プラスインタビュー

HRC渡辺康治社長、MotoGPホンダ危機的低迷の理由を語る

西村章

ホンダがMotoGPから撤退することはありません!

──今回、話を伺いたいと思ったのはまさにそのMotoGPに関することなんです。今の状態は、HRCにとってかつてないほどの低迷ではないかと思います。これほど苦戦している様子がハッキリと外部から見えたことは、今までになかったのではないか。おそらく複合的な要素が絡み合っているのでしょうが、この苦戦はどこに原因があると考えていますか?

 単純に原因を特定するのは難しいのですが、過去の実績に少しあぐらをかいてしまって、手法を抜本的に変えてこなかったことも原因のひとつなのではないか、と思います。我々としては努力しているのですが、何かのやり方を大きく変えるよりも、むしろ積み上げる格好で開発を進めてきました。一歩ずつ進化をしているのですが、競争相手はもっと抜本的に開発の仕方を変えているのかもしれません。それによって、競争相手が大きな進歩でステップを遂げたのに対して、我々は積み上げで進めているので、そこで一気に差が出たのだと思います。

──それが現象としてこの1~2年に顕在化した、ということだと思うのですが、それはいつに端を発することなのですか? 問題の根はいつ頃からあったものなんでしょうか?

 どうでしょう……、いつからと特定するのは難しいと思いますが、だいぶ長いのかもしれません。要は、我々は変わっていないんですよ。今も言ったように、ずっと積み上げてきた。それに対して競争相手は大きく変わった、ということだと思います。

──つまりそれは、外的な要因で競争相手が強くなったためにホンダが相対的に弱くなったのか、あるいはホンダの中に内的な要因があってこうなったのか、どちらなんでしょう?

 難しいですね……。両方だと思います。たとえば四輪の開発は、大きく変わっていったんですよ。データを豊富に活用することで、マシンを作る段階では自分たちのシミュレーションがかなり出来上がっている、という状態です。それに対して、二輪も当然、データを使っているのですが、それは実車の試作や意見を聞くという従来の方法を積み上げていくやりかたです。それがもちろん悪いわけではありませんが、もっともっとデータを使っていく方法が必要なのかもしれません。

──そのためには、HRCの二輪組織の何かが大きく変わっていかなければならないのですか?

 それを今、変えているところです。四輪とのコラボレーションによって、たとえば四輪でやっている開発のフローを二輪に取り入れていく、ということ等もできると思います。


 かつてホンダは、「強すぎて面白くない」と言われるほどグランプリパドックで優勢を極めていた。たとえば1990年代にミック・ドゥーハンが5連覇を達成し最強を誇った2ストローク500cc時代は「NSRカップ」と揶揄されるほど、ホンダのマシンは他陣営を圧倒していた。

 そこにスーパースターのバレンティーノ・ロッシが登場して4ストローク990cc初期の最強時代を作り上げ、そのロッシはヤマハへ移籍して打倒ホンダという不可能に近い難題を達成することで、カリスマ的な人気を不動のものにした。やがてロッシよりも下の世代にマルク・マルケスという天才ライダーが登場し、2010年代にホンダはまたしても天下無敵の最強時代を作り上げた。

 しかし、それも今は昔。現在のホンダ陣営は、冒頭にも記したようにかつてないほどの低迷が続いている。この低迷を受けて、マルク・マルケスがホンダを離脱するのではないかというゴシップまで流布するようになった。このホンダ陣営の厳しい現状は、HRC社長渡辺氏の目にどう映っているのだろうか。

 ものすごく危機感を持っています。ホンダグループ全体としても、今の状況は大きな問題だと捉えています。本田技研社長の三部敏宏も含めて、この状態を一刻も早くなんとかしなければならない、と考えています。

──一刻も早く、とはいっても、どれくらいの時間がかかると考えていますか?

