平和を実践するためにスペイン、韓国など世界の大地に自転車を走らせ、亡命者や難民との邂逅を通して思考をめぐらし続ける──。
ノンフィクション作家の前川仁之氏は『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』など、他者との共生と平和の希求をテーマに、独自の世界観を持つ作品を発表してきた。
前川さんが今回赴いたのは、台湾。台湾有事が叫ばれる今、この島の人々は何を思い、暮らしているのだろうか。自らのルーツでもある琉球弧をつたい、台湾の路上の人々の声を集め、その無事の未来を考える短期連載。
文・写真/前川仁之
蔣父子の人気格差

2026年初春。台湾島最南端、恒春半島の墾丁
はこの島で最初の国家公園に指定された、風光明媚なリゾート地だ。ここはもう北回帰線より南の熱帯地域。長大な海外線を持つわりにはビーチの少ない台湾島にあって貴重な、沖縄の島々を思わせる砂浜が人を集めている。国道沿いに墾丁夜市の店が軒をつらね、旅行者を美食に誘う。生演奏の聞ける店やカラオケ店もあり、むき出しの自然が残る周囲の環境からすると意外なほどのにぎわいだ。
台北を出発して11日目の夜だった。私は、日本から持ち込んだ20インチの折りたたみ自転車で、あちこちで人に話を聞きながらここまで旅してきたのだった。目指すは西回りの台湾一周。その前半のゴールが墾丁だ。この日は高雄からの110キロを、風を味方につけて走り、途中で蔡英文前総統の旧居に寄ってきた。宿で荷をほどいて夕食後、道中知り合ったばかりのコロンビア人のフリアンたちと合流し、バーで乾杯だ。
フリアンはイギリス人の恋人とともに自転車で旅をしている。旅の間は基本的に付け焼刃の中国語で切り抜けている私は、はるかに得意なスペイン語や英語で話せる同好の仲間を得て解放感にひたっていた。熱帯の夜風に触れられるカウンターに三人ならび、互いの旅の話から、仕事や人生のことまで、語り合った。
「君は物書きなんだね。この旅でもなにか調べているの?」とフリアンが訊ねる。私は少々得意になって答えた。
「台湾は初めてだから、全般的に知りたいというのと、あとは人々の意識が知りたくて、ゆく先々で簡単なアンケート調査をしているんだ。この町でも聞けた。これで67人目だ。台湾一周を終えるまでに100人聞けたらいいなと思っている」
私はこの旅の2ヶ月前から中国語(北京語=台湾の「国語」)の独習を始めただけで、話すよりも読むほうが得意だ。アンケート方式の取材は、語学力不足をおぎなういわば苦肉の策だった。同時に、デジタル全盛の世に少しでもなにか物質感ある成果物を、出会った人との合作で、もちかえりたいという魂胆もあった。そんなわけで、質問用紙とA4のバインダーを用意し、出会った人々に協力してもらっていたのだ。もちろん、毎回「自分は日本の物書きであってこれまでに若干の本を出版しており……」といった趣旨説明は欠かさない。
「たとえば『台湾の歴史上、あなたが最も尊敬する人物は誰ですか?』という質問なんか、おもしろいよ」

大事なアンケート用紙の紙束を見せると、フリアンはあごひげを軽くしごいて、彼には読めないはずの中国語文に好奇心に満ちた視線を落とす。
「当然みんな、ジャン・ジエシーの名前をあげるんだろう?」
ジャン・ジエシー、つまり蔣介石。台湾では本名の蔣中正で呼ばれることが多い。
「なぜそう思うの?」
「だっていろんなところで名前を見かけるよ。ジャン・ジエシー記念なになにとか。人々に尊敬されてるんじゃないのかな」
中国国民党の指導者・蔣介石(1887~1975)は1949年に中国共産党との内戦に敗れ、台湾に渡ってきた。はじめのうちは「一年準備、両年反攻、三年掃蕩、五年成功」と景気のよいスローガンを掲げ大陸反攻――中国大陸を共産党の手から取り戻すこと――に向けて息まいていたが、時が経つにつれ実現がむずかしくなり、仮の住まいのはずの台湾に君臨すること26年、息子の蔣経国に後を託して亡くなる。大陸にいた頃はともかく、台湾に来てからの蔣介石はまるでぱっとしないのだが、ファザコン気味なまでに彼を礼賛する息子の蔣経国(有名な宋美齢ではなく最初の妻との子)は父のさらなる神格化をすすめた。
いまでも台北市内には中正紀念堂という、独裁国家じゃなければ実現がむずかしそうなスケールの堂宇があり、蔣介石の享年と同じ89段の階段をのぼる苦労をいとわぬ者ならだれでも、彼の座像に対面できる。また、いまだに数多くの町でその主要路を「中正路」と呼び、息子の名を冠した「経国路」、師であり、中国国民党、共産党、どちらにとっても源流となる革命家・孫中山(孫文)の名を冠した「中山路」などとともに、なれてくるとなかなかに便利な路地のロジックを形成している。
旅するフリアンは、こうした環境教育を見落とさなかったのだろう。それで、蔣介石が尊敬を集めているにちがいないと推察したのだ。私はよろこんで経過報告をする。
「実はいまだに誰一人、彼の名前を出さないんだ。あまり好かれていないみたい。民主化の成った台湾では、独裁者は用済みなのかな、と思ってたら息子の蔣経国のほうはなかなかの人気で、正直とまどっている」
「息子? 知らないなあ」
日本では蔣経国(1910~1988)より蔣介石のほうが圧倒的に知られているだろうし、漠然とであれ「偉人」枠に入れて見ている人もいるのではないか。日本に留学し、大日本帝国陸軍に入るなど、日本とも縁が深い。逆に蔣経国の影は薄い。1970年には台湾独立運動家による暗殺未遂があったくらいだから、恨まれていそうな印象さえあった。
そんな蔣経国が人気を得ているのだ。

平和を実践するためにスペイン、韓国など世界の大地に自転車を走らせ、亡命者や難民との邂逅を通して思考をめぐらし続ける──。 ノンフィクション作家の前川仁之氏は『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』など、他者との共生と平和の希求をテーマに、独自の世界観を持つ作品を発表してきた。 前川さんが今回赴いたのは、台湾。台湾有事が叫ばれる今、この島の人々は何を思い、暮らしているのだろうか。自らのルーツでもある琉球弧をつたい、台湾の路上の人々の声を集め、その無事の未来を考える短期連載。
プロフィール

まえかわ さねゆき
ノンフィクション作家。1982年、大阪府生まれ。埼玉育ち。東京大学教養学部(理科Ⅰ類)中退。人形劇団員、警備員等を経て、立教大学異文化コミュニケーション学科卒。2014年、スペインの音楽家アントニオ・ホセの故郷を訪ねてその生涯を辿った作品で開高健ノンフィクション賞の最終候補となる。著書に、亡命者や難民の境遇を追った『逃亡の書 西へ東へ道つなぎ』(小学館)、『人類1万年の歩みに学ぶ 平和道』(インターナショナル新書)、『浄土真宗「道場」の四季 北陸・福井に残る真宗信仰の古層』(宗教問題)などがある。
前川仁之





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