プラスインタビュー

亡き父の足跡を辿り、あの「戦争」について考える

『鉄路の果てに』著者・清水潔氏インタビュー 【前編】
清水潔

大陸を走る「鉄路」から日本の負の歴史が見えてくる

『桶川ストーカー殺人事件――遺言』『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』(共に新潮文庫)など、世の中に大きな衝撃を与えた事件ノンフィクションで知られるジャーナリスト、清水潔氏。新刊の『鉄路の果てに』(マガジンハウス)では、戦時中、鉄道聯隊(れんたい)に所属していた亡き父の足跡を辿りつつ、太平洋戦争に至る日本の負の歴史を明らかにしていく。新境地となる本書に込められた清水氏の想いを聞いた。

 

父が遺した「だまされた」のメモ

――本書を書くきっかけは、お父様の書棚にあった一冊の本だったそうですね。

清水 父は2013年に93歳で亡くなりました。その後しばらくしてから母も施設に入ることになって実家には住む人がいなくなりました。ついにその家を取り壊すことに決めて片付けをしている最中、たまたま西日が差し込んだ父の書棚に『シベリアの悪夢』という本が見えたのです。

 それはシベリアに抑留された人たちの体験記で、「こんな本があったんだ」と開いてみたら、表紙の裏側に10センチほどのメモ用紙が数枚貼り付けられていました。

 そこに「私の軍隊生活」と題する短い記録と「だまされた」という一言が父の字で記されていて、「すごいものをみつけてしまった」と思いましたね。

 父も敗戦後の約3年間、シベリアに抑留された経験の持ち主です。でも、生前の父は「いいんだよ、昔のことは」と当時のことは話したがりませんでした。ようやく少し口を開いてくれたのは亡くなる間際。父が亡くなって5年後にみつけた「だまされた」という言葉に、父は何を言いたかったのか、改めて知りたくなりました。

 その本の表紙裏に印刷されていた地図には、陸軍鉄道聯隊の兵隊として満州に赴いた父の足跡が赤いサインペンで引かれていました。

 東海道線を経て下関からは船で朝鮮半島の釜山へ、その後ソウルから満州、そしてシベリアのイルクーツク近郊……赤い導線のほとんどは鉄道による移動でした。「これがあれば、父の戦争を辿れるかもしれない」と思い、旅の準備に取り掛かったんです。

 ソウルまでの鉄道と航路は経験済みだったので、今回はソウルを出発点に、ハルビンからはモスクワ行きの「ボストーク号」という国際長距離列車を利用し、イルクーツクまでという旅程です。

 父はソウルから鉄道で満州に行きましたが、今は38度線で鉄路は断絶されているので、ソウルからハルビンまでは空路での移動にしました。

ジャーナリスト・清水潔氏 (撮影:内藤サトル)

――清水さんは実は、根っからの「鉄ちゃん」だと聞いています(注:鉄道オタクのこと)。

清水 子どもの頃のアルバムを見ると、汽車のおもちゃを持って電車に手を振っている写真があって、自分では記憶がない頃から鉄道が好きだったんですね。

 物心ついたときには、父と汽車の写真をよく撮りに行っていました。戦時中のことについては口が重い父でしたが、陸軍が使っていた軽便鉄道を設置したときのことなど、鉄道の話は時々してくれていたんです。

 振り返ってみると、私の鉄道への興味は、そんな父との思い出から始まっているんでしょうね。

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プロフィール

清水潔

1958年東京都生まれ。ジャーナリスト。日本テレビ報道局記者・特別解説委員、早稲田大学ジャーナリズム大学院非常勤講師などを務める。新聞社、出版社にカメラマンとして勤務の後、新潮社「FOCUS」編集部記者を経て、日本テレビ社会部へ。著書は『桶川ストーカー殺人事件――遺言』『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―』(共に新潮文庫)、『「南京事件」を調査せよ』(文春文庫)など。2020年6月放送のNNNドキュメント「封印〜沖縄戦に秘められた鉄道事故~」は大きな反響を呼んだ。

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