プラスインタビュー

猫社会学とは?人間社会をネコから考えるおもしろさ

猫社会学研究代表者・赤川学氏インタビュー
赤川学×プラス編集部

犬は集団で生きる、猫は?

左にあかり、中央にばん、右にゆきの写真

――先ほど、猫と犬の違いの話が少しありました。猫社会学は「猫」と限定しているわけですが、よく比較される犬と猫とではどのような違いがありますか? 

やっぱり基本的に犬は集団性の生き物で、上下関係をはっきりさせる必要がありますし、そうなるとペットとして飼うにも、かける手間が猫以上です。

――そうですよね。犬を飼っていると、犬の方からかまってほしいとアピールをされます。散歩に行きたい、縄で遊びたいなどさまざまです。また、ドッグランがあるのは犬の集団性の特徴ですね。猫だとこれは成立しないだろうと感じます。

だからこそ、やっぱり手間かけた分、犬は応えてくれるっていう良さがあるんだと思います。家族の中で一番遊んでくれる人に懐いたり、散歩に連れて行ってくれない人には冷たかったり……。これに対して、猫の場合は、常にマイペースです。

犬と猫とでは行動や特徴は異なりますから、それを好む人間にもまた違いがあると思っています。今後は、猫を飼う人と犬を飼う人の違いをテーマにして、研究を広げていこうかなと考えています。とりあえず社会学会の中に、その猫社会学、犬社会学を定着させるというのは、目下の目標です。

――知り合いで子どもが成人になって、自分の存在意義を実感するために犬を飼ったんじゃないか?と思う人がいます。犬は「やっぱり自分がいないとダメだな、お前は(笑)」という気持ちにさせてくれますが、猫はあまりそういう感じにならない感じがします。

まあ、どうですかね。猫も、結局は世話する人がいないと、あっけなく死んでしまうんですよ。だけど、猫は人間に媚びることはなく、人間の思い通りにもならないといいますか。猫によっても違いありますが、 餌だけもらいにきて全然触らせてくれない、人間に懐かない猫もいるんですよね。これまで5匹猫を飼いましたが、2匹目のあかりがそういう猫で。

――それは野良猫だったとかではなく?

保護猫です。もともと誰かに飼われて、多分もう飼いきれなくなって、保護猫になったんじゃないかと思います。可愛いからって譲ってもらったんですけど、懐かないというか、触られるのは絶対嫌みたいな。でも、猫によっても性格は色々だなとその時に知りました。ただ、このままだと一生猫を触れないまま自分の人生終わってしまうと思って、その後、子猫を2、3匹飼いましてね。それぞれゆき、あん、ばんといいます(あんは早逝)。

――猫と猫同士の関係性はどうでしょうか?

エアコンの下で、あかり、ゆき、ばんの3匹で寝てることもあるので、人間よりは、猫同士の距離感は近いんですけど、ベタッとはしないですよね。どっちかが近づくと、面倒くさくて片方は逃げるみたいな関係になったりもします。

猫派と犬派の違いは?

あんの写真

――先ほど猫を飼う人と犬を飼う人の違いを研究するというお話がありましたが、犬派と猫派だと、どのような違いが考えられますか?

社会的なステータスが違います。猫に比べて、犬を飼っている方のほうが基本的に社会的なステータスが高いと思われます。今年度から秋ごろにかけて、猫好きな人の社会的属性をテーマに研究を進めていきます。

――猫好きの社会的属性も大変興味深いですが、個人的には、猫好きな人は、「放っておける」人が多いという気がします。人間には、手間や時間をかけた分だけ見返りがほしいという気持ちがありますが、猫にはそれを求めることができない。この「ほっとける」というのは今の社会の中で重要だと思います。 最近だと過保護が問題になっていると思います。それには心配だけではなく、手間暇かけた分だけ見返りがほしいと過剰になっているケースもあるのかもしれないと。

