な状態を眠りの一種として捉えたことだ。それにより、ディドロと同じくカントも眠りの領域を押し広げたといえるだろう。ディドロが「眼を開いたまま夢を見る」状態として考えていたのがダランベールのような熱中する時間であったのに対し、カントが想定していたのは「放心状態」だった。こうした違いはあれど、18世紀を生きた二人の哲学者が「睡眠」という言葉で考えるべき領域を拡張したことはまちがいない。

ただし、カント自身はこの「放心状態」をポジティヴには捉えていなかったことに注意したい。『人間学』をもう一度引用して確認しておこう。

空想が睡眠中に人間と戯れるのが夢であり、これは健康な状態でも起こる。これに対して、目が覚めているのに夢に陥るのは、どこかが病気だという徴候である。

(同前)

 カントは睡眠と覚醒の「あわい」の状態に注目していながら、それを「病」とみなすことで、みずからの哲学から追放してしまった。もちろん、カントは「放心状態」に興味を抱いていたのだろうが、厳密な学問的認識の対象にはならないものとして捨て去ってしまったのだ(ちなみに、カントは視霊者スヴェーデンボリに対しても惹かれつつ否定するという似た態度を取っている)。

 いま必要なのは、カントが見出しながらも「病」として見限ってしまった「放心状態」の可能性をしっかりと考えることだろう。睡眠について哲学するならば、大小さまざまな穴の開いた意識から出発しなければならない。睡眠は、ベッドに横になって意識を失っているあいだだけのものではない。睡眠と覚醒の「あわい」にも「眠る私」は存在しているのだ。

6.自然と習慣――メーヌ・ド・ビランの睡眠論

 ディドロとカントが切り開いた眠りの新たな領域は、その後の哲学者たちによってどのように論じられていったのだろうか。ここでは、両者から半世紀ほど後に生まれたメーヌ・ド・ビラン(1766‐1824)について簡単に触れておこう。

 おそらく、西洋哲学に興味があるひとでも、ビランがどのような哲学を展開したかを知っているひとは少ないだろう。一般的な知名度という点ではかなりマイナーな哲学者であるが、フランス哲学の歴史を語るうえでビランは欠かせない人物のひとりであり、哲学史の本では19世紀フランスで花開いた「スピリチュアリスム」の先駆者として語られることが多い。とはいえ、そもそも19世紀のフランス哲学自体がマイナーであるのはまぎれもない事実であり、ベルクソン以降、サルトル、ボーヴォワール、メルロ゠ポンティ、構造主義、フーコー、ドゥルーズ、デリダらへとつづく、20世紀の華々しいフランス哲学に比べると、どうしても19世紀フランス哲学は印象が薄くならざるをえない。

 もちろん、知名度が低いからといって重要でないわけではない。なんと言ってもビラン哲学の特徴は、精神の状態を身体と切り離さずに精緻に分析した点にある。これは、デカルトと比べてみるとその重要性がわかるポイントだ。デカルトにおいては、精神と身体が二つの実体として完全に分けられたうえで、純化された精神として「考える私」が理解されていたのに対し、ビランは精神と身体を切り離さず、「身体をもった考える私」に分析のメスを入れている。つまり、日常生活のなかで生きる「私」、身体をもって生きる「私」こそが、ビランの哲学の対象なのである。

 こうした問題設定は、当然のことながら睡眠を俎上に載せることとなる。ビランは、『睡眠、夢想、夢遊病についての新考察』という論考において、覚醒と睡眠を次のように特徴づけている。

覚醒状態が長くつづくと、必然的にそのあとに睡眠がやってくる。これら二者択一の状態が継起することは、自然の法則だと思われる。それは、覚醒と睡眠の継起が結びついている昼と夜の交替が自然の法則であるのと同じことだ。とはいえ、覚醒と睡眠という二つの働きが周期的に繰り返される際の間隔が長かったり短かったりすることは、むしろ習慣の法則に思える。

