日本人はなぜ加害の歴史に向き合えないのか
――戦後75年が経過してもナチスの戦犯を裁くドイツと比べ、日本人は加害の歴史に向き合おうとしないと言われます。その理由はどこにあると思いますか。
清水 民族性と言ってしまうと一元化し過ぎかもしれませんが、島国であり、長い鎖国などを経た日本は自分たちの主観を疑うことが少ない気がします。過去の戦争においても侵略戦争だったということに触れることを非常に嫌がります。「侵略」と言わず「進出」と言い換えたり、事実上の戦争だった「シベリア出兵」「満州事変」「ノモンハン事件」を「戦争」と呼ばなかったりすることも、そのひとつかもしれません。
太平洋戦争は1941年12月8日の真珠湾攻撃から始まったわけですが、よくある説明のひとつに、アメリカとの開戦理由が「やむを得ない状況に追い込まれたから」というものがあります。しかし本当にそうなのでしょうか?
真珠湾攻撃は軍部では「ハワイ作戦」と呼ばれていました。実は同じ日にスマトラ、ジャワ、ボルネオ、マレーなどの重要資源地帯を手中に収める「南方作戦」も同時進行で行われているのです。海軍にとってはハワイ作戦が重要ですが、陸軍はまっすぐこちらに突き進んでいます。
しかも、実際の目標は「資源」どころか、すでに完成し稼働している他国の「油田」だったりするのですから、これはもう相手国からすれば国家的財産の強奪と言われても仕方ないでしょう。しかし、それがあの太平洋戦争開戦の理由のひとつなのです。
つまり、国民には「八紘一(はつこういち)宇(う)」「アジアの解放」などと言っても、実際に軍がやっていたのはこういうことですが、真珠湾のことばかりが言われて、南方作戦についてはほとんど触れられないわけですね。このように日本人が加害の歴史に向き合えない理由のひとつに、戦時中の大本営発表をメディアが鵜呑みにして、事実を伝えていなかったということもあります。
国民は日本の兵隊が海外で何をしていたのか知らされず、南京陥落のときには提灯行列で祝い、「アジアを解放して現地の人たちに喜ばれた」と本気で受け止めていたのでしょう。お国のためにと死んでいった息子もいるわけです。国債を買って銃後を支え、千人針を縫い、軍需工場で働く。そのあげく、「侵略だった」と言われると落差が激しすぎてついていけないということなのかもしれません。
さらに、終戦直前に戦争に関わる多くの公文書が焼かれてしまったことも大きく影響していると思います。市ヶ谷の参謀本部の裏側で3日間に渡って燃やされた話は有名ですが、同じ命令は日本中はおろか、満州などにも発せられそれらの地の軍事施設や役所などでも次々と燃やされたのです。
私が父のことを知ろうと鉄道聯隊(れんたい)の資料を調べたときも、明治から昭和初期までの記録は残っているのに、日中戦争以降の公式記録をみつけることはできませんでした。
本来なら軍の資料は厳格に保存されるべきものなのですが、要するに、負け戦となり戦犯になることを恐れて「証拠資料」を徹底的に隠滅したわけですね。ここで重要なことは自ら「燃やした」という事実です。それは「戦犯に問われる」ということを軍部が十分にわかっていたからこその証拠隠滅なのです。それはつまり自供と同じでしょう。
――「都合の悪いことはなかったことにしよう」という意識は、現代の資料隠蔽に通じる問題と言えます。
清水 だからこそ過去の歴史を知らないといけないんです。国民の信託を受けている立場の人間が、本来は国民のものであるはずの記録を墨塗りにしたり、勝手に破棄したり、「実は議事録をとっていない」と言い出したりしたらそれはもう証拠隠滅。赤信号の範疇です。
しかし、それは過去に同じようなことがあって、結果どうなったかということを知っているからこそ、「赤信号だ」と分析、判断できるわけです。
証拠隠滅だけではありません。「邦人保護」という言葉を掲げて海外に軍隊を、自衛隊を置くことがなぜ危ういのか、それは先の戦争が同じ理由で始まっていったことを知っていれば、一目瞭然です。
今も昔も、権力がやろうとすることはまったく同じですし、現政権が戦争との距離を近づけているのは間違いありません。同じ過ちを繰り返さないために、ジャーナリズムはもっと警報を出していかないといけないと思いますね。
プロフィール
1958年東京都生まれ。ジャーナリスト。日本テレビ報道局記者・特別解説委員、早稲田大学ジャーナリズム大学院非常勤講師などを務める。新聞社、出版社にカメラマンとして勤務の後、新潮社「FOCUS」編集部記者を経て、日本テレビ社会部へ。著書は『桶川ストーカー殺人事件――遺言』『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』(共に新潮文庫)、『「南京事件」を調査せよ』(文春文庫)など。2020年6月放送のNNNドキュメント「封印〜沖縄戦に秘められた鉄道事故~」は大きな反響を呼んだ。