 そんなに簡単にできることではないだろう、と自覚しています。現在は2024年用のMotoGPマシン開発がどんどん進んでいるわけですが、今決めなければならないことがたくさんあるなかで、我々が自分たちの弱点をすべて理解しているのかというと、そこも実はトライをしながらの作業です。うまく見いだすことができれば、2024年にそれなりの戦闘力を備えたマシンが出来上がってくるでしょう。ではその確証があるのかというと、正直なところ、今はまだあるとは言いきれません。

──この厳しい現状で、今はいろんな噂が出ていますね。マルケス選手は否定していますが、来年に向けて他陣営から誘われているのではないか、という噂などは、真偽のほどは措くとしても、そういった噂が出てくるところが今のホンダの状況を象徴しているように思えます。

 そうですね、おっしゃるとおりだと思います。

──これは非常に失礼な言い方になってしまうのですが、まるで皆が沈む船から逃げようとしているかのような噂やゴシップだという印象を受けます。これらの噂が根も葉もないものであるのなら、どうすればこの現状を打破できると思いますか?

 速いバイク、勝てるマシンを作るしかないですよ。私はMotoGPの現場へ行くたびにマルクとはいつもじっくりと話をしています。そして、「我々はあなたの要望するマシンを作って提供しなければならないし、とにかくできるかぎり早くそれを実行する」と伝えています。また、「あなたにもあなたのタイムラインがあるだろうから、それと我々が合わないことがもしもあるのならば、そのときにはそれぞれの判断もあり得るのかもしれませんね」ということは話しています。
 ただ、彼も我々も「でも、今は最後まで諦めずに力を合わせて一緒に頑張っていきましょう」というところに共通の目標を見いだしているので、今、(契約を)辞めましょうというような話はまったくしていません。

──信頼度のよくわからない様々なゴシップが流布される中には、ホンダがMotoGPから撤退するのではないか、と興味本位で推測する声もあります。

 そうですね、そこはこの場できっぱりと否定しましょう。我々が撤退することはないです。

MotoGPでホンダが直面している厳しい現状と今後の対応策について、包み隠すことなく赤裸々に明かす。反転攻勢に出るまでのタイムラインは、まだ見えない。

──さきほど、ホンダの開発は積み上げることで進めてきた、という話でしたが、かつてのホンダは非常に独創的なアイディアを次々と現実化して、「どこも真似できない技術で勝つんだ」という姿勢で戦っていたように思います。楕円ピストンのNR500、ミック・ドゥーハンのスクリーマーエンジン、V型5気筒の挟角を75.5度にしてバランサーを不要にするという常軌を逸した発想の990ccMotoGPエンジン、ユニットプロリンクもこの時期でしたね。シームレスシフトの技術も他陣営に先駆けてホンダが先鞭をつけましたよね。なのになぜ、今のホンダからはそういった独創的なアイディアや画期的なイノベーションが出てこないんでしょうか?

 これはなんとも、難しい課題ですが……。F1でも第四期で復帰したときは、じつはボロボロだったんです。結局、四輪(の技術陣)だけでは四輪開発はできない、ということがわかったので、(開発に)ジェット部門が入ってきたんです。ターボ等の技術で、四輪の人々が解決手法を見いだしあぐねていたのに対して、その悩みをジェットに打ち上げてみるとすぐに回答が来た。それは、ジェットが同じような悩みを持っていたことがあったからなんですね。だから、二輪でも四輪を含めてオールホンダのパワーをもっと使うようにしていけば、さらに視野が広がって新しい技術もきっと出てくると思います。

──その革新的な何かを作るための作業を今、しているわけですか?

 そのベースを作る作業、環境作り、ということですね。私は現場のエンジニアではないので指示をすることはできませんが、合流させることで何かいいヒントが出てくるのではないか、と考えています。

──つまり、今の厳しい状況を打破していくためには、いわゆる経営の五資源〈人・金・モノ・情報・時間〉を可能な限り最大に投入しなければいけない、ということなのだと思うのですが、そのための具体的な資源は投下しているのですか?

 投下しようとしているところです。

──具体的には、どういう方法でしょうか。たとえば、予算を今までよりも分厚くするとか、人をもっと増やすとか。

 予算と人は、一番早く対策できることです。人の対応については、開発人材を強化しています。MotoGPでは最近にはないくらいの増員です。今シーズンのマシンも改善しなければならないし、来年以降のこともやらなければならない、という状況で、今やっていることと来年のことが混乱しないように、増員することでそれぞれをしっかりと分ける、ということをしています。
 設備投資等については、将来的にどれくらい必要かということも見据えながら、今は四輪の設備も使えるので、そういった工夫をしながら改善していくことを目指しています。

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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