(Maine de Biran, Nouvelles considérations sur le sommeil, les songes et le somnambulisme, in Œuvres de Maine de Biran, t. V, Vrin, 1984)

 ビランは覚醒と睡眠をはっきりと分ける。これら二つの状態は「二者択一」なのであって、けっして混ざり合うことがなく、一方から他方に移行するには瞬間的な跳躍が必要だとビランは言う。覚醒と睡眠のあいだにグラデーションはなく、そこには飛び越えるほかない境界線が厳然と存在しているということだ。

 前回からここまで見てきたモンテーニュやカントなど、覚醒と睡眠をはっきりと分けない哲学者たちと比べると、ビランのこのような考え方はあまりにも単純であるように思える。むしろビランの睡眠論で重要なのは、睡眠を「自然」と「習慣」という二つの枠組みに結びつけて論じているところだ。引用箇所からもわかるように、〈昼/夜〉の交替に〈覚醒/睡眠〉の継起が対応するかぎり、睡眠は自然の法則に則っているように思える。日が沈んだら眠り、日が昇ったら起きるのであれば、たしかに睡眠は自然のサイクルに従っているといえるだろう。しかし、朝寝坊や夜更かしをしがちなひとがいるように、人間の睡眠リズムは「習慣」によって形成されるものでもあるはずだ。それゆえにビランは、自然と習慣のあいだを揺れ動きながら睡眠について語っている。

 このようなビランの態度は時代背景を考えると理解できるだろう。ビランが生きたのは18世紀の後半から19世紀の初頭にかけてであり、先ほど引用した『睡眠、夢想、夢遊病についての新考察』が発表されたのは1809年のことだった。本連載の第4回を思い出していただきたい。18世紀末から19世紀にかけて、睡眠のあり方は一大転換点を迎えていた。人工照明の急速な発達により睡眠が画一化されてゆくという大変化が生じていたのである。まさにビランはこの変化のただなかを生きていた哲学者なのだ。おまけに名家の出身で社交界にも積極的に出入りし、長らく議員も務めていたビランは、当時の最先端技術に触れる機会も多かったと考えられる。自然と習慣のあいだで揺れ動くビランの睡眠論の背景には、技術の進歩と連動した睡眠の変化があったにちがいない。

 もちろん、いまでは「習慣」という言葉すら生ぬるいのだろう。睡眠に対する徹底した管理があの手この手でおこなわれている現在、睡眠を論じるための枠組みは「習慣」というよりも「技術」のほうが適切だろう。自然でも習慣でもなく技術と相関した睡眠。この点に関しては、現代の哲学者たちの睡眠論のところで詳しく論じることにしたい。

 自然と習慣というビランの睡眠論の観点は重要だが、この哲学者は覚醒と眠りのあいだに曖昧な領域が広がっていることは認めなかった。では、19世紀以降この領域はどのように論じられていくのだろうか。次回は、西洋哲学の高峰のひとつドイツ観念論へと分け入ってゆこう。

(次回へつづく)

 第6回
睡眠を哲学する

私たちの睡眠は、完全な休息とは切り離されはじめている? 哲学者の伊藤潤一郎が、さまざまな睡眠にまつわるトピックスを、哲学を通して分解する。

プロフィール

伊藤潤一郎

いとう じゅんいちろう

哲学者。1989年生まれ、千葉県出身。早稲田大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、新潟県立大学国際地域学部講師。専門はフランス哲学。著書に『「誰でもよいあなた」へ:投壜通信』(講談社)、『ジャン゠リュック・ナンシーと不定の二人称』(人文書院)、翻訳にカトリーヌ・マラブー『泥棒!:アナキズムと哲学』(共訳、青土社)、ジャン゠リュック・ナンシー『アイデンティティ:断片、率直さ』(水声社)、同『あまりに人間的なウイルス:COVID-19の哲学』(勁草書房)、ミカエル・フッセル『世界の終わりの後で:黙示録的理性批判』(共訳、法政大学出版局)など。

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