極論な話、やってはいけないと思いますが、餌と水とトイレさえ用意すれば猫の場合は、2、3泊だったらほっとけると思います。おすすめはしませんが。

――思い通りにならないことを苦手とする人には猫は向いていないですよね。そういう点で思い通りにならないことを知らしめてくれる存在が猫だと思います。それを楽しめるかどうか。人間性がみえるように思います。
犬の場合だと、いろいろと芸ができるし、人間は芸をしつける。ボールを投げて、取ってきてくれると嬉しいと感じたりします。犬が喜んでいるかどうかはわかりませんが。

犬は基本集団で生きていく動物ですからね。どっかにボスがいた方が良いっていうのがあるのだと思います。猫はそういう意味で、一人一人がボスなので、なかなか上下関係は成立しないと、どの猫を見てても感じますね。

――猫は孤独でいても不安感がないような感じもします。

最近、政治哲学で有名なジョン・グレイ氏が書いた『猫に学ぶ』という本がでました。突然猫について書くなんて、と驚いたのですが。人間は、猫から色々学ぶべきという内容を書いているんですね。例えば、猫は時間や死というものを意識しないので、あらゆるものから自由でいられるとか。猫は人間にとっての師であるという考えです。

――猫の死でいうと、猫はよく消えるとか言いますしね。

たしかに、最後は身を隠して、いなくなってしまうことがあります。

――その死の際の潔さからも人間が学ぶべきことがあるような気がしますね。

猫社会学の研究で、一昨年と去年、猫調査実習というものをやりました。そこでゼミ生には猫に関心がある人にインタビューをしてもらい、約60人ほどのデータが集まりまして、いろいろなことを議論しました。
その中で、「猫を看取った時の体験を教えてください」という、看取り体験について聞きました。その発言をカードに書きだして、要素ごとにまとめる手法、KJ法(質的統合法)を実践しました。その結果をまとめたものを、ヒトと動物の関係学会で報告したんですよ。
このような手法でまとめてみると、看取りを通じて様々な体験をしていたのだと整理することができました。例えば、臨終の頃に一緒にいて、最後の何日か一緒に過ごすみたいな体験です。だんだん温かかった猫が冷たくなって、ものになって、骨になる。こういう体験は今の人間の死にはあまりない。

人間の死はだいたい病院で迎えますよね。なので、温かかったのが冷たくなるという感覚があまり持てない。だけれども、自宅で看取り死を経験した人からはよく同じような経験をしたと聞きます。 あと一つ。先ほどもありましたが、いつの間にかいなくなるみたいな話ね 。これは外飼いしている猫の特有なんですけど、いつの間にかいなくなって半年後、1年後に床下から遺体が出てくるとかは、田舎ではまだあるんですよ。
今後はこのKJ法などを用いて、様々なテーマで研究を進めていく予定です。

――学校や友人、家族関係などいろいろなものが世界を映す鏡であるけれども、猫もそうですね。何かに投影されると、自分の内面や社会の実相が見えることがあります。

おっしゃる通りです。猫は何も語りませんが、この周りで動く人間の中に、やっぱりその社会の変化が映っている。
実際にやり始めると本当に面白いですね。今後の研究人生は覚悟を決めて、猫社会学を中心にやろうかなと思っています。

2021年にスタートしたばかりの猫社会学。今後の研究に注目である。

参考文献

・「ネコノミクスの経済効果、2兆円規模 コロナ禍で猫が生む癒やしの力」¹2022年4月2日朝日新聞記事、 https://www.asahi.com/articles/ASQ414J5KQ3KUTIL04Q.html。
・山田昌弘『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)
・山田昌弘『希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く』(ちくま文庫)
・山田昌弘『家族ペット―ダンナよりもペットが大切!?』
・ジョン・グレイ『猫に学ぶ―いかに良く生きるか』(みすず書房)鈴木晶訳

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プロフィール

赤川学

1967年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科社会学専攻博士課程修了。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門は、社会問題の社会学、歴史社会学、社会調査方法論、少子化問題、猫社会学。著書には、『これが答えだ!少子化問題』(ちくま新書)や『セクシュアリティの歴史社会学』(勁草書房)、『少子化問題の社会学』(弘文堂)など多数ある。

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